1. 懐妊・出産
厳密な階級がある天界において、最も位が高い最上級神のひとり、水の女神リアナは多忙を極める。執務机について早々、重いため息をついた。
「あーーー、休み明けのこれ、サイコーだわ。」
「そうでしょう、そうでしょう!さあ、今日も一日頑張りましょう!」
目の前にどっさりと積まれた書類を指先で気だるげにツンとつつくと、自分と全く同じ清流を思わせるような青の瞳と髪の色を持つ天使が、手をパンパンと叩きながら元気よく答えた。
「ドレイク、あなた朝からよくそんな高いテンションでいられるわね」
「はは、これくらい上げとかないとやってられませんよ?」
苦笑しながら答えるドレイクはリアナ直属の天使で、水の守護天使長だ。常にリアナの側にいて仕えてくれている。
「途中でないとへばらないといいけど」
さてと、と書類の束を手に取り仕事に取り掛かる。今日は溜まりに溜まった書類の山を、片付けなければならない。自分に気合を入れて黙々と作業をこなしていく。
ちらりと窓の外を見ると執務室に入った時には登ってきたばかりだった太陽が、いつの間にか空高い所まできている。羽根ペンを走らせる手も、1度も立たずに座り続けている腰ももう限界。書類も半分くらいは捌けてきたし、そろそろティータイムでも取ろうかしら。
すぐ側のテーブルで同じく書類を捌いているドレイクに声をかけようとした瞬間、ふと自分の中の違和感に気づいた。
……何かしら、この感覚。ずっと昔に感じた事があるような……?
自分の身体に満ちる神気とは別のエネルギーを、腹の奥底に感じる。それはまだ小さく弱々しいものであるけれど、確実にそこにある、と感じられる。最後にこの感覚を覚えたのは何億年前だっただろうか。
ああ、そうか。これは……。
腹に手を当て静止しているリアナを見て、ドレイクが不安げな顔で尋ねてきた。
「どうかなさいましたか?お加減でも悪いのでしょうか?」
神なんだからそうそう具合が悪くなるなんてことはないし、自分は癒しの力も使えると言うのに、よほど変な顔をしていたに違いない。
ドレイクの方を向いて安心させるようにニコリと微笑み、そして告げる。
「私、妊娠したわ。」
「は?」
主の突拍子もない発言に、ドレイクのみならず同じく執務室にいた水の守護天使アレクシアまでマヌケな声をあげた。
「にっ、妊娠ですか?」
「ええ、間違いないわ。」
「それって、それって、もしかして…」
「ふふ、もちろん決まってるわ。私との間に子がいなのはフレイだけ。フレイの子よ。」
「ぃやったーーーー!」
「ちょっとドレイク、声が大きい!」
アレクシアが慌ててドレイクの口を抑える。
「だって、20億年だよ!騒がずにいられないだろ!!」
「だから、水の守護天使以外に聞かれたらどーすんのよっ!」
今度は耳を引っ張りはじめた。
「イテテテテっ!俺、守護天使長なんだから、もうちょっと敬うやまってくれよ」
「あら、仕方ないじゃない。長を諌めるのも副守護天使長の仕事だもの」
「それでリアナ様。フレイ様にご連絡を?」
耳を擦りながらドレイクが尋ねてきた。
「うーん、そうね。直接会って言いたい気もするけど、とりあえず手紙を出しておくわ。それから、この事はもちろん水の守護天使以外には極秘ね」
かしこまりました!と返事をすると天使2人はやっぱり喜びを抑えきらないらしく、抱きあってはしゃいでいた。