犬のような僕
体育倉庫でおあずけを食らった僕だが・・・?
僕は呆気に取られていた。
アリスは、本気で僕を置き去りにした。
薄暗い体育倉庫で。
僕は犬みたいに出している舌を収めた。
「早く脱出しないと・・・」
僕はスマートフォンを取り出す。
こうなったら妹を呼ぶしかない・・・
この状況で妹なんて呼んだらどういう目に遭わされるか分からないけれど、
それでも、妹の花恋なら・・・
スマホのラインに通知があった。
「やっほー、譲司くん見てるー?」
僕は慌てて、
「酷いじゃないか。閉じ込めて・・・」
「”あんな行為”がバレたら、私たちの逢瀬も台無しよ?」
逢瀬って、脅迫されて、奇妙なことをやらされてるだけなのに・・・
「大事なヘンタイ君! そこで待っててね、後でちゃんと手作りのお弁当を持って向かうからね」
「お弁当なんていらないよ! ここから出して!」
「けど、それには体育倉庫のカギだとか、用務員を凋落させたりとか色々と手間がかかるわ。それまでは・・・そうねえ・・・」
アリスは少し考えているらしく、
「それまで、さっき見た時みたいに、犬みたいに舌をずっと出したままで待ってて。ね? 約束を破ったら・・・どうなるか分かるね?」
「な? なんで、そんな無駄なことを!?」
「君は登山家に『なんで山に登るの?』と聞くの? ・・・そこに譲司くんがいるからよ。さ、待っててねヘンタイ君」
それから、いくら通話をかけてもうんともすんとも言わない。
僕はともかく、舌を出した。
(あの子の場合・・・監視カメラくらいは仕掛けられてるかもしれない・・・)
一体、なんでこんなことに・・・
というか、そもそも・・・・
(僕が告白したからだ・・・)
そう、今になって思うとどうかしていたが、僕が告白したのだ。
学園一ノ美少女・・・その実態は、驚愕の変態だった・・・
「はあ・・・はあ・・・」
ずっと舌を出しているので、喉が渇いてくる。
倉庫の中は暑い・・・
喉が・・・
ラインの音が鳴る。
アリスがお手製の弁当を作っている様子がアップされて
「ジョージくうん。キミのために、野菜たっぷりの海鮮サラダよ? ちゃんと舌を犬みたいに出してるわね?」
とコメントがくる。
「はあっ、はっ・・・」
僕は「早くきて」と返信をした。
それから五時間が経った。
僕は地獄のような暑さを感じながらも、ひたすら必死で犬のように舌をだしていた。
「はあっ、はっ、はああっ! あ・・・」
これじゃ、本当に脱水症状になるんじゃ・・・?
(いや、まさかアリスさんは僕を殺そうとしている・・・?)
そんなとんでもない想像までしてしまう。
そうだ・・・きっと、寝取ろうとした僕が邪魔になって、始末するために・・・
いや、けれど「寝取れ」と脅迫したのは向こうなのに・・・
暗闇の体育倉庫の中で、自分の息遣いだけを聞き取っていた。
そこに、光が差していた。
外の電気がついたのだ。
「はい、忘れ物です。用務員さん、後は鍵を閉めて帰りますので、ありがとうございます」
アリスの声だ!
「おう、気をつけてな」
用務員の声がした。
がちゃん、と音がした。
ドアが開いた。
「譲司くん! 無事!? お水を持ってきたわ・・・!」
「ああ・・・美少女川さん・・・!」
僕の口にペットボトルの水が流し込まれる。
「あああ、譲司くん! 私の言いつけ通り、ずっと舌を出していたの!? そんなじゃ脱水で死んでしまうわ! おお、かわいそうに!」
ガブリガブリと水を飲み干す。
「き、君の命令だろー?」
「まあ、『アリスの命令なら、全て聞きます』って? すでにそこまでに堕ちてくれたのね!?」
ぱあっと顔を輝かせる彼女。
一体、何を考えているんだ・・・?
「ゲホっ、そんなことは言ってない・・・!」
アリスはさらにお手製の弁当箱を取り出した。
「はい、一緒に晩御飯にしましょうか?」
箸で丁寧に卵焼きを取り出し、
「ハイ、あーん」
「そ、そんなのよりここから出ようよ! もう十二時なんだよ!?」
薄暗い体育倉庫の中だ。
「ええー? 折角、『体育倉庫で二人っきり』っていう最高のシチュなのよ? ラノベやアニメで一番最高でベタじゃない」
「いくらなんでも、強制的すぎるよ!」
アリスは唇を耳元にゆっくり近づけてきて、
「けど、あの時の続きをして・・・あ・げ・る」
「え?」
「あの続きよ・・・分かるでしょオ?」
あのオッパイ二つが脳裏に蘇る。
というか、一時は本当に押し倒してヤる寸前までいったんだ・・・
まさか、今日で童貞卒業・・・?
「はい、アーン」
「・・・ハムっ」
僕は卵焼きを口に含んだ。
旨い。醤油がほんのりと辛い。
「美味しい?」
「美味しいよ、美少女川さん」
「もうっ、その呼び方ー! 私たち、付き合ってるんでしょお?」
付き合ってるって言えるのかな・・・?
