大魔王殺しの元魔王、冒険者になる
「ガアアァァアアッ!?!?!?」
森に、一匹の獣の悲鳴が響き渡る。
草花を吹き飛ばし、大気を揺らし、大地を揺るがす、そんな衝撃波を伴った、半ば攻撃と化したその中で、一人男が平然と、何事もなかったかのように佇んでいた。
後ろにいる傷だらけの少女を守るように、微動だにせず佇んでいた。
「あ、あの、貴方様は、一体……っ!?」
轟音の中、叫ぶようにして少女は問いかける。
その声に振り向きもせず、男はただの一言で答えた。
「冒険者。ただの、そう、ただの、その辺に掃いて捨てるほどいる、本当に普通な、平凡な、超が付くほど一般的な、たーだーのっ!冒険者だ」
「…………はい?」
……一言ではなかった。
某王国某村。
国の中でも人口が多くない、農業と狩猟が盛ん、寧ろ農業と狩猟しかやることがない、そんな田舎の村に、一人の少女が訪れていた。
光の反射によっては水色にも見える銀色の長髪を靡かせ、凛とした足取りで村の大通りを進んでいく。
村で見たこともない美しい娘が歩いているとあっては、村の男共の仕事の手が止まるのは致し方がないだろう。男だけでなく、女も例外なく手を止めて、少女に見惚れていた。
少女は革で出来た防具を身につけ、背中に弓と矢筒を背負っていた。美しさばかりに目が行きがちでその姿に気が付かない者もいた。その出で立ちを見れば、彼女が冒険者で、依頼を受けてこの村にやって来たことに気が付いただろう。その美しさに魅入られ声を掛けようとした男たちは、その姿を見て声を掛けるのを止めていた。冒険者には関わらない方がいい、と。
冒険者。それはこの世界で依頼を受けて魔獣を討伐したり、護衛をしたり、雑用をしたりする者達の事を指す。彼らは武装組織『冒険者ギルド』に所属している。
依頼を出すときはギルドを通さなければならず、もし仮にギルドを通さなければ、依頼した方も受諾した方も違法となり、全財産没収の上、牢屋に入れられてしまう。軍ではなく武装組織に所属するが故の、厳しいルールなのだ。
さて、少女は荒くれ者の多い武装組織の中で、数少ない女性冒険者として最近活動し始めた、言わば新人冒険者である。
彼女がこの村を訪れたのは、近くの森に潜む魔獣の討伐依頼を受けたからであり、活動拠点とする為の宿取るためである。
しかし、この村は農村であり、外から来客が来ることもない。だから、宿など存在しなかった。
早々にそれを悟った少女は、仕方がないと、自分に注目している住人の一人(女性)に声を掛けた。
「お仕事中失礼いたしますわ。お伺いしたいことがあるのですが」
「は、はひ!なんでしょうか!?」
急に声を掛けられたことで、女性は裏返ってしまった声を村中に響かせながら答えた。
「この村に宿泊できる施設はございますか?」
「は、はひ!え、えっと、い、いつもは、村長の家に、と、泊まってもらって、ますです!」
「村長様のご自宅ですか。どの建物がそうなのでしょうか?」
「あ、あそこに見える、大きな建物、です!」
女性がきびきびした動作で指さした先には、この村で最も大きな建物が建っていた。あれが女性が言っていた村長の家なのだろう。
「あそこですわね。有り難うございますわ。お仕事中に失礼いたしましたわ。ごきげんよう」
「ご、ごきげんよう!?」
最後まで裏返ったままの声で女性は返事を返したが、去って行く少女の後ろ姿を見て、どこかのお貴族様か?と疑問に思った。しかし、その疑問の答えを得る機会は、残念ながら彼女の人生には訪れなかった。
村長宅にて宿泊を依頼した後、少女は村の酒場で夕食を取った。しかし、酒場という場所で何度か食事を取ったことのある少女から見て、この村の酒場は雰囲気が最低だった。
右を見ても飲んだくれ、左を見ても飲んだくれ。品の欠片もないむさ苦しい男共が、大声を上げて飲み、騒ぎ、暴れていた。
そんな中でも最も煩かったのが。
「――おい!テメェら!俺ん話をきぃてんのかァ!?」
「うるせぇぞ、ファルカス!てめ、その失恋話何度すりゃぁ気が済むんだ!毎回毎回飲むたんびにその話されるもんだから、聞き飽きちまってまーた酔いが冷めちまったじゃねぇか!どうしてくれるんだよ!」
「るせぇ!今日は俺の奢りにしてやっから、いーから俺の話に付き合え!」
「こないだもそー言ってたよなぁ!?ふざけんじゃねぇ!オレぁもう帰る!」
「おい待てよ!おい!……ったく、もう少しぐれぇ人の話に付き合ってくれてもいーじゃねぇかよ。おっ、バッカス!ちょーどいいところに!なぁなぁ聞いてくれよ。俺さぁ……」
この、ファルカスと呼ばれていた男である。知り合いを見つけては絡み、自身の失恋話を大声で話す男、である。因みに、今晩の被害者はバッカスが五人目だったと、少女は記憶している。
ゆっくりと食事を取るつもりだったが、この男のせいで美味しい食事も数段味が落ちて感じる。
