26. 克服(1)
「アイリス様、おやめ下さい!」
「だっ、大丈夫よ。練習すれば」
「だってもう顔が真っ青で、震えてるじゃないですか!」
アイリスの手に握られているのは剣。武器を扱えるように練習しようとしている最中だ。ジュノ達がそれを必死で止めている。
17歳の誕生日はとっくに過ぎて、立神まであと3年も残されていないと言うところまで来ているのに、未だに解決策は見出されていない。
このまま一生外に出ることなく過ごすことになるかもしれない、という焦燥感に駆られ居てもたってもいられなくなった。それで身を守る術を得るために、剣の練習を始めようという訳だ。
武器を手にとるのは最上級神会議の時以来だが、やっぱり恐怖で震えてしまう。強ばる手をやっとの思いで握り剣の柄を掴んでいるが、汗で滑りそうになる。
「あっ……」
剣を取り落としそうになった所で、大きな手がアイリスの手を剣ごと掴んできた。
「いきなり真剣ではなく、初めは木剣から始めた方がいい」
後ろを振り向くとセフィロスがいた。
「いや、その辺に落ちている棒切れの方がいいな」
そう言うとアイリスの手から剣を取って、庭に落ちていた棒の切れ端を拾う。
「セフィロス様、どうして……あれ、もうそんなに時間がたっていたのかしら?」
今日は確かに来るとは聞いていたが、予定の時間よりも2時間以上早い。
「用が予定よりも早く済んだから早めに来たんだが、迷惑だったか?」
「いいえ、とんでもありません。むしろ大歓迎です」
頭をフルフルと振りながら答えると、セフィロスは拾った棒を手に持たせてアイリスの後ろに回り込む。
「これを剣に見立ててごらん。まず握り方はこう。背筋を立てて、左足を前にして肩幅に開く」
セフィロスが手取り足取り教え始めた。
「あの、セフィロス様……」
「どうした?」
「その……、セフィロス様は止めないのかなと思って」
天使たちに必死に止めに入られていたので、ちょっと呆気に取られてしまった。
「使えるようになりたいのだろう?止める理由がない」
「……はい」
数十分セフィロスのレッスンを受けただけで、汗だくになってしまった。運動不足も甚だしい。
剣術うんぬんよりも、もう少し基礎体力を付けた方が良さそうだ。
「少し休まれてはいかがですか?」
ジュノが冷たいレモン水を持ってきてくれた。はちみつが少しだけ入っていて、疲れた体においしい。
「時間がある時に、今の素振りを練習してみるといい。それから毎日真剣に触れること。持たなくても撫でるだけで構わない。身体が慣れるように焦らず少しずつ続けてみること」
「はい。分かりました」
それからアイリスの武器恐怖症克服訓練が始まった。セフィロスに言われた通り、毎日少しだけ剣に触れ、棒で素振りをする。
何度もそれを繰り返し、数ヶ月が過ぎていた。今日もセフィロスが家にやって来て、アイリスに直接稽古をつけてくれている。
そして――
その横では、虹の天使たちが血みどろになって横たわっていた。
「うああああああっっ」
ジュノの叫び声が庭にこだました。
ノクトがジュノの腕を、まるで地面に杭で繋ぎ止めるかのように剣で貫き通している。正直もう見ていられないが、セフィロスが何も言わないので手を出したいのをぐっと我慢する。
「そんな事で、アイリス様を守れると思ってるの?」
ノクトがジュノの耳元でささやく。
「腕の1本くらい、引きちぎって逃げてみなよ」
ジュノが本当に腕を引きちぎろうとしたところで、パタンと意識を失ってしまった。
「アイリス、治してあげなさい」
「は、はいっ」
ジュノの身体を癒しの力を使って治してやると、意識を取り戻した。
アイリスが直しきれなかった分を、セフィロスが更に治してやる。こんな事を少し前からやるようになった。
と言うのも、虹の天使たちがノクトとエレノアに
「アイリス様が頑張っているなら自分たちも!」
と言って、稽古をつけて欲しいと申し出たからだ。
ノクトが「厳しいけどいいの?」とは言っていたけど、本当だった。
癒しの力で治された虹の天使たちは、またノクトとエレノアに滅多打ちにされるという事を繰り返す。
普段は陽気なエレノアも、稽古を付ける時はノクトに負けず劣らず鬼だった。弓が得意なエレノアは弓で撃ち合いをして、虹の天使たちの身体をまるで針刺しのように矢でいっぱいにしていた。
――みんなが頑張ってくれてるんだもの、私も頑張らなきゃ。
自分に喝を入れて、木剣を握り直す。
今日から棒ではなく、木剣を使ってみる事にした。木で出来ているとはいえ、棒を持つ時とは全く違う。触れるだけで心臓がバクバクいう。
それでも深呼吸をして素振りをしてみると、息が苦しくなって地面にへたり込んでしまった。
――怖い。
恐怖だけが心を覆う。やっぱり武器の形をとっているものは恐ろしくて仕方がない。
「今日はそれだけで十分だ。休もう」
まだ天使たちは稽古を付けてもらっていると言うのに情けない。
情けないのに身体がついて行かない。
そんな私をセフィロスも天使たちも何も言ってこないので、何だか申し訳ない気分になってくる。
それでも何もしないよりはマシだと自分に言い聞かせて、毎日練習を重ねていった。