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「エレノア、大丈夫か?」
男たちが連れて行かれるのを見送ると、セフィロスが聞いてきた。
はい、と返事をしてお礼を言う。まさか本当に一使用人の自分の名前を知っているとは思わなくて驚いた。
「マイアが私の所へ来たのだ。その辺にいる者に訴えるより、より早く確実だと思ったのだろう」
そうだったのか。耳も聞こえず話せないマイアは、より確実に私を助けてくれる人に助けを求めに、神殿へ戻ったんだろう。
セフィロスの後ろには、天界一の俊足を誇るスレイプニルが鼻息を荒くして控えていた。わざわざ自ら助けに来てくれるなんて……
「セフィロス様、お願いがあります」
エレノアはお礼もそこそこに、地面にひれ伏して言う。
「私をセフィロス様の守護天使にして下さい」
バカだろう、私。
順序がなっていない事くらい、ちょっと考えれば分かるものを。考えるより先に、口から突いて出てしまった。
セフィロスは一瞬目を見開き驚いた顔をしたが、すぐにいつもの無表情にもどって答える。
「その体を戻したいのか? それなら私ではなく、他の3人を当たった方がいい。お前程の働き者なら契約を交わしてくれるだろう」
名前を覚えていただけではなく、しっかりと労働チェックもされていたみたいだ。
セフィロスは私が体を戻したいが為に守護天使になりたいと勘違いしてしまったようだけど、違う。そんな事じゃない。
「私は体を癒して欲しい訳ではありません。この体のまま守護天使にして頂いても構いません。とは言っても、右目も右腕も使えない状態で、どの程度お役に立てるかわかりませんが」
エレノアはセフィロスの目をしっかりと見据えながら続ける。
「貴方でなければ、他のどの神にも仕える気はありません。私の愛は全て、貴方に捧げます」
ハッキリと、熱の篭った声で想いを告げる。まるで天使同士がする愛の告白みたいだな、とエレノアは心の中で呟いた。まぁ、元婚約者にだってこんな事言ったことないけど。
エレノアの「愛の告白」にセフィロスがふっと、柔らかい笑みを浮かべる。それはまるで春を告げる風のようで、エレノアは思わずドキッとしてしまう。
次の瞬間、エレノアの体を初夏の風が巡った。
視界が広くなり、右腕の感覚が戻っている。
エレノアはそれを了承の意とみなし、誓いを立てる。
「風の神セフィロス様。この命が尽きるまであなたに忠誠を誓い、お仕えすることお許しください」
セフィロスがエレノアの額に手を当てる。
「許す。其方に私の色と悠久の時を与えよう」
身体の中を、ゾクリと何かが這うような感覚がした。
エレノアは元々金色の髪なので、色を貰えたのかどうか分からない。瞳の色はもちろん、自分では見えない。
ただ、いつもは神通力でしまってある背中の羽根から、風の神気が直接流れ込んでくるのは分かった。
「お前は変わり者だな。私の守護天使になろうなんて者は初めてだ」
「それはみんなに見る目が無いからですよ」
エレノアはイタズラっぽく笑う。
この先何千年、何万年とこの神と一緒にいられる。その事がただ嬉しかった。
この後、地獄の稽古が待っていることを思い出したエレノアの叫び声が、風の神殿に響き渡った。