またしても鈴木とばったり
「ほらほら、譲司くうん、ここは本格的なメイク専門店よ? 女子になるなら、こーいう店くらい知っておかないと!」
アリスは僕の腕を引く。
『ハンディ・エンジェル』
という文字がカラフルに書かれた看板。
オシャレに興味のある女子中学生が、なかでメイクをしてもらっているようだ。
「僕、オトコなのにこんな所・・・」
「だーいじょうぶ、ここは女装や男装もしてくれるの。トランスジェンダーの子のブースもあるし」
「う・・・ん」
「というか・・・なんか聞いてもいいのかな」
「なあに?」
「譲司くんって、トランスジェンダーってことなの・・・? それとも、女装するだけ?」
トランスジェンダー、つまり見た目の性別と中身の性別が違うってことだ。
「ううん、僕も少し考えてみたことがあるんだけど・・・僕はノーマルの女装好きってだけだよ」
ただ単に、見た目が女子の方がしっくりくる。
入るのは男子トイレだし、男子を見てトキメクこともない。
ただ「女装が好き」、それだけなのだ。
「そっか! 私、友達にLGBTQの子が割といるからさ」
「どういう交友関係なのさ」
「その子とも、よくここに来るのよね~。さあ、入ろ入ろ」
入ると、やっぱり化粧や香水の匂いだ。
「いらっしゃいませ、アリスさん。わあ、カワイーお友達ですねえ!」
いかにもメイク専門店らしいスタイルのいい店員である。
「私の”彼氏”なんですよ。12譲二くん」
「ど、どうも。アリスさんの紹介できました」
「ミキさん、彼氏は『女の子になりたい』んですよ! 着飾ってもらえませんか?」
アリスは本当に自由奔放だなあ。
「まあ、こんな可愛い子を飾っていいんですか? さあ、譲司くんこちらへ・・・」
いくつかブースがあって、そこで化粧するらしい。
「さあ、どうぞ」
「わっ」
それは、本当に『女の子の部屋』そのものだった。
クマのぬいぐるみの横には、フリルのついたスカートやメイド服。
そしてドレス。
「ねー、ミキさん。ドレスアップは私にやらせてもらえない? メイクはミキさんでお願いするわ」
「ええ、もちろんです。じゃあ、ゆっくり選んでくださいね」
(ドレス・・・着た事ない)
ピンク色のフリルのついた、鮮やかなドレス。
(もし・・・こんなカワイイ服を着れたら・・・)
僕は思っていた。
どうして男子はオシャレや衣装に興味がないんだろう?
こんな可愛い衣服で着飾ったりだとか、すね毛を剃ったりだとか、そういうのに
なんで誰も興味がないんだろう?
「どうしたの、譲司くん」
ミキさんが聞いてくる。
「あ・・・どうして・・・僕は女装が好きなのかなって思って」
「うん」
「ヘンかな・・・? 僕だけ、毛の手入れをしたり、セーラー服を着たりしてるんです・・・男子から、『つるつるだな』みたいにからかわれて、いじられたり・・・僕だけなのかな?」
するとアリスは、
「キレイになりたいって思いが、間違いなはずがないでしょ」
と、そっと僕の頬を両手で包んだ。
信じられないような美貌が、僕の近くにある。
「あ・・・」
「私からすれば、毛の手入れもしない男子なんてオランウータンよ! 私が譲司くんを大好きになったのは、その優しいとこもそうだけど、肌の手入れをちゃんとやっていてスベスベな所もなんだから」
「じゃあ、見た目で・・・僕のことを・・・?」
「ルックスは十分にその人の魅力でしょ? それを磨くことはトーゼンじゃない。さあ、このドレスがお気に入り? なんでも買ってあげるよ?」
「ええ? いいって・・・まさか、こんな高そうなもの・・・!」
「いいじゃない! 彼氏へのプレゼントだよ! ね? だって、まさか譲司くんから告白してくれるだなんて、思ってもみなかったから。お祝いしよ? ね?」
「う・・・うん」
僕はピンクのフリルのついたドレスを手に取った。
「じゃあ・・・これでいい?」
僕はそう言う。
「もちろん。さあ、脱いで脱いで」
僕は制服を脱ぐ。
そして、ピンクのドレスを着込んだ。
サイズはぴったり。
物凄く肌に吸い付くみたいで、少し胸元が涼しい。
鏡に映る僕は、デビューしたてのアイドルのようにはにかんでいて・・・
(凄く・・・美人だ)
「きゃあああ! 可愛すぎるウ! こんなの即アイドルデビューよお?」
「わぶっ」
アリスが抱きついてくる。
「ねえ、ユイ? 外で私とデートしましょう」
ユイ。
そう名付けられたのが、女子になった僕だ。
「さあ、外に出て」
僕とアリスは外に出た。
「まあ、譲司くん。可愛すぎて妬けます。さあ、メイクもしましょう」
ミキは僕を椅子に座らせ、ファンデーションを塗っていく。
「かんたんなメイクも教えましょう。まず、このファンデーションで軽く頬全体を塗って・・・さらに目元を少し鉛筆でなぞるだけで目元がくっきり。さらに・・・」
「それとウィッグも思い切って金髪のウィッグはどうでしょうか?」
頭に金色のウィッグが被せられる。
僕も本格的なメイクは初めてだ。
どういう風になるんだろうか?
