前へ次へ
4/114

3. 菜食主義

「アイリス様、お加減はいかがですか?」


「すっかり良くなったわ。ありがとう」


 水の守護天使アレクシアが、心配そうに尋ねてきたので、アイリスはニコリと笑ってベッドから身体を起こした。


 自分が生まれたのは、ほんの数時間前の事。

 服を着て身だしなみを整えると、アレクシアが食事を用意しくれた。


 こんがりと焼かれた鶏肉のソテーにオレンジソースがトロリとかかったサンドウィッチ。それを見た瞬間、アイリスは妙な嫌悪感に襲われた。


「食べたくない」と強く思ったけれど、自分の守護天使は(あるじ)が手をつけるまでは食べられない。なによりせっかく用意してくれた食事を、手をつけずに突っぱねるなんてマネは到底出来ない。


 そうして無理矢理口の中に肉を入れて飲み込むと、急激に気持ちが悪くなって全て吐いてしまった。


 驚いたアレクシアがすぐさまリアナを呼び、癒しの力を使ってくれだが、全く気分は良くならない。ならばと今度は聖水を飲ませてくれた。

 すると、あっという間に身体を覆っていた嫌悪感が消えたのだ。


 リアナの話では、どうやら自分は菜食主義者(ベジタリアン)のようだ。いや、肉や魚と言ったものを身体が全く受け付けないと言った意味では、アレルギーと言った方がしっくりくるかもしれない。


 聖水は身体の穢れを浄化する作用がある。癒しの力が効かずに聖水が効いたということはつまり、生臭物を食べると身体が穢れることを意味していた。


 リアナはアイリスのこの体質をかなり訝しんでいたけれど、最終的には


「あなたは神よ。数ヶ月飲み食いしなくたって大丈夫な体だから、肉や魚を食べれないくらい、なんて事ないわよ!」


と明るい声で言って励ましてくれた。


 これが小一時間ほど前の出来事。大事をとってベッドで休んでいるところに、アレクシアがお茶を持って様子を見に来てくれた。


「具合がよろしいようでしたら、お茶でも飲みながら天界について教えるように、と言われているのですが」


「もちろん、色々教えて欲しいわ」


「それではこちらの本をどうぞ。それから虹の守護天使達も一緒に、ここに来て座って」


アレクシアがテーブルの上に分厚い本を、教科書代わりに置いた。


 天使の中には、神は生まれた時から何でもかんでも知っている。なんて思っている者もいるようだけれど、それは違う。


 神は生まれた時は赤子ではなく、ある程度成長した5歳程の子どもの姿で生まれ、言葉も不自由なく話せる。でも世の中の事なら、その辺にいる天使の子供に聞いた方が、余程良く知っているだろう。


 単純に神が不老長寿で、何千年、何万年、長い者だと何億年と生きているうちに、知識や経験が蓄積されているだけなのだ。自分のように産まれたばかりの神には、何の知識も経験も備わっていない。


 そういう訳でアレクシアはこれから、天界についてのあれこれを一から教えてくれる。

前へ次へ目次