注文した皿を時間を掛けて、されどいつもよりも手早く片付け、少女は席を立った。
その後少女は無事に村長宅にて一夜を過ごし、翌朝早く、森へと討伐に向かった。
周囲を警戒しながら森の中を進む。討伐対象は『ゴブリン』。どんな場所にでもいる、最弱の魔獣である。
魔獣とは、心臓の近くに魔石と呼ばれる魔力生成器官を持つ生物のことを指す。何故か魔獣同士で争うことはなく、それ以外、人間や動物などを襲い、喰らい、生活している。
その中でも二足歩行をする魔獣は人間の、しかも女性を襲うことが多いため、特に危険視されている。襲う理由は食料の他に繁殖に使うからである。ある意味寄生に近く、苗床にされてしまった女性は必ず死亡してしまう。だからこそ、人類の敵として二足歩行の魔獣は見つけ次第根絶やしにすることが推奨されている。
そんな女性に天敵であるゴブリンがこの森では異常繁殖しているようで、その駆除の依頼がギルド支部にある依頼ボードに貼り出されていたのだ。ゴブリンは数は多いが弱いので、対集団戦の訓練には持って来いであるとして、ギルドはできるだけ新人にその依頼を回している。基本的には安全だが、死亡率がゼロというわけではない。しかし、この依頼を受けることでギルドからの印象が良くなり、ランクを上げやすくなり、さらには訓練も出来る、等々の理由が在る為、少女はこの依頼を受ける事にしていた。
何より。
「――“ゴブリン死すべき慈悲はない”、ですわ。“ゴブリン死すべき慈悲はない”、ですわ。“ゴブリン死すべき慈悲はない”、ですわ。“ゴブリン死すべき慈悲はない”、ですわ。“ゴブリン死すべき慈悲はない”、ですわ――……」
少女は家訓を口にしながら森の中を歩いていた。
森の中で声を上げながら歩くなど、人間を餌や苗床としてしか見ていない魔獣からすれば襲ってください、と言っているようなものだが、実はこの行動はギルドに推奨されている森の歩き方なのだ。もちろん、冒険者に実力があること前提の歩き方だが。
暫くすると、その少女の声に釣られたのか、周囲から複数の足音が聞こえてきた。
この釣りが大切で、広大な森の中で虱潰しに魔獣を探すのではなく、向こうから来て貰うという、作戦だ。文字通り、少女は森の中で釣りをしていたのだ。
足音が聞こえてきた途端に、少女は自身が隠れられるほどの太さの木の幹の裏に隠れ、風魔法を使って枝に飛び乗った。本来はここで詠唱などが入るのだが、実家での教育のおかげもあり、少女は高度な技術である無詠唱を修得していた。
隠れながら矢を構えること数十秒。茂みの中からオスのゴブリンが六体現れた。近くの村を襲って手に入れたのだろうか、それぞれが杵や鍬で武装していた。
人型とは言え魔獣、何かを着るという発想はないみたいで、ゴブリンを視界に入れたとき、少女の顔から表情が抜け落ちた。
ゴブリンが少女に気が付く前に、狙いを定めて矢を放った。すぐさま次の矢をつがえ、連続で五本の矢を放つ。その狙いは、全て、ゴブリンの股に集中していた。
「「「「「「ッ!?!?ギャアアアアアアアアアアアァァァァァァァァ!?!?!?!?!?!?!?!?」」」」」」
ゴブリンの絶叫が森に響いた。もんどり打って地面に倒れ込み、そのまま藻掻き始めた。
その様子を冷めた目で見下ろしながら、少女はそれらを放置した。
次第に叫び声以外の音が聞こえ始める。足音だ。先程と同様に、声に釣られてゴブリンが寄ってきたのだ。今度の釣り餌は少女ではなくゴブリンだが。
狙いを定めて矢を射る。それを繰り返すこと十数分。少女の眼下には苦悶の表情を浮かべたゴブリンの山が出来上がってた。途中から少女の位置を把握していた個体もいるようで、射殺すように少女を睨み付けている。
そんな視線を向けられてなお、涼しい顔を、否、表情の抜けた顔をしていた少女だったが、ゴブリンの数が二十を超えた辺りで矢を射るのを止めた。
そして。
「《汚物は燃やして消毒》、ですわ」
森が真っ赤に染まった。
ゴブリンたちの絶叫が森に響き渡る。激痛に、違うベクトルの激痛が追加され、肉体的にも、精神的にも、死へと向かって行った。
火魔法【炎歌】
歌に魔力を乗せる事で、歌が流れている間、周囲を燃やし続ける、上級魔法。
歌声の大きさ、曲調などで火力と範囲は変わる。
今使っているのは、その魔法を独自改良した、少女のオリジナル魔法。
火魔法【炎歌:狂騒曲】
着火は【炎歌】が、その火を維持するために使う歌は【炎歌】によって燃やされた対象の絶叫。最初の【炎歌】には、絶叫に対象から無理矢理引き出した魔力を乗せる術式も組み込まれている。自身の魔力はほぼ消費しない、超省エネ魔法である。
声が出なくなった時、すなわち命が止まったとき、炎もまた止まる。
燃え尽きた後に残るは、対象の骨と魔石のみである。
「これで終わり、ですわ」
血も涙も蒸発してしまう、惨たらしい魔法。今は少女しか使っていないが、これが世に広まったら禁術間違いナシの一品である。
