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34. 提案

 再び会議に呼び出されたアイリスは、ローブを目深に被り太陽の神殿へ入る。

 すぐに会議室に通されると、ローブを脱ぐように指示された。


「挨拶はもういいよ。今日はアイリスに提案したい事があって呼んだんだ」


 フレイがいつもの、人好きのする笑顔を向けて話しかけてきた。前回は緊張でおかしくなりそうだったけど、今回はいつも家に来てくれる皆の顔だけが並んでいる。円卓に一緒に座らせてもらうのはさすがに恐縮するけど、前回よりはずっとリラックス出来る。


「この5年間色々とみんなで考えてみた結果、君が今の生活から脱却する方法を、一つだけ提案してみたい」


 アイリスはゴクリ、と唾を飲む。やっと、待ち侘びていた解決策を聞ける。


「最上級神の内の誰かと契りを交わす。これが1番最適で、唯一、君を守ってあげられる方法だと思う」


「契り……」


「そう。つまり、結婚するということ。結婚すれば君には大きな後ろ盾が出来る。しかもそれが最上級神と来れば、そうそう手を出そうなんて者は居ないだろう」



 ――結婚。



 神の結婚は、天使が結婚をして伴侶を得、家族となるのとは全く違う。


 神の結婚とは、守護天使や神獣と交わす契りと同じだ。つまりは主従契約を結び、絶対服従を誓うということ。主となるのは(おとこ)(おんな)も関係ない。上位にある方が主となる。


 それは神にとっては何よりも窮屈で、耐え難い。従えることはあっても、仕えることは無い。   


 例え自分より上位の神の命令には従わなければならないとしても、主では無い。


 自分の主は自分だけ。


 だから普通は、どんなに自分の力が弱くても、結婚なんてものはしない。プライドが許さない。


 でもアイリスの場合にはこれ以上にない解決策とも言える。

 結婚すれば主のもの。万が一手出しでもすれば、最上級神の所有物に手を出したのと同意。そんな事をしたら、どんな罰が下されるか分かったものでは無い。



 エレノアが、アイリスなら喜ぶと言っていた意味が分かってきた。それと同時に期待してしまう。


「神同士の結婚相手の条件は異性であることと、親で無いこと。最上級神の中だと、テスカ、セト、ロキ、そしてセフィロスだ」


 フレイが続けて説明をしていく。


「4人とも、君と契りを交わしてもいいと言ってくれている。だから自分の夫となる者を選んで欲しい。これは君にとって今後を大きく左右する大事な事だ。だから今すぐここで答えを出すようにとは言わない、帰ってから……」



「セフィロス様でお願いします」



 言葉を遮るなんて失礼だとは思いつつ、気持ちが急いて、つい言ってしまった。

 でも、1秒だって考える必要なんてない。その人以外と契りを交わすことなんて考えられない。


「もし、セフィロス様がいいと仰ってくれるなら、ですけど……」


 勢いよく言ったものの、ちょっと恥ずかしくなってきてしまった。そこへセトが、ちょっと待ったと声をかける。


「本当にいいの?セフィロスだよ?契りを交わすことがどういう事か分かってる?」


「はい。セフィロス様のお側にいてもいいと言うことですよね」


「……あぁ、えーと。まあ、端的に言うとそう言う事かな……」


「ほらほらセト、そう言うのはみっともないからやめなって。君だって知ってるでしょ、セフィロスがずっとアイリスの世話を焼いてたこと」


 ルナがセトの背中をポンポンと叩いて慰める横で、ロキがケラケラと腹を抱えて笑っていた。


「あー、まあね。じゃあ、セフィロスがイヤになったら、いつでも僕が契りを交わしてあげるからね」


「それでは、セフィロスはアイリスと結婚するという事でいいかな」


 フレイが仕切り直すようにセフィロスに確認する。


「無論だ」


「ふふ、アイリス、良かったわね」


 リアナがアイリスの方を向き、器用にパチリと方目を瞑ってみせる。

 

「今後の詳しい事については、君の家で決めていくとしよう。とりあえずは、無事に成長期を終えて立神するように。いいね?」


 はい、と返事をしてその場を退出した。


 会議室を出ると、ほうっと息を着く。



 ――信じられない。



 でも、みんなの前できちんと約束してくれた。

 だからもう、何も心配はいらない。




 帰りの馬車で、一緒に付いてきてくれたアレクシアが


「昔アイリス様が生まれてまもない頃、私は『神は誰か一人とだけ愛し合うことは無い』なんて言いましたが、訂正しないといけないですね」


と茶化してきた。


 当分、からかわれてしまいそうだ。


 途中で馬に乗り換え家に着くと、待ってましたとばかり虹の天使たちが出迎えてくれた。


「みんな、ただい……」


 アイリスが馬から降りようとしたところで、グラりと身体が揺らいだ。間一髪でアレクシアが支えてくれたが、頭がクラクラとして目の前の景色が回って見える。


「アイリス様?大丈夫ですか?!」


「気が抜けたのかしら、何だかフラフラするの」


 アレクシアがアイリスの額に手を当てる。


「すごい熱ですよ。これはいよいよ来たみたいですね」



 ――ああそうか、成長期だ。


 家に運ばれベッドに寝かされながら、アレクシアがテキパキと虹の天使たちに指示を出しているのが聞こえてくる。頭がぼうっとして、目蓋を上げるのも億劫になってきた。


「アイリス様、後のことは私たちにお任せを。今は成長期を乗り越える事だけに専念して下さい」

 

 こくん、と辛うじて頷くと、そのままアイリスは眠りについた。



 成長期はおおよそ1週間から10日ほど。この間は熱が出たり倦怠感に襲われ、一気に弱体化する。アイリスは守護天使が何人もいる上、居場所を隠されているので問題無いが、守りの弱い下級の神となるとこの期間に命を落とす者も中にはいる。


 それは熱などで身体が衰弱して、ではなく、魔物や悪魔に襲われて死ぬのだ。この期間をわざわざ狙ってやって来る、知能の高い者も中にはいる。



 時々、虹の天使が口に水を、スプーンでひと匙ずつ含ませてくれた。

 成長期には何も食べずに、水だけで耐え凌ぐ。

 

 身体を拭いてもらったり、着替えさせてもらったりと色々してくれているのに「ありがとう」の一言さえ言えない。


 ぼんやりとする意識の中で、これが終われば結婚の契りを結んでもらえる。ただそれだけを考えていた。

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