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エレノアは仕事が終わり、ちょっと神殿の中でも探検してみようと歩いていたら、遠くから呻き声が聞こえてきた。しかも複数だ。
具合の悪い者でもいるのか、それとも事件か事故か。何が起こっているのか分からないけれど、とにかく助けなければとエレノアは、声のする方に近づいていってみる。
そこは凄惨な現場、と言ってもいい。
5人ほどの天使が血だらけになりながら転がっていた。そこへ止めとばかりに、背の高い男が剣を振り下ろす。
――セフィロス様だ。
どうしようかと物陰から見ていると、セフィロスがふわりと生暖かい風を吹かせた。まるで5月に吹く初夏の風のようだ。
風が止むと、傷だらけで動けなくなっていた天使達が、何事も無かったかのように起き上がる。
(あれが噂に聞く、癒しの風ってやつか)
天界には癒しの力を使える神は4人いる。その内、一度に複数人を癒せるのはセフィロス1人だけだ。
エレノアが天使達の無事にほっとしたのも束の間、天使達は再びセフィロスと剣を交え始めた。これはいわゆる稽古だな。と思いながら、目が離せなくて見続けてしまう。
天使達はセフィロスに殺されかけては癒され、殺されかけては癒され、をひたすら繰り返す。
みていて正直ゾッとする映像だ。世の中には加虐趣味を持つ人と言うのがいるらしいけれど、もしかしてセフィロスはそう言う趣味があるのだろうか。
セフィロスに、未だに後天守護天使が居ないのも頷ける。こんな恐ろしい神に永遠に仕えるなんて、キチガイだ。
これ以上見ていては気付かれて、私もあの中の1人にされるかもしれない。そう思ったエレノアはこっそりその場を立ち去った。
翌日いつも通り持ち場につくと、マイアがいない。どうしたんだろうと、ここに初めて来た時案内してくれた、あの恰幅のいいおばちゃんに聞いてみる。
「マイアなら、今日から別の場所に配属になったんだよ。あの子は鼻がよくきくから、薬草の分別に重宝していたんだけどねぇ」
「何でまた、急に」
「さぁ。時々あるんだよ。セフィロス様が見回った後、急に移動になるって事が。マイアは仕事ぶりは良かったけど、なんでだろうね」
上から直々に移動命令が出されたということか。何だか腑に落ちないな。とは思いつつ、上が決めたことに口出しなど当然出来ない。
マイアが移動になってからしばらくして、彼女が拭き掃除をしている所に出くわした。
マイア! と、トントンと肩を叩く。
振り向いたマイアは、何だか前よりも顔色が良さそうに見えた。
『急な移動でビックリした。調子はどう? 』
紙に書き付けてマイアに見せると、エレノアはその下に更に書き足す。
『何だか元気そう』
マイアがニコリと笑って、ペンをとる。
『頭痛が無くなった。薬草の臭いがダメだったみたい』
薬草の臭い?エレノアが首を傾げてみせると、マイアがペンを走らせていく。
『私、耳が聞こえない代わりに鼻が効くの。薬草の香りにヤられてたみたい』
なるほど。香りで治療するなんて方法もあるけれど、マイアの場合は逆に頭痛の原因になっていたのか。
マイアがちょくちょく頭痛に悩まされていたのは知っていたけど、まさかセフィロスもその事が分かっていて移動させたのだろうか?
……うーん、たまたまか。
そんな事を考えていると、廊下の向こうで女性の話し声が聞こえてきた。どうやら怒られているようだ。
「ねえ、あんたいつもそうやって言ってサボってるんでしょ。ちゃんと仕事しなさいよ」
「サボってるんじゃないわ。ただちょっと左足の古傷が痛むからこの子にお願いしてるだけ」
「ふん、どうだか。この前あなたが休日の時、元気よく走っている所を見たわよ。男のところへ」
男のところへ、を強調して注意している女性が言う。
「その時は調子が良かったってだけ。うるさいわね!私がやればいいんでしょ!」
サボり疑惑を掛けられた使用人の女性は、何やら重たそうな荷物を抱えると、足をドシドシ踏み鳴らしながら去っていった。どう見ても、古傷が痛そうには見えない歩き方だ。
『あの人、本当はもっと仕事出来るはずなのに、よくサボるんだよね』
一緒に見ていたマイアが紙に書いて見せてきた。
まぁ、どこにでもいるものだ。自分の不幸な境遇にかこつけて甘えるヤツというのは。
エレノアは用事を言いつけられているのに、随分と油を売ってしまったことに気づいた。これでは自分もサボりになってしまう。マイアにじゃあまたね、と言ってその場を後にした。