骨は放置して魔石だけ回収する。この魔石を冒険者ギルドに提出することで報酬が得られる。また、この提出物が魔物退治の評価の対象になるので、倒した後は死体から抉り出す作業がある。少女はその周りを燃やしてしまうので抉り出す必要はないが。
魔石を持ってきた革袋にいれ、次の換金素材を探して、少女は家訓を口ずさみながら森を歩き出した。
最初の遭遇以降、三回ほど群れに見つけて貰い、矢で去勢したのち焼き殺すことをした後。
少女は異変に気が付いた。
――素材共が現れなくなったのだ。
「釣れませんわ」
ゴブリンに高度な知能はない。学習することのない、突撃しか能のない魔物。それがゴブリンのはずなのだが……突撃してこない。
ゴブリンの異常なまでの大量発生、あるはずのない学習。
こんな状況は過去に――
――実はある。
「……出たのですね、ゴブリンジェネラルが」
ゴブリンジェネラル
ゴブリンの上位種。下位種の普通のゴブリン、中位種の役職持ちゴブリン、そして上位種の将軍。
ジェネラルが出た場合、ゴブリンの動きが通常と比較出来ないほどに変化すると言われている。思考能力がサルの生まれたばかりの赤子と人間の政治家くらいの差はある。
因みに、少女もある程度は強いが、ジェネラルには確実に負ける程の実力しかない。
そんな、今の少女にとっては絶対に無理、無茶、無謀な相手と戦う等、愚の骨頂。
「冒険者に大事なのは、実力を見極める観察力と引き際を見極める判断力」
そして、今必要なのは「引き際を見極める判断力」。
「……引き際、ですわね」
少女は判断した。少女のこの後やるべき事は、最寄りの冒険者ギルドで現状を報告、その報告を元に、自分よりも強い冒険者を派遣して貰う。
「急ぎませんと」
早くしないと、近くの村が犠牲に――
「――――――――ぐあぁ?」
「……………………遅かった、?」
引き際を、見極め、損なった。
距離約二十メートルほど。その距離が遠いのか近いのか、ゴブリンジェネラルの速さが分からない以上、判断が付かない。
その距離で、少女とゴブリンジェネラルの目が合った。
両者とも、目が合った状態でその場から動かなかった。足は動かなかったが、少女は右手を矢筒へと伸ばす。
引き際を見極め損なったのなら、ここから逃げる訳にはいかない。
もし仮に、助けを求めに村へと向かった時に、そこまでゴブリンジェネラルが着いてきてしまったら?
蹂躙が始まる。
それだけは、絶対にだめだ。
少女はそう考え、例え刺し違えたとしても、ここでゴブリンジェネラルを仕留めると、心に決めた。
何十分にも思えるほどの緊張感の中、両者は未だに動かない。
動かず、動かず、動かず――……
気が付いた時には、ゴブリンジェネラルは少女の目の前にいた。
「ッ!?」
「ガァッ!」
少女は咄嗟に地面に転がることで、ゴブリンジェネラルの持つ大剣の横薙ぎを避ける。
そこから膝立ちになり、矢筒から一瞬で引き抜いた矢を構え、ゴブリンジェネラルの瞳に放った。
が、それは容易く大剣で防がれてしまう。
その隙に距離を取り、矢筒から三本の矢を取り出し、両足、そして大剣で隠されている頭を狙って、順番に放っていく。
大剣を降ろし、少女の攻撃を確認した時には、自身の三カ所を同時に狙う矢が目前まで迫っている。ゴブリンジェネラルは防ぐことは不可能と判断したのか、その巨躯に似つかわしくない寸敏さで全ての矢を避けた。
その行動を予測してか、ゴブリンジェネラルが矢を避けている間に、少女は森の中に姿を消した。
ゴブリン種は総じて聴覚が弱い。例えジェネラルであっても、それは同じはずだ。だったら臭いで位置がバレる心配はない。
少女の予想は当たり、ゴブリンジェネラルは周囲をキョロキョロと見渡し、少女の姿を探している。
その様子を幹の影から窺い、別の方向を向いている間に、木の影から木の影へと移動していく。
元いた場所から百八十度ほど移動し、いざ攻撃をと思った、その時。
「ギャギャギャ!」
「ギャギャ!」
「ッ!」
背後から通常のゴブリンが二体、奇襲を仕掛けてきた。
奇襲する直前に声を上げていたので少女は気が付いたが、もし仮にその声がなければ、今頃奇襲は成功して、少女の首と胴は泣き別れていただろう。
しかし、奇襲は失敗した。少女は振り向くと同時に、矢筒から抜いていた三本の矢の内、二本を正確に二体のゴブリンの眉間に射た。そして、残りの一本を振り向きざまにゴブリンジェネラルに放つ。
だが、ゴブリンの奇襲のせいで少女の奇襲は失敗した。既にゴブリンジェネラルは少女に気が付いており、大剣を使って難なく矢を防いだ。
もう一度奇襲を行う為に森の中へと姿を消そうとした少女だったが、仮にも将軍の名を与えられたゴブリンだ。知能もそこそこ高いのか、少女が姿を隠す前に、距離を詰めてきた。
その詰めてくる僅かの時間で姿を隠そうとしたが、ジェネラルゴブリンの速度の方が勝ってた。
「ガァッ!」
