16. 結婚ブームと離縁
慰労会に参加してからしばらくして、今日はフローラとヴィーナス、そしてセリオンと一緒に氷の都のカフェに来ている。
氷の都はもちろん氷の神・セリオンの管轄地の首都で、アイリス達が住む上層部は夏の終わりでまだまだ残暑がキツい。そこで今日は4人で氷の都名物のアレを食べに来た。
「お待たせ致しました。こちら、かき氷でございます」
「うわぁ、美味しそう!」
「夏でもこうして冷たいスイーツを食べられるのはセリオン様のお陰ですねぇ〜」
「アイスクリームまでのってるなんて最高だわ」
「ほらほら皆、急いで食べるとキーンと来るよ」
セリオンの管轄地は冬が長くて天界一寒いけれど、その代わりに真夏でも氷を用意出来る。細かく削られた氷に甘い果汁がかけられたかき氷は、氷の都の夏の風物詩になっている。
4人でヒンヤリとしたスイーツを楽しみつつ会話を楽しんでいると、セリオンが知り合いを見つけたのか店内に入ってきた白い長髪にアイスブルーの瞳をした男性に声をかけた。
「やあニクス!」
「セリオン様こんにちは。それからヴィーナス様も。ええと、あとのお2人は……?」
「こちらはフローラとアイリスだよ」
フローラはいつも通り栗色の髪にそばかす顔の女性に変身し、自分はと言うと、これまたいつも通りにフードを被っている。
ニクスと呼ばれたこの男性は下・上級神の位にある雪の神でアイリスも何度か会ったことがある。
「そうでしたか! 女神4人がお揃いで女子会ですか?」
「女子会? ははっ、私たち何歳だと思っているのさ」
「あらセリオン様、私たち何億歳になっても乙女心を忘れませんよぉ? 」
ヴィーナスが「ねぇー」っと同意を求めてきたので曖昧に頷いて返事をしておいた。
「はいはい。で、ニクスは1人なの? 良かったら一緒にどう? それとも……女神はもう当分懲り懲りかな?」
意味深な笑顔でセリオンがニクスに笑いかけた。懲り懲りってどういう意味だろう、と不思議顔で2人をみていると、恋バナと噂が大好きなヴィーナスが説明を買って出てくれた。
「ニクス様は最近、契約を解いたんですよね」
「契約?」
「ええ、アイリス様とセフィロス様に憧れて結婚の契りを芸術の女神・ミネルヴァと交わしたんですよねぇ? でもこの前契約を解除なさったそうですよ」
「つまりは離縁ってことです」
ははは、とニクスは苦笑いして頭をかいている。
自分とセフィロスが結婚の契りを交わしてから天界では空前の結婚ブームが起きた。神というのは主の座を誰かに奪われる事を嫌うので、結婚をして主従関係を結ぶ事など余程の事がない限りはしないのだけれど……
「みーんなアイリス様とセフィロス様のイチャつき様を羨ましがって結婚していきましたけど、やっぱりダメでしたねぇ。ニクス様とミネルヴァ様が最後の一組でしたのに」
「でもまぁ、1000万年もよく持ちこたえたよ。他の奴等なんて1000年そこそこが限界だっただろ?」
「アイリス様はセフィロス様に契約を切ってもらいたいとか思ったことは無いのですか?」
「ニクス様! アイリス様達はどこぞのブームに乗っかって結婚なさったのでは無いんですよ!! 今も昔と変わらず、いえ……さらに2人の愛は深くなっているんですから!」
離縁……。
これまで一瞬たりとも考えたことも無かった。
契りを交わしてもらったけれど当然解除をすることだって出来る。解除をするのに従者側、つまりはアイリスの同意は必要ない。主となった方が縛りの術をかけているので主の気分次第でどうにでもなってしまう。
もしかしてセフィロスは、私との契約を解きたいと思った事があったりして……。
今回ニクスはミネルヴァよりも上級の神なのでニクスが主だったはず。窮屈な立場にあるミネルヴァからの申し出だったのだろうか。
ヴィーナスが熱く愛を語り始めた所で申し訳無いけれど、不安の渦が押し寄せてきてニクスに離縁の理由を聞いてみることにした。
「ニクス様は何故契約を切られたのですか?」
