ヤンデレ彼氏の取り扱い説明書
長らく二次創作を別サイトにばかり上げていたのですが、久しぶりに「なろう」に投稿してみようと思って書いた短編です。
(長編のモチベーションが上がらず…他の作品を読んでいただいている方は年単位でお待ちください…)
私が書く小説なので、異世界トリップや乙女ゲーの要素は相変わらず含まれています。
どうも、手違いで異世界にトリップしちゃった系女子の、私です。
一昔前の妄想系小説で流行ったアレですね。
本当は異世界トリップの系列の中でもチートともなる転生トリップをするはずだった子がいたらしいんですが、神様が不調だったようで、何の関係もない私をトリップさせてしまったんだそうです。
まさか神様に慰謝料請求するわけにもいかなかったので、帰れるようになるまで衣食住の保証とこの世界での戸籍、来歴をきちんと作ってもらい、とりあえず暮らしています。
「お、やってるやってる」
教室の窓から見えるのは一人の女の子に迫る男子生徒。
異世界とは言ってもここは現代世界に近い世界を基盤とした乙女ゲームの世界。
だから異様にモテる女の子がいても不思議じゃない。
「何、見てるんだ…?」
低めのいい声と共に背後からお腹に回された手。
…ああもう、いいところで来たか。
私は乙女ゲームはヒロインの恋愛を見てニヨニヨする方だったから、楽しく眺めていただけなんだけどな。
「ほら、アレ。先輩頑張ってるなーって」
振り返ると至近距離におかしいくらい整った顔。
まぁそれもそのはずで、この人は乙女ゲームの攻略対象の一人なのだ。
「……アイツの方が、好きなのか?」
「こらこら、先輩をアイツ呼ばわりはダメでしょ?それに私は眺めていただけだよ」
「俺以外見ないでくれと言ったのに」
「無理…って痛っ、耳を噛まない」
「噛んだだけだ。噛みちぎってはいない」
雰囲気がおかしいと思った勘のいいアナタ。
そう、アナタは正解。
攻略対象がこんなカニバリズムなことをさらっと言う普通の乙女ゲーなんてあるわけがない。あ、普通の、ってところがミソね。
トリップしたいと思わせるような要素。
それはこのゲームの場合、登場人物全員ヤンデレ、という点。
リアルのヤンデレなんて面倒だし、殺されかねないしで気軽につきあえない。
というわけで二次元でヤンデレとの恋愛を楽しめるこのゲームは結構な人気が出た。
しかも全員表の顔で真面目やクール、癒やし系に兄貴肌…など、個性的な属性が揃っていたから乙女ゲー好き、ヤンデレ好きにはたまらない作品だった。
あ、確か隠し攻略対象で男の娘、なんてのもいたっけ。
通常プレイだと恋愛相談に乗ってくれるサポート系の子、だったかな。
「噛みちぎった時点で絶交するわ」
「…!ぜ、絶交…」
よし、大人しくなった。
で、このゲームは乙女ゲームのライトユーザーにも楽しめるように、結構簡単に好感度が上がってクリア出来るシステムになっている。
昔からあるような、攻略対象を狙う恋敵の要素や、フラグを全部立ててイベントをこなしておく、ステータスなどの数値を規定値まで上げ切る、などの作業が必要なく、好感度の数値によりエンドが決まるようになっている。
まぁ、エンドでヤンデレが強くなるかもう一つの属性が強くなるかは選んだ選択肢によって変わる病み度と呼ばれる、好感度上昇時に表示されない裏ステータス値で決まるので、全部のエンドを集めるとなるとヘビーユーザーでも楽しめる難易度だったと思う。
そのシステムのせいで私はこの世界に来て、こうなってるんだけどね。
「絶交は嫌だ…!」
「だったら離れて」
「離れるのも嫌だ」
「腹絞めないならこのままでいいけど」
「ん…これならいいか…?」
「まぁ、いっか」
何でモブが攻略対象にこんな好かれてんねん、と思うでしょう。
私が一番聞きたい。
でも、このゲームをやりこんだからこそ、嫌われない程度の接し方をしたらこうなったのだから仕方ない。
誰だって、生きていく上でわざと嫌われるような接し方をしたいとは思わないだろう。
いるとしたらよほどのマゾだが、残念ながら私はその類いではないので嫌われない方法が分かっていたらそれを実行する方の人間だ。
それで同じクラスになった彼に嫌われないように接していたら、あれよあれよと好かれてしまって告白までされ、断る理由も特になかったので彼が飽きるまで付き合うことにした。