「きゃあッ!?」
距離を詰めると同時に振るわれた大剣。少女は辛うじてその間合いから脱していたが、剣を振った時に生じた風圧でその軽い体を吹き飛ばされた。
不幸なことに、少女の少し後ろには木の幹があった。勢いが減速することなく、少女は背中から思い切り幹に衝突した。
「かはっ!」
肺から空気が漏れる。意識が一瞬飛びかけ、だが気合いを入れてその一歩手前で踏みとどまる。
しかし、ダメージを受けて、膝を突いてしまった体が再び言うことを聞くまでには時間が掛かり。
その時間は、大剣を振り上げて振り下ろすには十分すぎる時間だった。
(ここまで、ですの……)
自分は失敗した。この怪物を仕留め損なったせいで生じる被害は、仕留め損なった自分の責任だと。
起こるだろう未来を想像し、悔やむ。
そんな少女の気持ちなど知らないゴブリンジェネラルは、躊躇なく大剣を振り下ろした。
「おいおい、女の子に乱暴しちゃぁダメじゃねぇかよ」
しかし、その刃が少女に届くことはなく。
一人の男が、いとも容易く素手で受け止めていた。
「ほいっと」
男が刃を押し返す。たったそれだけで、ゴブリンジェネラルの体はバランスを崩し、蹈鞴を踏んだ。
ゴブリンジェネラルと少女の目が、ここで漸く男の姿を捕らえた。
男は細身で褐色の肌をしており、短く刈り上げた黒髪が特徴だった。見た目から推察すると、歳は二十代半ばといったところか。
しかし、最も目を引いたのは身体的特徴ではなく、その出で立ちだろう。
魔物が出る森に、武器も、防具も、何も持たずに訪れている。それが異様だった。
異様だと思ったのは武器を素手で止められたゴブリンジェネラルも同じだったようで。
「ガアアァァアアッ!?!?!?」
衝撃波を伴った咆哮を男に放った。
だがそれは威嚇ではなく、困惑し、そして少しの恐怖による、ただの悲鳴だった。
そんな咆哮を、少女は耳を塞いで、身を縮ませてやり過ごそうとする。
少女の行動こそが、普通だ。これこそが、ただの人間が取る行動。
しかし、ここでも男は異様だった。
男が平然と、何事もなかったかのように佇んでいた。
後ろにいる傷だらけの少女を守るように、微動だにせず佇んでいた。
その姿を少女は辛うじて開けた眼でしっかりと見、驚きの表情を浮かべた。最も、眼は見開けていなかったが。
思わず少女は訪ねていた。
「あ、あの、貴方様は、一体……っ!?」
轟音の中、叫ぶようにして少女は問いかける。
その声に振り向きもせず、男はただの一言で答えた。
「冒険者。ただの、そう、ただの、その辺に掃いて捨てるほどいる、本当に普通な、平凡な、超が付くほど一般的な、たーだーのっ!冒険者だ」
「…………はい?」
……一言ではなかった。
そうこうしている間に、咆哮が止んだ。
そして。
「なぁ、嬢ちゃん」
「じょっ!?」
「思わず介入しちまったが、アンタの獲物、オレが貰っちまっていいか?」
「え、ええ。寧ろ、わたくしには手に余る相手ですので、倒せるのであればお願いしたいですわ」
「うっし、了解。んじゃぁ、とっとと殺っちまいますかね」
男は拳を構え。
「死にさらせェェェッ!!!」
まだ距離があるのに、振り抜いた。
その直後。
「――ッ!?」
少女は先程の咆哮以上の轟音と衝撃波で吹き飛ばされ、木の幹に頭を打ち付けた。
「あ、ヤベッ」
少女が最後に見た光景は、慌てている男の表情と、その背後で頭を跡形もなく吹き飛ばされて絶命しているゴブリンジェネラルの姿だった。
「……よぅ、体は問題ねぇか?」
次に少女が見たのは、ばつが悪そうに頭を掻きながら、心配して声を掛けてくる男の姿だった。
何があったのか思い出そうとし、頭に鈍い痛みを感じる。
その痛みで、吹き飛ばされて頭を打ち付け、気を失ったことを思い出す。
「……ええ。まだ頭に痛みはありますが、問題ございませんわ」
「そか。悪かったな」
「いえ、助けていただいたのですから、その謝罪は不要ですわ」
少女は改めて男を観察してみた。すると、それ程間を置かずに気が付いたことがあった。
「……貴方、昨晩お店で騒いでいた殿方ではありませんか?確かお名前は、ファルカス様」
すると、男は驚いた様に少女をまじまじと見た。
「アンタ、昨日の夜酒場にいたのか?あそこはアンタみたいなべっぴんさんが行くような墓所じゃぁねぇと思うんだがよ」
「べ、べべべっぴんって……っ。褒めても何も出ませんわよ!?」
「何照れてんだ。アンタの容姿だったらそれくらい言われ慣れてんだろ」
顔を仄かに赤くして照れている少女に、男――ファルカスは、呆れたように半目で告げた。
「そんで、オレは確かにファルカスだが、アンタは一体誰だ?」
自分の名前は知っているようなので、それを認めただけの自己紹介を済ませると、今度はファルカスが少女に問いかけた。
少女は未だに赤くなっている頬を冷ますように仰いでいたのを止め、ファルカスに向き直った。