「さあ、御覧ください!」
「女優みたーい!」
そこには・・・もう”僕”はいなかった。
それは、ドレスアップした女優。
少しボーイッシュで整った金色の髪。
尖った鼻に、端正な目元。
どう見ても、女の子そのもの。
隣にいるアリスにも引けを取らない程に、美しくて柔らかで華やかだ。
「きゃあああ! 私より全然カワイイっ! こんなの学園一じゃなく、世界一の美少女じゃない! もーっ、ニ十分くらいメイクして金髪にしただけで、ハリウッドスターになるってどーいうことオ? ズルイよ、ユイ!」
アリスは大はしゃぎである。
「ユイ・・・僕はユイ・・・」
「ねえ、ユイ・・・ユイは女子なんだから・・・『私』でしょ?」
僕はそこで、生まれて初めて口に出してみた・・・
「私・・・私はユイ・・・」
そう。まるで生まれた時から、ユイだったかのような。
それくらい、鏡に映った美少女は『ユイ』にぴったりだった。
「こんなのナンパされまくりで、街歩けないよ。ねえ、見て・・・ほら、店の他の子を」
僕は気づいた。
この高級ファッションメイク店の他の子も、みんなかなりの美人で、アイドル雑誌で見かけたような子もいる。
その全員が、僕を羨望の目で見ている・・・?
「みいんな、ユイを見てる・・・どう?」
「まさか、これはアリスを見てるんじゃ?」
「今は、みんなユイよ・・・! この店は、アイドル、モデル御用達・・・そこの人が、みいんなユイを認めて、憧れの目でユイを見つめている・・・」
「ま、まさか・・・」
ズグン、と今まで感じたことのない高揚。
「どう? これが『美少女の光景』よ・・・? 美少女は、ずっとずうっと、『この視線』を感じながら生きるの!」
・・・・それは、どんな人生なんだろう?
感じてみたい。
試してみたい・・・
「さあ、ではお会計でいいですか?」
ミキがそう言う。
そして、レシートがアリスに渡された。
「では、お会計。ツインピンクドレスがお一つで九万五千円」
「ええ?!」
僕は絶叫していた。
「さらにメイク代が一万二千円、そして金髪のウィッグが三万円で合計十三万七千円となります」
「まさか!? てっきり二万円くらいかと・・・」
アリスは
「もうっ、ユイったら。ここはタレント御用達なのよ~?」
アリスはブラックカードを手渡す。
「アリス! こんな高いの、払えないよ」
「もちろん、私のオゴリよー」
「駄目だよっ、こんな高いもの!」
「ええ? そこまで高くなかったじゃん。私、一回で二十万円超えることもザラだし」
「アリス・・・!」
しかし、ミキは
「譲司くん、いえユイちゃん・・・アリスちゃんは、物凄い名家の生まれなんですよ。これくらいはしょっちゅうですから。さ、お会計は向こうです、少々混んでいますので、少し待ってくださいね」
「美少女に生まれ変わるんだから、これくらいトーゼンよお。さ、私は会計するから、ユイは外で待ってて」
アリスは本当に王妃様だ。
いくら着飾ってもアリスのマイペースには勝てない。
僕も少し外に出たくなったし、ドアを開けた。
風がウィッグにかかる。
「わー、キレイ! アイドルかしら?」
「すげえっ、美人すぎる!」
「新人アイドルか女優かよ? 早めにフォローしといたら、故山ファンになれそうだな・・・」
(みんな、僕をこんなに褒めて・・・)
ズクンズクンと、生まれて感じたことのない興奮と高揚がある。
それは、羨望の視線。
アリスは毎日、
けれど、僕は生まれて初めての視線。
(気持ち・・・イイ)
それが正直な思い。
アリスや鈴木は、毎日『この景色』で生きているのか・・・?
「だーから、男が化粧してなんになるんだよ! 俺はサッカー選手だぜ?」
はっと、気が付く。
「まあまあ、幸綱選手。写真に写ったりも、プロの仕事でしょう? ここでさらにイケメンにしてもらいましょうよ」
いかにも”できる女”風のマネージャーの付き添いの横に。
鈴木幸綱!?
写真撮影のためのメイクに!?
「ふん、男がメイクなんてさあ・・・」
幸綱は僕に気が付く。
(無理だ・・・! やっぱり、気がつかれたら・・・)
(やっぱり男のメイクや女装なんて、ヘンに思われるんだ!)
「あれ? ああ・・・あっ、今朝のフェランリスの子!? す、すいません! アイドルの方だったんですね?」
「え・・・?」
バレてない!?
「ぼ、僕は鈴木幸綱っていいます! 今朝は撮影かなんかだったんですね!? すいませんでした・・・!」