ユイ
「鈴木幸綱です・・・サッカーのプロを目指してて・・・」
バレてない?
というか、今朝会った時の『ユイ』だと思ってる?
マネージャーらしい女は、「おお、ガールフレンドですか? では、私はちょっと店の人と話してきます」と店内に向かう。
「あ・・・ユイです。有名なサッカー選手ですよね!?」
僕は思い切ってそう言う。
「私、アイドルを目指してるんです。今朝は、ごめんなさいね、ヘンな所を見せて」
「いえ・・・」
鈴木は顔を赤らめているようだ。
(なんだか、面白い)
僕はそう思っていた。
本当に、みんなが”美少女ユイ”だと僕を認識していて、あのモテる鈴木がこの体たらくである。
「鈴木くんも、メイクですか? この店、すんごくメイクが上手いですよお?」
「あ、そうですね。スポンサーの写真撮影で、事務所が『少しはメイクしてこい』って・・・『それもプロの仕事の内だ』と」
「わあ、高校一年でもう写真撮影の仕事だなんて! ユイも見習いたいです!」
うん、一人称は『ユイ』でいくことにしよう。
いかにも、”世間知らずのお嬢様”、という設定でいこう。
「ユイさんだったら、あっという間でしょう・・・僕はこんな可愛い子は他には一人しか・・・」
「ええっ、じゃあ鈴木さん、やっぱり彼女がいるんですね」
僕はわざと聞いてみた。
アリスはまだ会計のようで、かなり混んでいる。
「彼女・・・いや、どうなのかな・・・」
「私のフェランリス女学院でも有名ですよお? 美少女川アリスさんと付き合ってるらしいって」
「いえ・・・まだ、返事を貰ってないんです」
と鈴木は言った。
「実は、告白はしてみたんです。前からアリスさんが気になっていたので、けど・・・『少し待ってて』と保留にされて、そうしている間に
・・・」
鈴木は少し目をギラつかせた。
「・・・なんかクラスの大人しそうな奴が、いきなり豹変して、無理やりアリスさんを寝取ろうとしてくるんです・・・あり得ないくらいに強引で、アリスさんも俺も戸惑っているんですが」
ギクリと僕の心臓が鳴った。
「ま、まあ。オッホホホ・・・そ、それはとんでもない奴ねえ・・・そ、そんな奴に取られる鈴木さんじゃないでしょう?」
「それが、アリスさんも、まんざらでもないような様子で・・・結局、女性って強引な人に弱いっていいますしね・・・」
「鈴木さんは奥手そうですねえ」
「あいつ・・・あんな大人しそうなのに、中身はどうなってんだか・・・しかも、奴の強引さに、アリスさんの方もだんだんその気になっているみたいで・・・本当にぶん殴ってやろうか、と」
「と、とんでもない奴がいますねえ。オホホホホ・・・!」
僕は冷や汗を流していた。
「けど・・・あれも、昔僕がやったことへの”復讐”なのかなって思うんですよね」
鈴木は、ふと我に返ったように言った。
(え・・・? 僕が鈴木への”復讐”・・・?)
そう確かに聞こえた。
(と、いうよりも・・・やっぱりそもそもヘンだ)
(アリスさんは、明らかに鈴木を攻撃するために、”あれ”をやっている・・・)
(アリスさんは、そもそもいい子だ・・・女装癖がある僕にも優しい言葉をかけてくれる)
(そのアリスが、なんであそこまで酷いことをするのか・・)
「そいつは、一体何があったんですか・・・?」
「ユイさん・・・」
「教えてくれませんか、鈴木さん。鈴木さんとアリスさん、そしてその寝取り男の間に・・・一体・・・」
何があったのか、と。
そこに、マネージャーの男がやってきて、
「幸綱選手、さあ撮影の準備ができました。さあ、軽くメイクをしてもらましょう。アイドルのユイさん、また後で是非ウチの幸綱と撮影してください」
と言ったので、僕は慌ててそこをどいた。
「じゃあ、ユイはこれで。お仕事の邪魔ですよね! またね、幸綱さん!」
僕はそう言ってドア前をどいた。
「・・・またね、ユイさん」
幸綱はそう言い、店内のブースに入ったようだ。
そして、ちょうど入れ替わりでアリスが出てきた。
「払ったよー。さあて、どこに遊びにいこうか? ユイ?」
アリスはのほほんとしている。
「それより・・・いい加減で、教えてよアリス・・・キミの目的が一体何なのか・・・」
僕はそう言った。
「・・・そんなのより、可愛い恰好で今を楽しみましょうよ。私への寝取りプレイも、百合も女装もなんでも望みのままよ? ・・・真実なんてもの知るより、その方がずっと楽しいわ・・・」
圧倒的な美少女による誘惑。
とんでもなく魅力的な誘いだった。
美少女川アリスは、なんせ学園一に美貌・・・見事な黒髪が風に揺れている。
「私、ユイのためなら、譲司くんを守るためなら、なんでもするわ・・・この体もぜえんぶ、キミの思い通りに使ってくれていいのよ。なんなら、これからすぐに、私の家で、あの時のつ・づ・きをずうっとしてもいいの」
アリスはそう言い、顔を僕の耳元に近づけた。
「ねえ、ユイ・・・そうしましょうよ。ほんとはまだまだ、私のオッパイ吸いたいでしょ? 超美少女のユイのまんまで、百合百合しながらいーっぱい楽しいことしましょうよ」
それは、すごく楽しそうだ。
一生そのままで暮らしたいくらいに。
「駄目だよ、アリス」
僕は彼女の腕を取った。
「それじゃ・・・僕は多分幸せかもしれないけど、一生、納得できない・・・」
「ユイ・・・」
「知ってるんでしょ・・・? ”僕の十歳より前のこと”について。僕は、十歳より前の記憶が何故かほとんど無いんだ・・・家族や妹も、あえて教えないようにしてるんだよ。これじゃ、どんなに美少女になれても、一生納得できないままだ。お願い、アリス。何の目的なのか、教えて欲しいんだ・・・もし、僕を好きっていう言葉が、一万分の一でも本当なら・・・僕に教えてくれないかな?」