「んんっ、そうですわね。助けていただいたのに、自己紹介がまだでしたわ。わたくしは、Dランク冒険者のクリスティナと申しますわ。改めまして、先程は助けていただき、ありがとうございました」
「いや、気にすんな。オレも依頼を受けてこの森に来たんだ。助けたは単なる偶然だ」
「もしかして、貴方様も冒険者でいらっしゃいますの?」
「ああ。一応、Aランク」
そう言って、ファルカスは懐から一枚のカードを取り出した。
その色を見て、少女――クリスティナは目を見開いて固まってしまった。
冒険者ギルドに所属する冒険者にはランクがある。登録時は最低ランクのEから始まり、D、C、B、Aと上がっていき、最高ランクはSである。冒険者になると『冒険者カード』と呼ばれる会員証が与えられるのだが、カードの色はランクによって違う。Eが白、Dが緑、Cが黄色、Bが青、Aが赤、Sが黒となっている。
ファルカスの手にあるのは、赤いカード。それは、紛れもなくAランクの、超一流の冒険者の証である。
ランクは六つあるが、その真ん中であるBとCの間が冒険者の平均かというと、そう言うことではない。大抵の冒険者はCかDで終わる。その先のBランクに進めるのは、一流と呼ばれる一握りの冒険者だけ。その上の、超一流になれるのは、毎年一人いれば良い方だ。
Sランクは、そもそもいるのかどうかも怪しまれている。伝説や怪物と呼ばれる冒険者が、漸くそのランクに足を掛けるかどうか。それがSランクだ。
そういったこともあり、ファルカスのAランクは実質的に冒険者の最高ランクなのだ。クリスティナが驚くのも無理はない。
そうして固まっていたクリスティナに、ファルカスが声を掛けた。
「なぁ、クリスティナの嬢ちゃん。オレもこの森の魔物の討伐の依頼を受けてるんだ。どうせなら一緒に行動しねぇか?」
その誘いに、固まっていたクリスティナが反応した。
超一流の冒険者が誘いを掛けてきている。これは滅多にないチャンスである。
この機会を逃せば、次があるかどうか……。
熟考した後、クリスティナが出した答えは。
「……よろしくお願いしますわ」
Aランクだが胡散臭く、酒癖が悪そうで酒臭そうな男とパーティーを組むというとても大きなデメリットと、先程見た超一流と呼ぶに相応しい力をもう少し近くで見ることの出来るメリットを天秤に掛け、明らかにデメリットに傾いていたところを無理矢理理性でメリット側に傾けさせた。
表情には出ていないが、あまりにもポーカーフェイスだと分かる表情から、ファルカスはそう推察した。
だが、気が付いてもそれを口に出すことも不快さを表情に出すこともなく。
「よっし!んじゃまぁ、とっとと行きますか!」
クリスティナに出発を促した。
森の奥へと足を踏み入れていくとき。
「……クリスティナ、か」
呟かれた言葉は後ろからついてくる少女に聞こえることなく、風に流されて消えていった。
「今回の調査任務だが、ゴブリンの大量発生の原因を突き止めることが目的になる」
森の中を歩きながら、ファルカスはそう切り出した。
「クリスティナ嬢ちゃんがやってたゴブリン討伐の依頼ランクはD、それに対してオレが今受けているのはBランクの依頼だ」
「び、Bですの!?そんな、で、でしたらわたくしが同行するわけには……っ」
「構わねぇさ。上位ランクの者が同行を許可すれば問題ねぇ。……ホントは書類やら何やらいろいろと書かなきゃなんねぇけど、まぁそいつは帰ってからでも大丈夫だろ」
規律を破ったことをなんてことはないかのようにケラケラと笑うファルカス。
それに対して、クリスティナの顔は真っ青になっていた。
「そ、そんな……わ、わたくしが、規律破りなんて……」
「あー、その、なんだ。安心しな。さっき、【念話】であの村のギルドの支部長には話を通しておいたからよ」
ま、ここでオレが嘘をついてたら世話ねぇんだが、とファルカスは再びケラケラと笑った。
【念話】とは、純魔法と呼ばれる魔法区分に属する魔法で、遠距離の人間と声を発さずに会話が出来るという魔法だ。その魔法を使って、ファルカスは支部長に許可を得ていた。
これでファルカスが冗談で言ってたように嘘だった場合、騙されたクリスティナがどうなるかは分からないが……クリスティナは疑うことなくファルカスの後を歩いていた。
「さて、依頼内容の補足をするとだな。数日前に隣村のヤツがでっけぇゴブリンを見かけたってギルドに報告してんだ。今回の依頼はその真偽の確認がメインだな。もし仮に、その報告が事実であれば――」
一瞬で、先程までの飄々とした雰囲気が消え去る。代わりに鋭利な刃物を思わせるような表情を浮かべ、ファルカスは森の奥を睨み付けていた。
その差による空気の重さを感じ、クリスティナは息をするのを忘れていた。
ファルカスが告げた名は。
「――恐らく、ゴブリンキングがいる」
ゴブリン種最強の名前だった。
