第四ヘンタイ
僕はドギマギしながら、教室へと向かった。
1-Bの教室。
男子制服に着替えたけれど、微妙にメイクが残っているからおかしな感じがする。
「あ、おはよー、ジョー君」
と赤いおさげ髪の少女が言う。
少しばかりそばかすが残っているけど、人気が高い女子だ。
「ネジちゃん・・・」
郡山根須子は、中学時代からの友達だ。
「ねえ、ジョーくん。夕べって・・・どうかしたの?」
「ええっ? どうかって・・・?」
「いつも大体おんなじ方向に帰るのに、いなかったじゃん」
「ええっと・・・」
ネジは少し眉をひそめて、
「まさか・・・また、厄介な人に巻き込まれてない・・・? 大丈夫?」
ギクリと鼓動が鳴る。
「いや! 全然、大丈夫・・・!」
「そう? あれ? ちょっとメイクしてない?」
うう、女の人は本当に鋭いなあ。
「ま、まさか!」
「そお? ジョーくん、本当に羨ましいくらいに肌がつるつるだからなあ」
そこに、ネジの隣にいる女子が、
「ああっ、スーパーカップルよ!」
と言った。
そこには、学園一の美少女、美少女川アリスとサッカー部のエース、鈴木幸綱が並んで歩いていた。
誰の目にも超美少女のアリス。
筋骨たくましく爽やかな幸綱。
ズキン。
と、何故だか僕の胸は痛んだ。
(どう考えても、超お似合いだよ・・・)
「じゃあね、幸綱くん」
アリスはそう言い、ネジの隣に座った。
「一緒に座ればいいじゃん!」
「アリスちゃん、席変わったげよーか?」
しかし、アリスは
「ええ?まさか、私は鈴木くんとはなんともないわ」
と涼やかだ。
その”天使スマイル”は僕に向けられる。
(分かってるわね)
と、その唇が動く。
マジでやるの!?
「さーて、授業ですよー!」
山田サザエ先生が入ってきた。
「サン・ドラゴネッティ学園の第一授業が始まります! 打倒・フェランリス女学院!」
ネジが、
「起立、礼、着席!」
というのに、みんなで従った。
「このサン・ドラゴネッティ学園は少し変わった名前ですが、創始者であるサン・ドラゴネッティさんが、ライバルの製薬会社社長のフェランリスさんを倒すために設立されたのです・・・」
随分と私怨的な学園だと思うけれど、一応は県でも有数の名門で、なかなか入試も難しかった。
けれど、フェランリス女学院の入試問題は、もはや偏差値メーターがぶっ壊れてるんじゃないかという程で、中の女子も壮絶秀才と天才だけだ。
「しかし・・・なんと由々しきことに、今朝・・・この学園でフェランリスの女子生徒が目撃されたとか・・・ううむ、許せんことです」
(僕のことか・・・)
「目撃すれば、即報告するように、では英語です。ハロー、マイフレンド! グッバイ・ワールド! ユー、アー、フリー!!」
・・・・・・
・・・・・・・・・・・
さて、放課後だ。
「ジョーくん、今日は帰るでしょー?」
ネジがそう声をかけてくれる。
(ネジは”昔のこと”があったから、僕に気遣ってくれてるんだ)
僕はそう思う。
「うん、ちょっと居残りで勉強するよ。やっぱり、ここの授業は難しいし」
「そお? ・・・ジョーくん、誰か好きな人でもできた?」
「ええ? いや、まさか」
「私、ジョーくんこそ、もっともっと恋愛とかを楽しめばいいと思ってたの。ね?じゃ、帰るね」
僕はなんとなくアリスを見る。
アリスは鈴木の近くで佇んでいるようだ。
鈴木は
「アリスさん・・・この前の返事はどうかな?」
と言っているようだ。
スマホの着信!
僕が見ると、そこには『早く、私を略奪して!」と書かれている。
(ホントにやるのか・・・?)
着信。
『へーえ・・・譲司くん、私が鈴木なんかとイチャイチャしてていいんだ? あの告白はウソだったの・・・?』
う・・・
(それは、イヤだ・・・)
ズキンと胸が痛い。
そう、ここまでの変態要求をされているのに・・・・
僕は結局、アリスさんのことが好きなんだ・・・!