誤解がないように言っておくと、ゲームプレイ時、私は彼が一番好きだった。
ヤンデレてもまだ話が通じるからまともだしね。
だけど、攻略対象ではあるんだから、彼だってその内ヒロインの方に目を向けるようになると思うんだよ。
今のところ何故かその兆しすらないのは何故なのかは分からない。
いや、ヤンデレってのは一途を拗らせたものなんだと思うし、簡単に別れを切り出されることはないだろうとは思っていたけれど。
「…好きだ」
「はいはい…」
「やっぱり、あの男のほうがいいのか」
「何、疑ってるの?」
「反応が薄いだろ…こんなに好きなのに…伝わっていないのか…?」
「君が私を好きだってのは伝わってる。それに私だって君のことは好きだよ」
「…本当か?」
「本当だって。何、嘘言ってるように見えるわけ?」
「……嘘を言っているようには、見えない。でもいつ取られてしまうか心配で…」
「君は、私がそんな尻軽だと思うんだ?」
「ち、違う…!」
「だったらいいでしょ。私は君が好きだし、君も私が好き。それが事実だ」
実は、話の通じるヤンデレ相手だと、嫉妬している時にこうやって冷静に好意を疑われていることを不快に思ってる、と伝えたり、ちゃんと好意を伝えてやるという手段は有効だったりする。
「…そうだな」
嬉しそうな声だ。
首筋がくすぐったいけど我慢してやろう。
彼はクール属性だけど、普通にデレた姿はワンコ属性だったりする。
それもあって、彼が構って欲しい時にちゃんと構うとヤンデレも落ち着く。
「いっそ、鎖で繋ぐことが出来たらいいのに」
「さすがに嫌だよ」
「……」
「私に嫌われたくないんだったら、そういうことはしないでね。本気で嫌うだろうから」
「う…たぶん、しない…」
「絶対しないで」
「でも、いつも一緒にいたいんだ…」
「離れてる時間にお互いを思っていたら、一緒にいる時間がもっと嬉しいものになるでしょ」
「…!」
とんでもないことをしそうになったら容赦なく「嫌いになるよ」と言うのも彼みたいな人の場合は効果がある。
嫌なことをされて好きなままでいられると思ったら大間違いだ、というのを死なない程度に突きつけてやらないとこちらの身がもたないし。
もっとヤバい、人の話を聞かない系統のヤンデレが相手の場合は…頑張って下さいとしか言いようがないけど。
「…え、胸押さえてどうしたの」
胸を押さえてよろよろと離れていく彼。
本当にどうしたのこの人。
「死ぬ…」
「は、」
「心臓を打ち抜かれた…バクバクする」
ああ、確かに顔が赤い…ってか泣きそうなんだけど。
え、私たいしたこと言ってないよね?
「み、見ないでくれ…恥ずかしい…」
あ、ヤンデレモード終わったなコレ。
「何で。何も恥ずかしいことなんかないでしょ」
「な、なんでもだ…なぁ、抱いていいか…?」
「誤解を招く言い方しない。ただのハグなら、場所をわきまえてくれるならいつしたって別に構わないけど」
ここは教室だけど、抱き合うだけなら結構あるからなこのクラス。
ぎゅうぎゅうと、今度は正面から抱きしめられる。
ちょうど胸元に私の耳が来るから、密着した途端心臓の音。
本当だ。結構速い。
「はは。すごい、ドキドキ言ってる」
「…あ、あんなこと言うからだ…!」
…ドキドキ言っている心臓は、彼が生きた人間である証。
元の世界ではゲームキャラだけど、この世界では一人の人間。
私は、いつか元の世界に帰る人間。
だけどそれがなければ、きっと私はこんなに冷静じゃなかった。
嬉しくて、嬉しくて舞い上がってた。
だって私は彼が好きだから。
元々好きだったのに、一緒に過ごす内に本気で恋をしてしまった。
それが大波乱の幕開けになるなんて、少しの想像も出来ずに。
だけどそれはまた別の話としよう。
もしアナタが、ヤンデレ系乙女ゲーの世界にトリップして、その攻略対象と付き合うことになったとしたら、こんな接し方もあるとお伝えしたかっただけなのだから。
いかがでしたでしょうか。
発端はヤンデレとそれを軽くあしらう子のカップルってあんまり見たことがないなぁと思ったことだったのですが…ちゃんと表現できていましたでしょうか。
では、お読みいただいた皆様、ありがとうございました。
感想等も頂ければ嬉しいです。