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23. 神獣と神鳥(4)

 夏から秋に変わろうとかと言う季節になった。今日はまだ残暑が厳しく蒸し暑い。雨上がりの後で木漏れ日がキラキラと眩しくて、アイリスは思わず目を細めた。

 

今日もニキアスに乗せてもらって、セフィロスと奥地まで来ている。

ニキアスは馬ならおよそ通ることの出来ないであろう岩場や崖でも、難なく駆けることができるので毎回驚かされる。スレイプニルという生き物だからと言うのもあるが、恐らく風の神気を貰っているから、という事が大きいような気がする。


「疲れただろう。あそこに小川がある。少し休んでいこう」


 セフィロスがニキアスの背から降ろしてくれる。ニキアスは重種馬なみに大きいので乗り降りするのも一苦労だ。


 小川には湧き水がでていて、川底までくっきりと見えるほど透明で美しい。それをひと口、手ですくって飲むとヒンヤリとして美味しかった。


 しばらく座って休んでいると、アイリスは急に妙な感覚がしてパッと立ち上がる。周りを見渡してみても何もいない。



 ――ドキドキとして落ち着かない。あちらに何かいる。



 そう思った時には既に走り出していた。



「アイリス!」


セフィロスに声を掛けられているのは聞こえているけれど、行ってみたいという衝動を止められなかった。



 そして――――


 

 アイリスが走っていったその先には、見たこともないような美しい馬がいた。


 いや、馬じゃない。額に1本(つの)が生えていて、たてがみはアイリスの髪の色とよく似た7色に輝いている。


「ユニコーンか」


 後を追いかけて来たセフィロスが呟いた。


 アイリスの心はもう決まっていた。ユニコーンの方もピタリと止まってこちらを見つめてくる。セフィロスに言われていた通り、心の中で契約を持ちかけてみる。



――私と契りを交わしてくれないかしら?



 互いに見つめ合ったまま、どの位の時がたったのだろう。何も起こらない。


 やっぱり自分には、神獣を持つのも無理なのかもしれないとだんだん不安になってくる。


 するとなぜだか無性に、悲しい気持ちになってきた。ぽたぽたと涙がこぼれ落ちて止まらない。何でだろう? 不安になっているだけで、泣きたいわけじゃない。



 『私が』悲しいわけではないのに。



――そうか、これはユニコーンから流れ込んでくる感情か。



 そうアイリスが理解すると、一気にユニコーンから負の感情が押し寄せてくる。




悲しい、苦しい、そして――恋しい。




 アイリスは目をそらさないままゆっくりと、ユニコーンに近づいて行く。


 それは最愛の者を亡くした感情だった。


 ユニコーンの記憶が流れ込んできて見えたのは、番いだったメスのユニコーンが誰かに捕まる姿。そして、あばら骨がくっきりと見えるほどやせ細り死に絶えた姿だった。



 ユニコーンのそば近くまでよると、アイリスはその体にそっと抱きつく。



『天使も神も信用出来ない』



ユニコーンが話しているように聞こえた。


「ええ、信用出来なくて構わないわ」


アイリスはユニコーンに話しかけてみる。


「私の神獣にならなくても構わない。だけどせめて、私の神気を受け取って欲しいの。あなたの心の傷が少しでも癒えるように」


 身体の傷の治し方ならセフィロスに習った。でも、心の傷の癒し方は私には分からない。


 私の神気は、無条件に幸せな気分にさせてくれる、と言っていた。だから、神気をめいいっぱいユニコーンに与えてみる。



 意識を失いそうになるまで神気を使い果たすと、ユニコーンがふらりとアイリスの前に跪いてきた。


「いいのよ、契約を交わさなくても」


『いいえ、どうぞ契りをお交わしください。貴方になら喜んで従いましょう。私に名をお与え下さい』



「……エルピス。希望という名前を与えましょう」


『アイリス様、命を賭してあなたにお仕えすることを誓います』


 ユニコーンの頬にそっと触れながら契りを交わす。


「よろしくね、エルピス」



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