架空少女

作者: 佐々雪

 幼なじみのミリちゃんのことをずっと想い続けて20年。そのミリちゃんが、たったの一万八千円で買えてしまった。


「本当に来てくれたんだね」


「うん。さそってくれたのは、冗談だったの?」


「ううん」


 真っ白くて、必要な機能以外、ごっそりと抜け落ちた部屋。

 何かの儀式をする部屋のようにもみえる。


―――ここに足を踏み入れるものは、必要な機能以外は、何一つ持ち込むことなかれ。


 その禁忌をおかすと、どうなるのだろうか。

 例えば心、人格、生活。


「なんで僕をここに?」


「面白いかなあって思って」


「面白かった?」


「うん。なんか不思議な感じ」


「僕も不思議な感じがする。ミリちゃんがお金で買えてしまうなんて、考えたこともなかった」


「そういう言い方はやめて」


 でも僕はやめなかった。


「ミリちゃんが小学生のとき、バレンタインにくれたラブレター、まだ持ってるよ」


「うそでしょ」


「うそじゃないよ。僕のことは、三番目に好きって書いてあった」


「そういわれてみたら、書いた気がする。あはは、意味わからん」


 それから僕は彼女のなかで、四番になり、五番になり、それからたぶん二百番くらいに落ちていった。その間にも、僕は彼女のことが一番大好きなままでいた。


「ミリちゃんはもう、絵のお仕事はもうしないの?」


「うん。なんかもういいかなって。絵はね。もう描かないよ」


「絵を描くの、あんなに好きだったのにね」


 高校生のころ、ミリちゃんは、絵を描くところをネットで動画配信したりしていた。僕は彼女が描く絵も、絵を描くところも、どちらも好きだった。だから時間があるときは、その動画配信を必ず見ていた。


 絵の具に鼻歌をまぜながら、白いキャンバスに自由に絵を描いていく。真っ白なゼロから何かが、生まれていく。彼女が美しいと思うものが、輪郭を浮かび上がらせ、その色味を明らかにし、詳細が描かれ、少しずつ完成していく。僕はただそれを、ドキドキしながら眺めていた。何かを創る才能のない自分には、それがまるで魔法のようにみえたから。


「ここだって、こんなに真っ白なのに」


「だからもう、描けないのよ」


 余計なことをいってしまったせいで、とたんに苦しくなってしまった。こんな言葉も、こんな気持ちも、ここには持ち込むべきではなかった。


―――ここに足を踏み入れるものは、必要な機能以外は、何一つ持ち込むことなかれ。


 禁忌をおかした僕たちは、これからきっと神様に裁かれるのだろう。