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 数日後に退院すると、エレノアは言われた通り風の神殿を訪ねた。どうやら話はもう通っていたらしく、直ぐに部屋と仕事を与えられた。


「あんたは今日からここで、薬草の管理をするんだよ。わかんない事があったら、私や先輩達にどんどん聞きな」


 50代位の恰幅のいいおばちゃんが、ポンっと私の肩を叩きながら言った。この持ち場の責任者らしい。


 早速言われた通りに、集められた薬草を選別していく。


(薬草の知識なんてほとんど無いわ。今度休みを貰えたら、図書館にでも行って薬草の本でも借りてこようかな。)


 そんな事を思いながら黙々と作業を進めていると、あっという間に時間が経つ。余計なことを考えずに、こうやって何かに没頭すると言うのは、今の私には有難い事だ。




 風の神殿で使用人として働くようになって、数週間が過ぎた。

 その中で最初に驚いたのは、ここの使用人が身体のどこかしらに不自由を持つ者が多い事だった。片腕の無いもの、足が不自由なもの、病を克服したけれど身体が弱いものなど、様々な事情を抱える天使が恐らく半数近くはいる。

 他の神殿の事情なんて知らないとは言え、それでもこの多さは並ではないだろう。


 その次に驚いたのは、使用人の家族が丸ごと神殿内に住んでいる事が多いと言う点。神殿内に使用人とその家族が住む棟が用意されていて、そこに住む子供もきちんと教育が施されている。



 今、エレノアが訪れている書庫も使用人達に解放されている場所だ。図書館に行って本を借りたいという話を同じ持ち場で仲良くなったマイアと言う子に話したら、ここに連れてきてくれたのだ。もちろん出入り時にチェックはされるが、本なんて貴重な物をこうして自由に閲覧できるようにしてくれている。


『薬草・基礎的な本はどこ』


 エレノアはサラサラと紙に書き付けてマイアに見せる。すると、エレノアの袖を引っ張って薬草学の書棚に連れて行ってくれた。


 マイアは耳が聞こえない。手話が出来ないエレノアは、最近は携帯用の筆記具を持ち歩くのがクセになっている。


 2人で本を選んで読んでいると、ノクトを連れた、更に背の高い男性が書庫に入ってきた。ノクトも背が高いがその人はさらにその上を行く。


 あの方は……


 隣にいたマイアがすぐに頭を下げる。書庫にいた他の数名もだ。


 金色の髪に新緑色の瞳。天界においてはなんて事のない色だが、自然と目が惹き付けられてしまうのはその容姿が端整で美しいからだろう。


 マイアにつつかれて、エレノアも慌てて頭を下げる。


「皆、そのまま作業を続けていい」


 この方が風の神、セフィロスか。ここに来て数週間が経つけれど、主を見たのは初めてだ。


 セフィロスはしばらく書庫の管理者と話をしてざっと周りを見回すと、立ち去って行った。

 隣でマイアが緊張したとばかりに、ふぅーっと息をつく。


 思わずため息をついてしまうのも頷ける。あの方には場の空気をピンと張りつめさせる何かがある。


 マイアが紙に何か書き始めた。


『もうすぐ私たちの持ち場にも、セフィロス様が来そうだね』


 エレノアが、何で?と言う表情をしてみせると、さらに続けてマイアが書いてみせる。


『色んなところを抜き打ちで見回っているから。最近来てなかったから、もうすぐかな』


 マイアの予想は見事に当たった。翌日、薬草の管理所にセフィロスがやって来た。



――何だか監視でもされているみたいだな。



 そんな事を思いつつ、テキパキと仕事をこなしていく。


 マイアが薬草の仕分けをしながら頭を片手で押さえていたので、頭が痛いの?と自分の頭をトントンと叩いて聞いてみる。

 ちょっとね。と言うように指でジェスチャーしてきたが、大丈夫とでも言うように、笑って返してきた。


 そう返されればそれ以上は突っ込めない。そう言えばマイアは時々こうやって、仕分け作業中に頭が痛そうにしている事がある。後で頭痛に効くハーブティーでも調べてみようかなと思っていると、いつの間にかセフィロスはいなくなっていた。


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