「いやぁ、聞いて下さいます? まず自分の神殿に他の神が住むのってちょっと、と言うかかなり違和感なんですよ。ここ俺の神殿なのに、みたいな。そこをこっちはグッと堪えているのにミネルヴァの奴が好き放題に俺の神殿を改造したり我がモノ顔で居られるとイライラしてくると言うか……。だいたい俺は雪のように白くてシンプルなのが好きなのに、ミネルヴァは芸術がどうとか言ってよく分からんデカい置物を通路に飾り出したり壁にペンキをぶちまけ出したり……!!!あああ! 思い出しただけでイライラしてきた!!」
「ほらニクス、かき氷食べてちょっと落ち着きなって」
「セリオン様ありがとうございます。それでですね、俺の命令は聞かないわ、庇護下にあるせいで自分のアートばっかりに金をかけて仕事はしないわで……つまり何を言いたいのかと言うと、とにかく自分勝手すぎるんだよっ、あの女神はあぁぁーっ!!」
ニクスの絶叫が店内にこだましそうになったところで、セリオンが氷の壁を周りに貼って阻止していた。
「スッキリしたかい?」
「ええ、凄く。皆さん失礼しました」
全ての膿を出し切ったかのようにスッキリ顔のニクスはかき氷を食べ始めた。
一方でアイリスは益々心の中の不安が増してしまった。今のニクスの言葉の数々が、まるで自分の事を言われているようだった。
「命令違反……。自分勝手……」
「アイリス? どうしたの顔が真っ青よ」
「フローラ……わっ、私、どうしましょう」
「なにが?」
ガタガタ震える手をフローラが不思議そうな顔で握りしめてくれる。
「セフィロス様に離縁を申し出られたらどうしましょう……。私、沢山ご迷惑をかけてしまって……命令違反もしてしまったし、好き放題して自分勝手な行動ばかりで……」
「あー、ちなみにアイリスの言う迷惑とか好き放題って例えば?」
「風の神殿にお邪魔した時にはいつも皆さんと一緒に薬草詰みをしたりお料理したり、子供たちと遊んだり……」
「うん、それはセフィロス様に好きに過ごしていいって言われてるんでしょう?」
3人の女神達が一様にウンウンと頷いている。
「それに迷子になって迎えに来てもらったり、怪我をして助けに来て頂いた事もあります。お仕事中だったのに私のせいで時間を取らせてしまって」
「そうねぇ、そんな事もあったわね。でもセフィロス様はそう言う厄介事込みで契りを交わしたんだと思うわよ」
「しかも仕事もせずに毎日家でゴロゴロ……」
「それはそう言うお役目だからね」
「何年か前には癒しの力を使って怒られてしまったし……」
「んー、それについてはもう処罰も受けたんだしこれから気を付ければいいのよ」
さらにもっと最近で言えば、他の神と番いたくない、などと言う最大級のワガママを通してしまった。
思い出せば思い出すほど、考えれば考えるほどに自分がセフィロスにとってもの凄いお荷物な存在に思えてきた。
これではいつ捨てられてもおかしくない。
「アイリス様、俺色々な事を言いましたけど、なにが離縁の1番の原因かと言えば『お互いに飽きちゃった』これに尽きますよ。アイリス様は一緒に住んでないとは言え、セフィロス様のこと飽きたりしないんですか?」
「あ……飽きる……まさか」
飽きるどころか本当は風の神殿に一緒に住まわせて欲しいし、今でもセフィロスに会える時は朝から楽しみで仕方がないのに。
「他の結婚の契りを解いた奴らも全く同じこと言ってましたよ」
「ええ? どうしようフローラ、私飽きられてしまったら……!」
「ちょっとニクス! 変な事言わないでよね!」
「セフィロス様は頼まれたってアイリスのこと手放さないと思うけど」
「セリオン様に同感ですねぇ」
ほとんどの時間を家で過ごす事もあって毎回変わり映えのしない話題しかなく、何の面白みもない女だと言うことに今更ながら気が付いてしまった。
厄介でつまらない女。
これまでそばに居させて貰えたのは、セフィロスが生真面目な性格で責任感が強い御方だからかもしれない。
やっとドヨンとした気分から幸せ気分で日々を過ごせるようになったと思ったのに、この日を境にアイリスの頭の中には常に『離縁』の2文字が頭をよぎるようになった。