その名を聞いて、クリスティナは息をすることだけでなく足を動かすことも忘れてしまった。
ゴブリンキング。魔物の中で最弱と言われているゴブリンの名を冠しているものの、その強さは異次元と言われている魔物。冒険者の討伐推奨ランクは推定A。推定なのは目撃証言や戦闘記録が殆どないからだ。単に遭遇しないだけとも言えるが、遭遇した場合、結構な確率で殺されているからだと、冒険者ギルドの講習でクリスティナは習った。
そんな強敵が、明らかに自分の実力以上の魔物の名前が出てきて、クリスティナは萎縮してしまった。
しかし。
「安心しな。嬢ちゃんはオレの後ろで隠れていてくれればいいからよ。オレがぱぱっと片付けちまうからさ」
ファルカスが優しい声音で語りかける。その声にどんな魔力が宿っていたのか、クリスティナの強張った体が解れていく。止まってしまっていた息を大きく吸い、頭をクリアに。そうしてやっと状況が飲み込めた。
ゴブリンキングの討伐推奨ランクはAだ。そして、目の前にいる冒険者もAランク冒険者だ。
互角、かどうかは分からないが、少なくとも瞬殺はされないのではないか。
不安は残るが、それでも先程までの緊張はなくなっていた。
「……本当に、わたくしがついて行って大丈夫ですの?」
暗に「わたくしを守れるのか」とファルカスに聞く。
それに対して。
「あったりまえよ!このファルカス様に任せておきな!」
道化のように大仰に身振り手振りを加え、三度ケラケラと笑った。
「――いた。あれがゴブリンキングだ」
クリスティナの緊張が解れてから歩くこと二時間ほど。既に太陽は上昇を止めている。昼食を挟みながら(なおファルカスは二日酔いで水分しか取っていない。クリスティナのジト目が炸裂した)森の中を歩き続け、奥深くに入り込んだ頃。ファルカスの想定通り、通常のゴブリンよりも一回りも二回りも大きい体を持つゴブリンが視界に入った。それを見た瞬間、ファルカスはゴブリンキングであると断定した。
「……どうして断定できますの?」
「先代のキングを倒したことがあるから」
クリスティナの質問への答えはあっけらかんとしていた。
その素っ気ない回答に、クリスティナは一瞬意味が分からず、呆けた表情を晒したが、次第に意味が分かってくると顔が面白いことになっていた。
「えええええええええ!?!?」
「おーい。お姫様がするような表情じゃねぇぞー。あと声抑えようなー」
「そ、そそそんなこと仰ってましたっけ!?!?」
「あれ?言ってなかったっけ?それと声を抑えような」
「仰ってませんわ!初耳ですわ!なんでそんな重要なことを――っ!」
「声抑えようなー。もう気付かれたから意味ないけど」
「驚きすぎて声を抑えるなんて――……いま、なんて仰いました?」
驚き故にパニック状態になり聞きたいことを箇条書きにしたようにつらつらと大声で述べていたクリスティナだったが、耳に入った言葉が引っかかった。
クリスティナが顔を向けているのはファルカスの方。ファルカスの前方は自分の後方。ファルカスの視線は、自分を通り超している。
油を差し忘れたようなぎこちなさで、クリスティナは後方を向いた。
そして、目が合った。
「キャァアアアーーーーーー!?!?!?」
「静かにしようなー」
「キサマラ、ニンゲンカ!ワガオウノマエニタツナドブレイセンバン!イマスグソノアタマトドウヲキリワケテカラヒザマヅケ!」
「随分としゃべるゴブリンナイトさんだなぁ、おい。頭と胴を分けたら跪かずにぶっ倒れると思うんだけど、そこんとこどう思う?あと、そんなに大声出さなくても聞こえるからもう少し声を抑えような。ついでにツッコミ過多になりかけているから、もう少しボケのペース緩めてくれねぇか?」
「誰がボケですって!?」「ダレガボケダト!?」
「どうどう落ち着け落ち着け。嬢ちゃん釣り目直そうな。キャラ崩壊してんぞ。あとナイトさんは――ってもうツッコミは疲れたわ」
戦闘前だというのに一気にげんなりとした表情になったファルカス。クリスティナと玉座に座っているゴブリンキングの横に控えていたゴブリンナイトはファルカスというツッコミがいなくなってもなお気持ちが収まらないのか、ギャーギャーと騒いでいる。
そんな一人と一匹を呆れた目で見てから、視線を別に向ける。
その先には、顔を青ざめさせたゴブリンキングが、玉座に腰を据えていた。
「な、何故、貴方様が、ここに――」
ゴブリンナイトと打って変わって流暢な人語を話すゴブリンキングの口からこぼれ落ちてきたのは、そんな言葉だった。この段になって、漸くクリスティナとゴブリンナイトは落ち着きを取り戻し、様子のおかしいゴブリンキングへと視線を向けた。先程まで騒いでいたナイトの他に、玉座の周りには数十もの数の配下がいたが、それらも一匹残らずゴブリンキングへと視線を向けていた。本来であれば怪訝な表情が向けられた時点で殺されてもおかしくないのだが、今のゴブリンキングにとってそんなことは些細なことだ。