天使のような美貌で、悪魔のような人格。
その美少女川アリスのことが好きなんだ・・・
僕は思い切って立ち上がった。
ずんずんと、アリスの前に進む。
ニイ、とアリスが悪魔のように笑う。
「あ・・・譲司くん? どうしたの?」
アリスは少しおびえたような声。
台本通りだ・・・!
「なあ、アリス・・・昨夜は本当に楽しかったな?」
「あ・・・そんな!」
アリスは羞恥に顔を背ける。
鈴木の表情が曇る。
「い、今のはどういうこと・・・?」
と鈴木はアリスに問いただしている。
僕は強引にアリスの腕を掴んで、引き寄せる。
「ああっ、譲司くん!」
「うわ」
僕は思わず声をあげる。
軽く引いただけなのに、予想外にアリスが胸に飛び込んできたからだ。
(柔らかい・・・)
女子の感触。
いい匂い。
ズゴン、と足を蹴られる。
(イテっ?)
(もっと強く引っ張ってよ! ほら、続きヨ!)
鈴木は苦渋の表情でいる。
(うう・・・なんだか申し訳ない・・・こんな鬼畜ゲームみたいなことになって)
「へへ、鈴木くんよお、まさかまだアリスちゃんに手をつけてないなんて、お前の方がよほどヘンタイなんじゃねえの? あおずけプレーか、彼氏クーン。なあ、アリス。俺たちの方が、体の相性はバツグンだよな」
鈴木は、頭をガンガンと打ちつけられたような表情だ。
「アリス・・・さん? まさか・・・」
鈴木は呻いている。
「ああっ、やめてえ! 譲司くん・・・そんなにことまで言わないで! 実は夜に毎日会ってて、物凄いシンミツな仲だったなんて! 言わないでええ!」
アリスはそう言って、ニイと僕を見上げる。
(ばっ、そこまでの台詞は書いてない・・・)
(アドリブよ)
鈴木はフラフラと頭を抱えながら、
「アリスさん・・・俺への返事が保留ってのは、こういう意味だったの?」
と言う。
(ええ!? アリスと鈴木は、本当にまだ付き合ってないの!?)
アリスは、少し恥じらいながらも、
「だって、鈴木くん・・・なんだか、意気地がないし。まあ、確かに少しはその気になったけど・・・けど、なんだかこうして譲司くんに強引に来られると、悪くないなあって」
(あっ!)
僕の頭の中に閃きがあった。
アリスはまさか・・・
「けれど、鈴木くんのいじましい感じも悪くないんだけど、結局は譲司くんみたいな強引さがある方が、女としては喜ぶもんだからね」
(アリスは・・・僕と全く同じ方法で、鈴木を『キープ』しようとしてる!)
(傍目で見ていると、凄くよく分かる・・・!)
(鈴木くんは今『けど、まだ俺にも目があるかも』って思い始めている)
(けれど、アリスはまるで本気じゃない!)
(男を凋落するのは、こんなに簡単なのか・・・!)
(僕も同じようにやられているけど・・・!)
「ま、鈴木くんへの返事はしばらく保留にするねえ。ゴメンね・・・だって、譲司くんって強引すぎてさ・・・」
アリスはわざと僕にしなだれかかりながら、微笑して
(ね、譲司くん。上手くいったね?)
と言う。
僕は呆然としていた。
(鈴木のあのザマを見てよ)
彼女は唇だけで囁く。
(君は一体・・・? どうして、鈴木くんをそこまで)
(ううん、それは本題じゃないんだけどね。私が譲司くんを大好きってのは本当だよ?)
分からない・・・
もはや、彼女のことが何にも分からない。
けれど、一つ言える・・・
もう、こんなことは絶対にやめるべきだ・・・!
鈴木くんは、いい奴だ・・・絶対にこんなのは間違っている。
「ね? 楽しいね、譲司くん。さあ、手を繋いで帰りましょ。あっ、そうだ。いいメイクの専門店があるのよ、帰りに寄りましょ?」