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魔物を倒し終えても、火は広がったままだ。
大気その物を操れるセフィロスなら鎮火させる事くらい訳ないが、自分には流石にそれほどの力は持っていない。せいぜい爆風を起こして吹き消すくらいだ。しかも利き手が使えない今だと、たいした力は出せない。
さて、どうした物かとノクトが思案していると、遠くから微かに、女性の叫び声のようなものが聞こえた。
「ノクト、今の聞こえたか?」
「あぁ、行ってみよう」
もしかしたら火に巻かれて、逃げ出せないのかもしれない。
ノクトとボアネルジェスが向かった先にいたのは、魔物を前にして怯えている少女だっだ。
――マンティコアだ。
ライオンの胴と蠍の尾を持つ紅毛の魔物で、鹿よりも早く走る。人面にも見える顔つきが魔物の不気味さを増していた。
まだ魔物がいたのかと、ノクトは歯噛みする。頭の回る魔物だと、力の強い者をあえて襲わず、手頃で確実に食べられる弱い者を狙う。
完全にあのデカ物と細いのに、目がいっていた。マンティコアは恐らく、タラスクとゲイザーの陰に隠れて悠々と、獲物を食らっていたのだろう。
マンティコアは先に犠牲になった天使を食べ終え、次の狙いを少女の方に定めてるようだ。少女は顔と身体の右側が、血で塗れて上手く動けないでいる。
――どうするか。
マンティコアは素早い。少女が襲われる前に斬撃を飛ばして仕留めたいが、利き手は使えない。
早さで光一のボアネルジェスも、今は疲弊して動きが鈍っている。そうなると……。
「ボアネルジェス、頼んだ!」
ここまでの思考を1秒とかからずに一気にし終えると、ノクトはボアネルジェスに声を掛ける。
既にマンティコアは少女の方へ駆け寄っているところだ。
左手に剣を構えて振り下ろすと、マンティコアと少女の間に斬撃が落ちた。動くマンティコアに当てるのは無理でも、少女との間に斬撃を落とすくらいなら、利き手でなくても出来る。
マンティコアが突然の事に、一瞬怯む。その隙を付いて駆け寄って行ったボアネルジェスが、マンティコアを一突きにした。
「ふー、間に合った。嬢ちゃん、大丈夫……じゃ無さそうだな」
ボアネルジェスが話しかけた少女は、右側の顔面から右腕にかけて、大きく裂けていた。マンティコアの牙にかかったのだろう。意識はあるが、かなり危険な状態だ。
とにかく今は、応急手当をするしかない。既にボロボロになっている自身の服の裾を破り、包帯代わりにまきつけようとするが、片腕が使えないので上手くいかない。
ノクトのしようとしている事が分かったボアネルジェスが、代わりに布を巻き付けていく。
2人で応急手当を施していると、建物が焼ける匂いに混じって、微かに、潮の匂いを感じた。
「やっと、いらっしゃったか」
「だな。海に遊びに行ってなかったみたいで良かったぜ」
次の瞬間、燃え盛る炎に海のような波が押し寄せ、辺り一面海水だらけになったかと思うと、一気に潮が引いて行った。
街を覆っていた火はすっかり消え、煙すらあげていない。
「おやー、そこにいるのは天界最強天使のボアネルジェスとノクトかなぁ?」