何故なら、今、ゴブリンキングの目の前にいるのは。
「――ここに、いらっしゃるのですっ!?魔王、ファルカス様!?」
ゴブリンキングの叫びに、ゴブリンたちは魔王という言葉には反応していたが、「ファルカス?誰それ?」という顔をしていた。
だが、その名前を知っていたクリスティナはそうもいかなかった。
ゴブリンキングへと向けていた視線を勢いよくファルカスへと向ける。そこにあったのは。
「いや、お前の討伐依頼されたから。仕事で」
そんなことはどうでも良いと言わんばかりのファルカスだった。
その様子に呆然としていると、それに気が付いたファルカスが今度こそ「やっちまった」と呟いて焦った表情をしていた。
「あー、その、……言って、なかったっけ?」
「……言ってませんわ」
「そ、そう。その……、黙ってて、ごめーんねっ。テヘペロ」
大の大人の、しかも男の“テヘペロ”。需要なんてありはしない。
クリスティナのジト目がファルカスに刺さった。
「……本当にファルカス、貴方魔王ですの?」
「元だよ、元。ってかオレの呼び方がなんか雑になっている気が……」
「そんなことよりも、魔王と言えば滅んだはずですわ。わたくしが生まれる以前、わたくしたち人間、エルフ、ドワーフと争っていた、エルフとドワーフ以外の亜人の連合軍に所属していた存在。大魔王と呼ばれる存在が率いていたので“大魔王軍”と人間の間では呼ばれていたそうですが、その大魔王直属の部下が魔王と呼ばれていたはずですわ。ですが十五年前、丁度わたくしが生まれたばかりの頃、突如として大魔王と魔王は全員殺害、それが大魔王軍の終わりでしたわ。まだ我が国を含めた各国の勇者は育成中でしたので、勇者以外の何者かが倒した事になりますが、未だその存在は不明。……その時に滅んだはずの魔王が、ファルカス、貴方ですの?……貴方は、何者ですの?」
「そんなことよりって……ちょーっと冷たくねぇか?ま、まぁそれはともかく、長い説明ご苦労さん。んで、そだよ。オレ、元だけど魔王」
随分と気の抜けた返事をするファルカス。何故、魔王が生きているのか。何故、元魔王が冒険者という人類側の存在になっているのか。何故、自称元魔王が場末の酒場で飲んだくれになっていたのか。
クリスティナの頭の中では疑問が尽きなかったが、その疑問を口にする前に事態が動いた。
痺れを切らしたゴブリンナイトが部下のゴブリンを嗾けたのだ。
「ヤレッ!」
「待――」
ゴブリンキングの静止も聞かずに。
その結果。
「今、大事なお話の最中だからさ。ちょっと黙っててくんね?」
ファルカスの腕の一振りで血煙と化した。
(な、何も、見えなかった、ですわ……っ!?)
クリスティナが気がついたときには、腕は振るわれた後。彼女が捉えられなかったたった一回の攻撃だけで、立っているのはファルカス、クリスティナ、ゴブリンキングの二人と一匹のみとなった。射程範囲内に半身ほど踏み込んでしまっていたナイトくんは体の後ろ半分しか残っていなかった。哀れ。
「――さて、邪魔者は消えた。じゃ、話の続きどうぞ?」
「……え、あ、その、えっと」
いきなり一瞬で敵が全滅したことに、今まで数多のゴブリンを屠ってきているクリスティナであっても動揺し、言葉が口から出てこなかった。
そのクリスティナに代わり言葉を発したのは、ゴブリンキングだった。
「……ファルカス様。質問をよろしいですか」
「おう、ラング。冥土の土産に何でも答えてやるぜ」
ラングと呼ばれたゴブリンキングは、では、と言って質問を投げかけた。
「――何故、十五年前、我々大魔王軍を裏切り、大魔王様、そして他の魔王様を皆殺しにされたのですか?」
それは、クリスティナが知りたかった核心。新たに出てきた情報もあったが、それでも、疑問の答えがこの質問の回答にある。そう思ったクリスティナは耳を傾けた。
しかし、クリスティナの耳にまず聞こえてきたのは、質問の回答ではなくて、ファルカスの歯ぎしりの音だった。
「――え?」
思わず声が出てしまう。何が琴線に触れたのか、何が逆鱗に触れたのか。ファルカスの歯ぎしりの通りの声音で、怒りを込めて言葉を発した。
「何で裏切ったかって?俺は、俺はなぁ……てめぇら大魔王軍のせいで、大切な人を奪われたんだ。だから、裏切った。皆殺しにした。……おい、クリスティナの嬢ちゃん」
「ひ、ひゃいっ!?ですわっ!?」
「さっき、俺が何者かって聞いたよな?答えてやるよ。俺は――」
「――――大魔王殺しの魔王だ」
クリスティナが息を呑む。それは、自分が、誰もが今まで知らなかった歴史の真実。
大魔王軍を倒したのが人間ではなく、味方の筈の魔王だった。
そんな、人間にとっても大魔王軍にとっても公にすることが出来ない事実だった。
「……質問は以上か?」
怒りをにじませたまま、ラングに問いかける。ラングは目を閉じて何かを考えていたようだが、十秒も経たずに。
