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「すいません」


 マイアと2人、神殿へ戻ろうと路地を歩いていると後ろから誰かに呼び止められた。


 何ですか、と振り返った所で突然、頭に衝撃が走る。見えない側からわざわざ殴ってくれたようだ。

 クラクラする頭で必死に体勢を立て直そうとすると、今度は腕を背中へ回し込まれ、身動きがとれなくなる。


「な……に?」


「悪いね、ちょっとあの女に頼まれてさ」


 エレノアの腕を掴んでいる男が、背後から話しかけてくる。


 あの女って一体誰の事かと顔を上げると、先程のサボり女が目の前にいた。


「礼は弾むからさ。好きなようにしてよ」


 女はニヤリと笑って去って行く。好きなように……とは?


 エレノアの周りには、腕を掴んでいる男の他にも2人、下卑た笑いを浮かべる男がいた。

 マイアはどうしたのかと周りをチラリと見回すと、どうやら逃げ出せたようだ。自分の今置かれている状況より、その事に少しだけ安堵する。


「どうするよ?この女」


「この顔じゃ地上の神には売れそうも無いな。となると……地獄か?地獄へ売るのは結構危険な橋を渡らないといけないな」


「包帯で顔を隠せばなかなかの美人だ。どっちにだって高く売れるだろ」


男たちは売り先を思案し始めた。天使は時々なのかよくある事なのかは分からないが、売られてしまうことがある。

天界にいる神や天使に売るより地上にいる土地神に売った方がバレにくく、また買い手も付きやすい。なぜなら土地神は守護天使を持てるほどの力のない者がほとんどなので、売られてきた天使を奴隷のようにして使うのだ。

それでも地上に売られた方がまだマシだ。最悪なのは地界に売られた場合。筆舌に尽くし難い扱いを受け、天界に戻る望みはゼロに等しい。



「それもそうだな。でもその前に……」


 男たちが互いの顔を見合わせ、ニヤーっと笑う。嫌な予感しかしない。


 獲物でも狩るような目で、男2人が近づいてくる。


(悪あがきかもしれないけど……)


 先に近づいてきた男の股間目掛けて、思いっきり足を蹴りあげる。片腕は使えないが、足なら健在だ。


 蹴られた男がマヌケに股間を押さえながら、地面を転がって悶絶する。

 後ろ手に腕を掴んでいた男が驚いた隙にするりと体を滑らせ、エレノアは走り出した。


 こんな事をしても結果は分かっている。



 ……ほらね。



 しばらく走って逃げ回っていたエレノアは、再び腕を捕まれ組み伏せられた。男たちの怒声が聞こえる。


 嫌だなぁ。と言う感情と、もうどうでもいいか。という感情がない混ぜになっている。



 一度は全てを失った、ように思えた。けれどもセフィロスはもう一度、私に居場所を与えてくれた。



(もっとお仕えしたかったなぁ)



 エレノアの頬に涙が伝う。もうとっくに枯れ果てたと思っていたのに。


 男達になされるがまま、思考を停止させようとゆっくりと瞬きをして目を見開くと、エレノアに覆いかぶさっていた男が、ヒュウっと言う音と共に忽然と視界から消えていた。


何が起こったのか分からずキョトンとしていると、他の男達もエレノアの前から消えている。



「私の天使に何をしている」



 背筋が思わず凍りつくような、冷たい声が聞こえてきた。


 エレノアが声のしてきた方を見ると、セフィロスがそこに立っていた。


(セフィロス様の風で吹き飛ばされた……?)


 男達は地面に叩き付けられたまま動こうとしない。いや、動きたくても動けないようだ。苦しそうによだれを垂らして、もがこうとしている。


 そうこうしているうちに、後からノクトが追いかけて来た。彼はセフィロスの指示を待つことなく、持ってきた縄で男たちを縛り上げていく。

 ノクトに手早く拘束されると、男たちは縄で縛られたというのに、なぜか開放されたかのようにゼェゼェと息をしだした。涙目になっている。


(あれって多分、大気に圧をかけてたんだ)


 昔、聞いたことがある。風の神は、実際には大気の神。大気そのものを操る力があるのだと。


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