3. お茶会@花の神殿
いよいよフローラと会う日がやってきた。場所は花の神殿で、リアナと一緒にスキンヘッドをした花の天使に庭へと案内される。
初めて入る花の神殿はその名の通り、どこを見ても花だらけだ。溢れんばかりに花が咲いていたり生けてあったりして、花のいい香りが充満している。
通された庭にあるガゼボでは、既にフローラと思しき人物が待っていた。リアナとアイリスに気が付くと、出迎えるために近づいてくる。
お互いの姿と顔がよく見える所まで近づくと、挨拶する前に無意識に呟いてしまった。
「なんてお綺麗な方なのかしら」
「まあ、なんて美しいのかしら」
お互いの声が重なった。
目の前に来たのは、花をそのまま人型にしたかのような女神だった。
波打つその髪の色は青、桃、紫、黄色と、色とりどりの花で染め抜いたかのような、鮮やかな色合いをしている。すみれ色の瞳を縁取るのは、やや目尻がつり気味のパッチリとした猫目だ。
「会って早々、2人とも随分と気が合うみたいね」
リアナがクスリと笑うと、それを聞いたフローラが少しだけ顔をしかめる。何か悪いことを言ってしまったのだろうか。そうだ、挨拶だ。挨拶を忘れていた。
「初めまして、虹の神・アイリスと申します。本日はお招きいただきありがとうございます」
「こちらこそ、来てもらえて光栄だわ。リアナ様もようこそいらっしゃいました。こんな所で立ち話もなんですし、座ってゆっくり話しましょう」
席に座ると、花の天使がお茶を用意してくれる。
「さあ、遠慮なくお召し上がりください」
軽く自己紹介をしてもらいながらお茶を飲んでいると、ティーフードに出されたスコーンに大好物のはちみつが添えられているのを見つけた。それを早速スコーンにトロリとかけて食べてみる。
「あの、このはちみつもしかして、ここの庭で採れた物ですか?」
ひと口食べてみただけで、今まで食べたはちみつと全然違う味と香りがするのが分かった。食べると不思議と幸福感に包まれるような感覚がする。
「なぜそう思うの?」
「はちみつを食べたら、この神殿で咲く花から感じる幸福感を感じたので。それにしても、ここの花はみんな楽しそうに咲いていますね。ミツバチが喜んで蜜を集める姿が目に浮かぶようです」
「……当たりよ」
なぜかフローラが眉根をよせて、何かをこらえるような、悔しがるような表情をした。
もしかしてまた何かやらかしてしまったのかもしれない。ちょいちょい私は変な事を、気付かずに言っているみたいなので気をつけてはいるのだけど。
「フローラ、あっさり見破られたからってそんな顔しないの。むしろ違いの分かる人が現れたって喜んだら?」
リアナが面白いものでも見るかのような目でフローラ眺めている。
「フローラのお茶会で出されるはちみつは一際美味しいって評判なんだけど、どこの養蜂場のはちみつかは皆に絶対に教えないのよ。実は花の神が育てた花の蜜ってわけ。間違いなく美味しいに決まっているでしょ」
この神殿に咲く花から感じていた幸福感は、花の神自らが育てているからか。鼻歌でも聞こえてきそうなほどご機嫌で咲いているのも納得だ。
コクコクとアイリスが頷いていると、フローラはふんっと鼻を鳴らす。
「別に、なんとも思ってませんわ。それよりあなたの神獣はユニコーンなんですってね。みんな驚いていたわ。それなのに神鳥は『見てからのお楽しみ』とか言って、教えてくれないのよ。良ければ見せてくれない?」
「ええ、もちろんです。エフティヒア、こっちにおいで」
名を呼ぶと、すぐ側の木に擬態していたエフティヒアがヒラリと飛んできてアイリスの肩に止まった。
「ひゃあっ!」
「驚かせてしまってごめんなさい。隠れるのがすごく上手な子で」
フローラが目を丸くして仰け反っている。音もなく急に登場するので、みんなによく驚かれてしまう。
「そっ、それがあなたの神鳥なの?」
「はい。エフティヒアって言うんです」
「へ、へぇ。わたくしはてっきり、カラドリオスとかフェニックスあたりが出てくるのかと思ったわ......タチヨタカって」
カラドリオスは病気を食べる白い鳥で、フェニックスは寿命を迎えると火に飛び込んで復活する不死鳥だ。そんなの会ったことも見た事もない。
エフティヒアがキョロキョロとあちこちを見回したり、羽根をモゾモゾさせたりして落ち着かない。
「エフティヒア落ち着いて。ここは昆虫が多いので食べるのを我慢するのが辛いみたいで」
花の神殿は草花が多いので昆虫も多いようだ。さすがにお呼ばれした人様の庭でパクパク食べさせる訳にはいかないので、我慢してもらってる。
「......良ければ好きなだけ食べてもらって構わないわよ」
「そうですか!? ありがとうございます。良かったわね」
アイリスがエフティヒアの背をひと撫でしてやると、ぐえぇーっと鳴いて嬉しそうに飛んで行った。フローラがゲンナリとした顔をして、ふぅ、と息を着く。
「まぁ変わった神鳥で、誰の鳥だか覚えやすいわね。そうだ、アイリスはセフィロス様と結婚しているって聞いたわ。わたくし仕事柄、薬草の事で風の神殿へ行くこともままあるあるのよ。アイリスがいるなら、あのお堅い雰囲気のする神殿へ行くのも悪くないわね」
「えっ?! えーっと、その......」
早速答えづらい話題が来てしまった。風の神殿には行ったことはあっても住んでいない。住んでいない事を言ってはダメとは言われていない。ただ何も言わなければ、必然的に一緒に住んでいると思われるのでそのままにしていると言うだけなのだ。
「私、その......風の神殿には居たり居なかったり、と言うか......」
正直に言っていいのか分からず困ってリアナの方を見ると、代わりに答えてくれた。
「アイリスは風の神殿には住んでいないわ」
「一緒に住んでいない? 結婚したのに?! じゃあどこに住んでいるの?」
「ええーと、緑の豊かな山奥と言うか......」
「どこよそれ。誰の管轄地?」
「あなたのです」とは言えずしどろもどろしてしまう。変な汗が出てきた。
「それも言えないの? なら何で一緒に住まないのよ。結婚した意味ないじゃない」
頭がパニックになってきたところでリアナが再び口を開いた。
「フローラ、あんまり私のかわいい娘をいじめないでちょうだい」
「あらまぁ、それを言うならわたくしもリアナ様の『娘』ですわよ。お忘れかもしれませんが」
「ああ、そうだったわね」
リアナが今思い出したといわんばかりに、ポンと手を叩いた。
フローラはリアナと、大地の神・テスカとの子だ。つまり私とは異父兄弟だけれど、天使と違ってその関係に特別な意味は持たない。親子関係もまた同様に意味をなさない。リアナとフレイはやたらと自分をきにかけてくれているだけで、このやり取りが普通なくらいだ。
「アイリス、言えない事はハッキリと『言えない、答えられない』って言えばいいのよ。どんな事情があるのか知らないけど、口止めされているのでしょう? まるでわたくしが虐めているみたいじゃない」
「フローラの言う通りよ。答えられない質問にはセフィロスに口止めされているとでも言って置けばいいのよ。彼の名前だしとけば、みんな怖がって黙るから。そのために結婚したんだもの」
「は、はい......」
「そんな事だと、いつまでたっても引きこもり生活のままよ」
ううっ。分かっているけど、ウジウジと悩んでしまう性格はなかなか変えられない。どうしたら2人のように自信たっぷりに自分の意見を主張出来るようになるんだろう。