「……はい」
「なら、オレの酒代のために死ね」
返事と同時に、ファルカスの服の右の袖から銀色の液体が染み出てきた。その液体は腕を伝い、拳を覆っていく。一秒と掛からず拳を覆ったそれは瞬く間に硬質な金属特有の輝きを宿し、籠手と化した。
ファルカスは静かに腕を腰だめに引き、一息に突き出した。
そして、ゴブリンキングは――
――一瞬で、命を刈り取られた。
ゴブリンジェネラルと同じように、首から上を消失させて、その命を一瞬で散らした。
周囲に漂っていた緊迫した空気が溶けていく。それと同時に、クリスティナは大きく息を吸った。
「ゲホッゲホッ」
が、数十の命が散らされた直後の上、先程まで血煙が漂っていたのだ。そんな空気を吸い込んで、クリスティナは噎せてしまった。
「おーい、大丈夫か?」
そんなクリスティナに、怒りも、圧も感じさせない、初めにあったときと同じような軽いノリのファルカスが声を掛けた。
「え、ええ。大丈夫ですわ」
「そか。それはよかった。嬢ちゃんに何かあったらシスティナに顔向けできねぇからな」
「そうで――え?な、なんで、ファルカスがお母様の名前を……?」
何故か急に出てきたクリスティナの母親の名前。
彼女を知っている、ということは、実は、クリスティナについても知っていた、と言うことで……。
「システィナ・シンギュラー・ラグルス。隣国のラグルス聖王国第四王妃にして聖弓の前任者。十年前、不慮の事故にて……この世を去る。嬢ちゃんはその娘で、ラグルス聖王国第六王女、クリスティナ・シンギュラー・ラグルス。得物が弓の所を見ると、聖弓を引き継ぐための修行中ってところだろ?」
クリスティナが誰にも、それこそラグルス聖王国の王宮内でも極少数にしか伝えていないことを、ファルカスはあっさりと暴いた。
聖弓とは、ラグルス聖王国――現在二人がいる森がある国の隣国である――が所有している、意思を持つ聖なる武器の一つである。聖なる武器は担い手を選ぶと、その持ち主の元に転移で現れる。担い手は基本的には少女であり、聖王国は担い手となった少女の血を王家に入れるために、割と強引に娶るという風習がある。基本的に王家は金持ちな上に美男美女揃いなので、殆どの少女が「玉の輿♪」と喜んで後宮に入っているが。
今重要なのは、そこではない。何故、ファルカスがクリスティナの事情を知っているのか、ということだ。
「……い、いつ、お気づきに……?」
「王族が動揺すんな。気が付いたのは嬢ちゃんの名前を聞いたとき。その時にシスティナが抱いていた幼子と嬢ちゃんが一致した。システィナの若い頃と似てたし」
「お、お母様とお知り合いなんですの!?お母様とは、ど、どのようなご関係で……?」
興奮した様子で、ファルカスが元魔王ということを忘れたかのように詰め寄るクリスティナ。
自分が幼い頃に亡くなった母親の事を知る人物。その関係が気にならない訳がない。
それに対して、ファルカスが浮かべた表情は――苦々しいものだった。
「……初恋相手」
「……………………はい?」
「だーかーら!オレの初恋相手がシスティナだったの!まだあの娘が町娘だった頃!聖弓に選ばれる前の頃!オレが潜伏していた町で出会って交流している内に好きになって、そんな折に大魔王軍から呼び出し受けたから、帰ったら、オレ、システィナに告白するんだ!って大魔王軍に顔出したら!到着と同時にオレが潜伏していた町を襲撃して急に現れた聖弓の使い手に撃退されたって聞いて、急いで戻ったらラグルスの現国王のあのクソ野郎が聖弓に選ばれたシスティナのこと娶るって宣言しやがって、野郎顔だけはいいからシスティナもまんざらではなさそうな顔をしやがって!頭に来てラグルス滅ぼそうと思ったけど、好いた女の幸せを願うのが男だって誰かが言ってたし、じゃあこの怒りを誰に向ければ良いんだってなった時に、そうだ、オレの告白を邪魔しやがった大魔王軍にぶつけようって、突撃したら何か大魔王も魔王もいつの間にかいなくなってて、目の前に亡骸だけあって、ここまでやったんだし、勇者ばりに頑張ったんだし、やっぱり未練があったから結果手土産にちょっと浮気しない?ってシスティナに告白したら断られるし、じゃあ堂々とオレから奪ったシスティナを返せってクソ国王に決闘を挑みに行ったらシスティナにいい加減にしてくださいって言われちまうし、その手にはクソ野郎との、ああああ、愛の、けけけけ、結晶、の、嬢ちゃんが、抱かれていたし、もうやだこの国!出てく!ってなって今はこの国に住んでいる」
「……………………」
ふぅ、言い切ってやったぜ!あれ?何か気持ちが楽になった!とすがすがしい顔をしているファルカスに対して、聞いてないこともいろいろと勝手に教えられたクリスティナの表情は何とも言えないものだった。
かくして、大魔王殺しの元魔王とその初恋相手の人間の娘という、異色の冒険者パーティーが結成された。
彼らの明日はどっちだ!?