30. 会えない時間(1)
アイリスは今書き上げた手紙をクシャりと丸めると、机に突っ伏した。
その様子をエフティヒアが、止まり木の上からじっと見つめてくる。
「ごめんね、やっぱり手紙を出すのは止めておくわ。今日もあなたの出番はないみたい。」
少し不満そうなエフティヒアの背を撫でてやると、目を細めた。
セフィロスが来なくなってから1年半以上前がたっている。
理由は全く分からない。
最初はただ、試験があって来られなかった時のように、仕事が忙しいのだろうと思っていた。
半年ほどだった頃、我慢できなくなってリアナにそれとなくセフィロスは仕事が忙しいのかと聞いてみたら「いつも通りくらいだと思うわよ」と言われた。
特別忙しいという訳じゃ無さそうなのに何故なのか、出ることの無い答えにぐるぐると思考をめぐらせてしまう。
最後に会ったあの日、自分の事を考えてしてくれた事なのに、失礼な態度をとってしまったのがいけなかったのだろうか。それなら何万回でも謝りたい。
それとも、癒しの力も使えるようになったし、神獣や神鳥も手に入れた。武器は克服できないことは分からせた。やる事はやったし、もう用は済んだということなのか。
もしかしたら、ずっと前から面倒だと思っていて、前回のことでとうとう見切りをつけられたのか。
何も分からない。
分からないからこうして手紙を出してみようとするけれど――出来なかった。
何度も書いては、全部捨てた。貴重な紙を何枚ムダにしたことか。
もし、返事がかえってこなかったら。
もし、もう会いたくないと返事が来たら。
そんな想像が浮かんできて、怖くて出せなかった。
「近いうちに、って仰っていたのに。うそつき……」
ポタリ、と何も書かれていない便箋の上に涙がにじむ。
そもそもセフィロスは、他の神が半年に1、2度来る程度の中、ずっと多く足を運んできてくれていた。特別忙しい時を除けばひと月に1度以上、多ければ数回来てくれた。
それを考えれば1年ちょっと会わないくらい大したことじゃない。はずなのに、その1年がアイリスにとっては100年にも200年にも感じられるくらい長い。
何度泣いたんだろう。天使たちに心配されてしまうので、こうやって1人の時にこっそりと涙を流す。
――コンコン
ドアをノックする音がすると、ジュノの声がした。
「テスカ様がお見えです」
そうだ、今日は大地の神・テスカが来てくれる日だった。アイリスは急いで涙を拭い、自分の頬をポンっと軽く叩いて気持ちを入れ替える。
リビングに行くと、テスカがソファに座って待っていた。
「お待たせしてしまって申し訳ありません。ようこそお越しくださいました」
アイリスが挨拶をすると、テスカがアイリスの顔を心配そうな顔で見てきた。
「目が赤くなっているようだけど、大丈夫かな?」
「え? い、いえ、さっき目にゴミが入ってしまって。もう大丈夫です。今お茶を入れますね」
アイリスは慌てて顔を背け、お茶を入れる準備をする。
「それならいいんだけど。何だか声に元気もないように感じたから」
「そんな事はないですよ! 」と無理やり声に張りをもたせて答えてみた。
いつも思うけれど、最上級神のみんなはやたらと心を読むのが上手い気がする。やっぱりこう言うのは年の功と言うものなのか。
お茶を入れてテスカの正面に座ると、その双眸と目が合った。緑色の瞳を見ていると、セフィロスの瞳を思い出す。ただ、セフィロスの持つ色はテスカの深緑色よりももっと明るい、若葉のような新緑色だけれど。
「どうしたの? そんなに見つめられると照れるね」
「あっ、ごめんなさい。深い森のような綺麗な瞳だと思って」
本当にそう思うので、嘘だけど、嘘じゃない。
「そう? ありがとう。おかげでみんなからは巨木って言われているけどね」
セフィロスも背がすごく高いが、テスカはさらにその上をいく。2mくらいある身長と、浅黒い肌に緑がかった髪、そして深緑色の瞳で「巨木」らしい。
そんなに大きかったら威圧感がありそうな物なのに、いつも微笑みを湛えた顔と柔らかな物腰で、全く怖くない。
むしろ最上級神の中で最も優しげな雰囲気のする彼は、天界の最下層で死者の魂を管理している。
生きているものを裁くのが雷の神・セトなら、死んだ者を裁くのがテスカだ。
天界の者も、地上の者も、地界の者も、死ねば彼の審判を受け、地界に落とすか天界で次の転生を待つかが決められる。
テスカの様に慈愛深い方なら、ならむやみやたらと地界に落とすことは無さそうだな、と思える。
「あの、セフィロス様は今、お忙しいのでしょうか?」
しばらくテスカと話をしている途中で聞いてみる。
セフィロスが最上級神の中でも1番親しい間柄なのがテスカだ。セフィロスもテスカも、話しているとお互いに名前が良く出てくるので、多分そうなんだろう。
「セフィロス? うーん、今は試験はしていないはずだし、地上にも降りていないし、特別な案件も無かったと思うけど……。何かあったのかい?」
以前リアナに聞いた時と同じような答えが返ってきた。
「いえ、ここ1年半ほどお越しにならないので。元気にしてらっしゃるのか気になったものですから」
「うん、元気だと思うよ。もしかしてアイリスに元気がないのはそのせいかい?」
図星を突かれて、思わず飲んでいたお茶でむせてしまった。本当に思考を読むのが上手い。
「アイリスは1年が長く感じると思うけれど、僕達くらい長く生きていると1000年ぶりに会うなんて事もザラにあるんだよ。ちょっと時間の感覚にズレが出ちゃっているのかもね」
「そう……かもしれないですね」
ただそれだけの事なら、それでいい。
そうであって欲しい。
「今度セフィロスに会った時に言ってみるよ。アイリスが寂しがっていたって」
ちょっとだけイタズラっぽい笑みを向けて言ってきた。
「いっ、いえ。その、寂しいだなんて……」
やっぱり聞かなければ良かった。そんな言われ方をされてしまったら、次にもし会えた時に恥ずかしすぎる。
「セフィロスから話は聞いているよ。癒しの力や神獣と神鳥探し、それから武器を克服するために剣技の練習をしていたんだって? サラッと、こんな事をしているとだけ言っていたけど、セフィロスの事だから色々と世話を焼いていたんでしょ?」
「はい、とてもお世話になってしまって」
「何となくだけど分かるよ。彼はいつもそうだから。その割に何でもない事のように振る舞うから、周りからは淡白そうに見えてしまうんだよね。損な性格だよ」
やっぱりテスカから見てもそんな風に思うのか。本当にもったいない、と思う。
でも、押し付けがましくなく淡々とこなしてく、そんな所があの方の魅力の1つだな、とも思う。
テスカの瞳を見ながら、アイリスは再びセフィロスの事を想った。