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2. ヒマ

 ヒマだ。何もする事がない。



 アイリスは刺繍を施していたレースをポイと放り投げ、テーブルにぐでーんと突っ伏す。


 世間に存在が知られてから9年。もうすぐ10年経とうと言うのに、相変わらずの隠居生活を続けている。と言うのも色々理由はある。


 まず第一に、風の神殿に住めなかったのだ。

 風の神殿には多くの使用人や来訪者がいるので、アイリスの神気に当てられてしまう事を危惧したのと、このまま誰にも知られていない場所にいた方が安全だという事になった。

 この話をセフィロスから聞かされた時にはショック過ぎて、3ヶ月は立ち直れなかった。せっかく一緒に住めると思っていたのに!


 第2にこれまでよりもずっと、最上級神のみんなが来てくれる回数が減ってしまったという事。ここで暮らす事になった事情は知られているけれど、基本的にセフィロスに任せる、と言うスタンスなので、遊びに来てくれる頻度がぐんと減ってしまった。


 そして最大の問題は、アイリスには友達がいないと言う事だ。まともに他の神と話したのは立神の儀の時と、セフィロスに花の都へ連れていってもらった時に海の神・ネプチューンと会った時くらい。友達と呼べるような親しい仲の神がいない。


 お茶会やパーティーのお誘いがあったことは知っているが、全て断ってしまった。と言うのも、自分には秘密にしておかなければならない事が多すぎて、上手く話を(かわ)せるか自信が無かった。

 絶対にみんな知りたがって聞いてくるだろうし、それに対して教えられないとばかり返していたら、きっと白けさせてしまうだろう。


「アイリス様、リアナ様がお見えですよ」


 テーブルで1人うだうだやっていると、ジュノが声を掛けてきた。


「リアナ様?」


 今日は特に来るという知らせは貰っていないけど、何か用だろうか?

 振り向くと既にリアナはリビングまでやって入って来ていた。


「あら、アイリス。どうしたの? ぐてんとなっちゃって」


 リアナに言われて慌て姿勢を正す。見られたのがセフィロスじゃなくて良かった。


「いえ、ちょっとヒマだなぁ。なんて思ったりして……」


 超絶忙しい人に向かって何言ってるんだ私は。言った後に後悔する。


「毎日ここで過ごさなきゃならないんだもの。無理もないわ。でもそういう事なら今日は、ちょっと楽しいお知らせを持ってきたわよ」


 リアナはアイリスの発言を気を悪くする様子もなく、隣に座ってきた。


「楽しい知らせですか?」


「ええ。あなたの立神の儀に出席出来なかった神が1人いたのは知っているわよね」


「はい。花の女神・フローラ様ですよね。確かその時、地上に降りていて来られないと伺いました」


 フローラはアイリスが住んでいる2層目・南を管轄している女神だ。リアナと並んで、相当な美女だと聞いている。


「つい最近フローラが天界に戻ってきて、それであなたに会いたいんですって。お茶でも一緒にと誘われているだけど、どうかしら」


「私にですか? えっと……」


 どうしよう。初対面なら尚更、答えられない質問をされた時、上手く切り替えせる自信が無い。


「私も一緒に行くから大丈夫よ」


「いいのですか? それなら是非」


 リアナが一緒なら心強い。アイリスは首をこくこくと縦に振る。


「それなら決まりね。日程はまた手紙で知らせるわ」

 

 リアナはそう言うと、置いてあったクッキーをつまみ始めた。

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