前へ次へ
46/114

2


「気分は……あんまり良くなさそうだね。でも容態は安定しているし、このまま順調にいけば数日中に退院できるよ」


「そう、ですか」


 エレノアはノクトの右腕を見る。確か彼の腕はあの時、不自然な方向にぐにゃりと曲がっていたのではなかっただろうか。他の傷も見当たらない。


「あなたの傷は随分とキレイに治っているんですね」


「あぁ、ネプチューン様とセフィロス様に治して頂いたから」


 ふっ、と思わず皮肉めいた笑いが込み上げてきてしまった。


「さすがは最上級神にお仕えする守護天使様は、待遇が違いますね。どうせなら私のこの傷も治してくだされば良かったのに」


 分かっている。とんでもなく愚かで、浅はかな発言だと言うことくらい。それでも止められない。


「それが出来ないなら、あのままあそこで死んでいればよかった……」


 涙がつぅっと頬を伝い、零れ落ちる。


「一般の天使の君に癒しの力を使えば、当然、他の天使にだって力を使わなきゃならなくなる。そうなれば、天界中の天使がこぞってセフィロス様の所にやって来ることになる」


「それなら一日中、癒してくれたらいいのよ。神は博愛の精神を持つんでしょう」


 こんな事を言ったら不敬の罪に問われるかも知れないな。もう、どうでもいい。


「セフィロス様もそうしてあげたいのは山々だと思うよ。でもやっぱり無償でって訳にはいかないね。かなり神気を消費するだろうし、他にもやる事は沢山あるし」


 ノクトは特に気分を害した様子もなく、淡々と続ける。


「かと言ってお金を貰って癒してあげるとしたら、貧富の差が出る。病や怪我の重さで分けるにしても結構大変だよ。病や怪我の重い者にだって、そうなった理由が違うだろ。自分の不摂生でそうなったのか、不注意だったのか、あるいは自分に何の非もなくそうなったのか」


 知っている。自分は高々17年生きただけの小娘だ。5億年も生きる者にはもっと深い考えがある事くらい。


「癒してあげる者とあげない者とを線引きするのがすごく難しいし、博愛の精神を持つからこそ、誰かを贔屓したくないと思うんじゃないかな」


 異論なんて、無い。だからただ黙って、無表情のままでいるノクトを見つめるしか出来ない。


「君の傷を癒すことは出来ないけれど、仕事なら与えられるよ」


 えっ? と、予想外の言葉にエレノアは目を見開く。


「セフィロス様が君を、風の神殿で雇ってもいいと言ってくれているんだ。つまり、使用人」


 風の神殿の使用人……。天界に居れば、1度は必ず聞いたことがある。風の神は仕事にすごく厳しいと。そしてその期待から外れれば、容赦なく切り捨てられる。という事を。


「北風しか吹かせない」

「氷の神より冷たい」

「表情筋が死んでいる」


 風の神を揶揄する言葉は後を絶たない。


 風の神に後天守護天使が未だにいないのも、そんな神に仕えたいと言う天使がいないからだ、という事は周知の事実だ。


 そんな神が住む神殿で使用人。有難いのかそうじゃないのか。正直、後者の方だ。でも……


「その話、ぜひ受けさせて頂きます」


 全てがどうでも良くなっていた。頭も心も空っぽだった。こう言うのを「自棄っぱち」と言うのだろう。


「分かった。退院したら、風の神殿を訪ねるといい」


 そう言い残して、ノクトは去っていった。


前へ次へ目次