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33. エレノアの見解

「アイリス様、ご無沙汰しておりました」


 来てくれたのはエレノアだった。セフィロスは再び仕事が忙しく手が離せなくなってしまったので、エレノアが代わりに様子を見に来たとの事だ。

 前回セフィロスと再会をした時には天使を誰も付けずに一人でやって来ていたので、エレノアに会うのは一年以上ぶり。とは言え見た目の歳は止まっているのでなんの変化も無く、髪の長さが変わったくらいだ。


「また会えて嬉しいわ。虹の天使たちも会えるのを楽しみにしていたのよ」


 お互いにソファに座り近況を話していると、エレノアがコソコソとアイリスの方へやって来てその隣へ座った。

「どうしたの?」と聞くと、エレノアはアイリスの耳元へ口を寄せる。


「実は私、セフィロス様の所へリアナ様が押しかけてきた時、盗み聞きしちゃったんです」


 チラチラと虹の天使たちの方を気にしながら言ったけど、耳打ちしている割に声が大きい上よく通るので、絶対聞こえていると思う。


「盗み聞き?」


「はい。まあノクトも一緒に盗み聞きしていたので、上官の許可を得ていたようなものと言うとこで、それは置いといてですね」


 ……置いとくんだ。と突っ込みたいけど、エレノアはいつもこんな感じなのでいちいち突っ込んでいると話が進まなそうなので黙っておく。



「セフィロス様がアイリス様の神気に当てられたと勘違いしたのは、どうやら私とノクトの会話を聞いたからみたいなんですよ」


「それ、私に話してしまって良いのかしら?」


「アイリス様が言わなきゃ大丈夫です。何より、天使の会話を立ち聞きしたセフィロス様も悪いってことで、おあいこです」


 悪いとは言っても、主の会話を盗み聞くのと、従者の会話を立ち聞きするのとではだいぶ違う気がする。まあエレノアだからいいか。


「それでですね、私がセフィロス様はアイリス様の神気に当てられてるんじゃないかって話をしていたんです。だって、アイリス様にお会いしている時のセフィロス様の神気が、甘い香りのする優しい春風のように変わるので」


「そ……う、なの」


 なんだか落ち着かなくなってきた。


「その時実はノクトの他に、1番最近入った後天守護天使もいたんですけど、そいつに言われちゃいました。お前は後天守護天使のクセに『恋心』って言うのを忘れちゃったのか、って。セフィロス様も聞くなら最後まで聞いて言ってくれればよかったものを、変なところで止めちゃったみたいで」


「恋心……」


「はい。私が恋をした事があるのはもう15億年も前の事だったので、すっかり忘れてましたよ」


「ということは、エレノアは守護天使になる前には、想いを寄せる天使がいたの?」


「一応婚約者なんて言うのがいましたよ、私にも。まあそいつの顔なんて、今となっては1ミリも思い出せませんけどね」


 それはもの凄く気になる話だけど、元婚約者を『そいつ』呼ばわりするくらいだからいい思い出では無さそうだ。これ以上触れるのは止めておこう。


「昔ヴィーナス様に捕まって、3時間くらい愛と恋について延々と聞かされた事があって。その時は話長いなーって思っただけでしたけど、今ならよく分かりますね」


 ヴィーナスと言うのは、確か愛の女神の名前だ。そしてかなり失礼な言い方が気になるけど、確かに3時間は長い。


「どんなお話を?」


「神は天使と違っていきなり愛を与えられる、そんな心をお持ちです」


 天使だって当然、愛することの出来る生き物だ。神と天使が違うとはどういう意味だろう。


「天使は違うの? いきなりでなければ、前段階が必要ってこと?」


「これは異性を想う時の話ですけど、天使は普通、恋の後に愛が来るんですよ。セフィロス様は多分、順序が逆になっちゃったんですね。愛の後に恋が来たから、私なんかの言葉に惑わされてしまったんでしょう」


 恋と愛。違いがよく分からない。うーんと頭を悩ませていると、エレノアがフフっと笑う。


「ヴィーナス様曰く、恋というのは受け取るもの、愛というのは与えるものだそうですよ。つまり恋は自分本位って事です。セフィロス様は与えることには慣れているんですけど、自分の欲求には慣れてないんですよねぇ」


 分かったような、分からないような。いよいよ頭を抱え始めると、ジュノが割って入ってきた。


「それならアイリス様だって、恋しているのでは?」


「え?」


「だって、セフィロス様にそばに居て欲しいって求めていたじゃないですか」


 なるほど、ちょっと分かった気がする。愛なら、相手が何もしてくれなくても与えたくなるものかもしれない。

 私はセフィロスになにかして欲しい、つまり受け取りたいと思ったから『恋』になるのか。

 と言うか、やっぱり虹の天使たちはこれまでの会話を思いっきり聞いていた。


「それに、アイリス様の神気は普段からフワフワーってしていますけど、セフィロス様と一緒にいる時はコットンキャンディみたいに甘ったるくなりますもん」


 何それ、初耳だ。鏡をわざわざ見なくても、耳まで真っ赤になっているのが分かる。

 コットンキャンディは水の神殿にまだいる時に、外でお祭りをしているからとアレクシアが買ってきてくれた。天使たちと手や口をベタベタにしながら食べた記憶がある。


「それって、守護天使には(こちら)の気持ちが筒抜けってこと?」


「そこまでじゃないですけど、変化は感じられますね」


「求め合い、与え合うのが、つまりは恋愛って事らしいですよ。ここにヴィーナス様がいたら、多分発狂してるんだろうなぁ。あの方、この手の話が大好物なので」


 エレノアが話をまとめると、「そうそう」と懐から封筒を取り出して渡してきた。


「こちらの手紙をお渡しするように言われてたんでした。今度の最上級神会議に来るように、だそうですよ」


「会議に?もしかして……」


 もうすぐでと言うよりか、いつ成長期を迎えて立神してもおかしくない。そうなると、今後の事について何かしらの答えを出してくれたのだろうか。

 エレノアは訳知りな表情を浮かべているけど、絶対に何で呼び出されたのかは教えてくれ無さそうだ。


「当日のお楽しみということで。他の神なら断固拒否すると思いますけど、アイリス様ならきっと、嬉しいんじゃないですかねぇ」


 意味深な言葉を残して、エレノアは帰ってしまった。次の会議は3日後。自分に出来る事と言えば大人しく待つくらいなので、とりあえず先程のエレノアとの会話をゆっくりと反芻して、その時を待つことにした。

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