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 目覚めると、そこは風の病院の病室だった。


 視界がいつもより狭い。それもその筈だ。右目が見えなくなったんだから。


 起きようかと思って、利き手で身体を起こそうとするが力が入らない。仕方なく左手で身体を支えて起こすと、身体のあちこちにまだ、ズキンと痛みが走った。



ぼんやりとしながらも頭を整理する。



 両親は死んだ。魔物に襲われて喰われ、自分も右半身に酷い怪我を負った。それでもどうにか助けられ、今もこうして生きている。

 両親を失った悲しみと、自分が負った傷とで感情はもうぐちゃぐちゃだ。もうこの目は元に戻らない。右手もかつての様に、自由に動かすことは叶わないらしい。



 こういう悪い事が起きた時に限って、更に追い打ちをかけるのが世の常だ。



「エレノア、僕だ。開けるよ」



 入ってきたのは栗毛に鳶色の瞳をした青年━━私の婚約者だ。


「エレノア、気分はどうだい?」


「良さそうに、見える?」


「……いや、ごめん」


 分かっている。彼がなぜ、ここに来たのかを。ただのお見舞いじゃないだろう。


「用件ならもう分かってるわ。婚約の破棄、でしょ」


「エレノア、ごめん。こんな時に、こんな話をするべきじゃないって分かっているんだけど」


「もう顔も見たくない。婚約破棄の事は了承したから、さっさと出ていって」


「もし君が必要とするなら、できる限り援助するつもりだ。だから……」


「私を哀れんでお金を恵んでくれるって?冗談じゃないわ。あんたみたいな奴から貰ったお金で生きていくなんて耐えられない」


 初めて彼の事を「あんた」だとか「奴」だなんて言ってしまった。でも目の前にいるのが、かつて好きだと言い合った、その人では無いように思えた。


「そうか……。それじゃあ、もう失礼するよ。今までありがとう」


そう言って彼は部屋を出ていった。


 私が大した家柄でもないのに、高官の長男である彼と婚約まで出来たのは、それなりに恵まれた容姿をしていたからだろう。

 絶世の美女と言われる水の女神や花の女神には遠く及ばないけれど、その辺にいる天使よりは美しい顔立ちだった。かつては。


 魔物に引き裂かれた右顔面は、大きな傷が糸で縫い合わされて、まるでぬいぐるみの様だ。今は包帯で巻かれて見えなくしているけれど、襲われた直後駆けつけた彼は、この傷を見たのだろう。



「私に好きだって言っていたのは、顔のことだったのね」



 バカみたい。そんな薄っぺらい言葉に浮かれていた自分が。



「これはさすがに堪えるわね……」



 人懐っこくて明るい性格だとよく言われるけれど、ここまでくると目の前が真っ暗になった。


 これからどうしようか。お金なんて要らないと突っぱねたものの、家にどのくらいの貯えがあるんだろう。貧乏ではないけれど、さすがに自分が一生暮らせるだけのお金なんてないだろう。


 おまけに自分はこんな身体だ。まともに働くことは出来ない。と言うか、雇ってすら貰えない。助けて貰っておいて何だけれど、こうなると両親と一緒に死んでおけば良かったとすら思えてくる。


 あれこれと思考を巡らせていると、ドアをノックをする音が聞こえた。


「どうぞ」


巡回だろうか。今はそっとしておいて欲しい。


「失礼するよ」


 入ってきたのは金髪に新緑色の瞳をした、背の高い青年だった。この天使は確か、ノクトと言う風の神の守護天使だ。私が魔物に襲われたところを助けて貰った内の1人。


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