17. 指名
「それでは今日の会議はここまで、という事で」
この日、最上級神会議で議長を務めていた太陽の神・フレイの言葉で会議は終わった。
風の守護天使長のノクトに帰り支度を任せていると、月の女神・ルナがやって来た。
「セフィロス、ちょっといい?」
「なんだ?」
「アイリスの事なんだけどさ、最近アイリスってダインと仲いいよね?」
ダイン……力の神の事か、と思い出す。確かルナの部下として軍で働いていた筈だ。そして癒しの力をアイリスが使ってしまった時の天使の上官だったのだとか聞いている。
「仲がいい、と言うのは分からない。癒しの力を使った時に居合わせていたのだろう?」
「うん、それからこの前ケルピーに襲われた時にいたのもダインだよ」
そう言えばそうだった。大事には至らなかったものの、これからは出掛ける時には風の天使も必ず一緒に行かせるようにするべきかと悩んでいる。虹の天使達ではどんなに訓練をしても強さに限界がある。アイリスに行動の制限をなるべくしたくないので決めかねているのだ。
横で書類を束ねていたノクトが「あっ」と声を漏らした。
「どうしたノクト、何かあるのか?」
「この間慰労会から帰ってきたエレノアが、アイリス様とダイン様が親しそうにしていたのが気に食わなかったようでダイン様の事をアイツ呼ばわりしていたな、と思いまして。それと……」
「それと?」
「ケルピーに襲われた時アイリス様はご入浴中だったとのことで、裸を見たとか見ないとか……。ダイン様からアイリス様宛の手紙も度々見かけております」
「それに2人でよくお茶もしているみたいだよ」
思わず眉間にシワが寄ってしまう。
ノクトが手紙の仕分けをしているので、アイリス宛の物はノクトがセフィロスの神鳥を使って届けている。
アイリスの交友関係にまで口を挟む気は無いし、男神だろうと女神だろうと他の神と仲良くなるのは一向に構わない。
それなのに……
妙に気持ちがザワついて落ち着かない。
「それで、そのダインとアイリスの仲が良いからなんだと言うのだ?」
「この前さ、ダインの功績を讃えて報奨を与えることになったんだよ。報奨として上級神以上と番う権利を与えてあげた訳だけど……指名したのがアイリスなんだよね。いや、アイリスを指名してくること自体は珍しい事じゃないんだよ。側に居るだけであんな幸福感を味わえるんだから、直接彼女の神気を受け取ってみたいって奴は多いから。ねえ、みんな?」
「そうだよ。神気を誰から欲しいのか男神に聞くと、時々一か八かでアイリスの名前を出して来る事もあるね」
フレイの答えに他の最上級神達も頷いて同意している。セフィロスが自分の管轄下にある神に褒賞に何がいいか、誰がいいかと聞く時にアイリスの名を出されたことがなかったので、そんな事は全く知らなかった。
「でも「セフィロスの許可を貰え」って言うとみーんなあっさり引き下がって、やっぱり他の神でって事になるんだよ。普通はね」
「普通は、と言うと今回は違ったという事か?」
「うん、ダインはなかなか引き下がらなかったんだよね。前ならまあ良いかって許可出しちゃったかもしれないけど、ほら、あの事があったからさ。絶対に無理って言って突っぱねてやっと諦めてくれたんだけど……。あの執着ぶりがちょっと気になっちゃってさ」
「まさかとは思うけど、ちょっと気を付けた方がよさそうね」
リアナの言葉にセフィロスは頷いて、後日時間を見つけてアイリスの家に行く事にした。
*
ダインと会っていて襲われそうになった事はない。変な様子だって無かった。
それにダインとは1階級しか違わないヴィーナスとはよく会っているけれど、1000万年たった今でも自分の神気に当てられてない。
「ヴィーナス様とよくお会いしますけど、私の神気に当たった事などありません。ダイン様との仲はつい最近ですしそんな事は……」
「神気と言うのは異性の方がより強く作用する。其方もそれは分かるだろう? 良いな、ダインとは手紙のやり取りを含めて当面は交流を持つな」
「……」
絶句して黙っていると「良いな」と語気を強めて念を押された。そうなればアイリスは従うしかない。
「分かりました……」
セフィロスの急ぎの用事と言うのはこの事だった様で、その後直ぐに帰ってしまった。
ショックだ。
大切だと思っていた友達の1人と、こんな形で縁を切られてしまうとは。
はあぁぁー、とため息をつきながらソファに座ってクッションに突っ伏した。
「セフィロス様はアイリス様の身の安全を考えられての事ではないですか」
心配顔のジュノが淹れたてのお茶を持ってきてくれた。
「分かっているわよ……。御命令には従わないと」
絶対に。
そうでなければ今度こそ、こんな言う事を聞かない女は無理だと捨てられてしまうかもしれない。それだけは避けなければ。
離縁だけはしたくない。
離さないで欲しい。
その為ならどんな命令にだって従う。