「アリスって呼んで、私はその方がいい」
僕は意を決して、
「アリス・・・美味しい」
「わわっ、やっと譲司くんが名前で呼んでくれたあ! うれしー!」
僕の腕に抱きついてきて、片手でタコウインナーを食べさせてくれる。
「お腹いっぱいになった・・・?」
アリスの声に僕は頷く。
「じゃあ・・・続き・・・する・・・? おっぱい、欲しい?」
僕は頷く。
「じゃあじゃあ、折角だから譲司くんのだーいすきな恰好でしてみない?」
「え?」
「百合プレイで楽しむってのはどう? 私、カーワイイ制服持ってきたんだあ」
どくん!
どくん、ずきん!
どくん!
僕の鼓動が、今まで感じたことも無い程に高まった。
「ああっ、そのカオー! これだけのヘンタイプレーしてるのに! 女装の方が大好きなのー!? もうっ、ヘンタイすぎるよお!」
「あ・・・いや・・・」
「ね? ほら、隣のフェランリス女子高のフリフリメイドさんみたいな制服。着ようよ、譲司くん・・・いえ、譲司ちゃん」
ずきん!
どくん!
彼女が鞄から出したのは、永遠の憧れ。
フェランリス女子高の純黒の制服だった・・・!
「どうして、これを・・・?」
「友達から貰ったのよー! さあさあ着ましょう!」
僕は一気に服を脱いだ。
(早く・・・早く着たい・・・!)
そして、一気にその純黒の制服を着た。
何年も着込んでいるようにぴったりだ。
フェランリス女子高の象徴である、黒い逆十字の刺繍が胸にしっかりと。
そして、腰元はすうっと落ち着くようにしっかりと肌に吸い付く。
「お化粧もしようね」
「け、化粧・・・?」
「メイクなしで女装なんてあり得ないでしょ! やり方、教えたげるから」
アリスは僕に簡単なメイクをした。
「さあさあ、見てみて。はい」
アリスは大きな手鏡を出す。
「これが・・・ぼく・・・?」
そこに映ったのは、紛れもない女子高生だった。
少し尖った鼻先で、髪は女子にしてはショートカットでボーイッシュ。
「きゃああ! 美少女すぎるウ! 私より可愛いんじゃないのオ!? きゃあああ!私の譲司くんが・・・ああ、フェランリス女子高の衣服に包まれて、背後から光が・・・ああ、ああああ!」
アリスは興奮して、インスタに撮りまくっている。
「と、撮らないでよ・・・」
「一分メイクでコレってあり得ない! 私、メイクに三十分かけてるのよ!? きゃあああ!」
「大げさな・・・」
と言いながらも、僕も”生まれ変わった僕”に驚いていた。
「ちょっとのメイクでこんなに変るの・・・?」
「んもう、譲司くん。女子になりたいんなら、メイクくらい覚えないと! 女子が毎日、どれだけ体や髪のケアをしてると思うのお?」
「ぼ、僕もムダ毛の処理はしてるけど・・・」
「んなの当然じゃない! 私らからしたらスネ毛生えたままで許される男子の社会なんて、オランウータンよ!」
アリスはそう言う。
「ところで、譲司くんはどうして女装に興味を・・・?」
端正なアリスの横顔があった。
今は僕も同じ”女子”だ。
けれど、やっぱりアリスのは”生まれつきの女子”という感じで、目元だとか自然な表情の作り方だとかが、本当に”女は女優”という感じだ。
「うーん、憧れの人がいた・・・ってことかな」
「え・・・?」
ぴくん、とアリスの頬が強張る。
「フェランリス女子高の人・・・ちょうど、そこの制服だったからビックリしちゃった」
「・・・・ふうん」
「僕もあんな風になりたいって思っている内に・・・いつの間にか・・・女装して、バカみたいだよね。僕なんか、あんな強い人に成れるワケないのに」
と言った。
僕は、ほんの少しだけ
「そんなことないよ!」
だとか、
「譲司くんも強くなれる!」
とかの台詞を期待していた。
けれど
「ほんとにバッカじゃない?」
と氷の声があった。
「え?」
「・・・付き合ってる私の前で、よくもまあ抜け抜けと”憧れの人”なんて口にできたわね! 折角、お弁当まで作ってきたのに・・・!」
肩をフルフルと震わせ、怒りの形相だ。
「え? いや、憧れってのはそういう意味じゃ・・・」
「もういい! そこで女装したまんまでいなさい! 『私を寝取ろうとしながら、さらに他の人まで寝取る』なんて・・・そこまでのプレイは認めないわ! ヘンタイにも程がある! このジョージ君のドヘンタイ!」
「このプレイはそもそも君が・・・」
「もういい! そこで反省してなさい!」
「ああっ、アリスさん!」
アリスは立ち上がり、素早く僕の男子用の制服を奪って鞄に詰め込んだ。
「そんなにその人が好きなら、ずっとそうしてれば!?」
そして、アリスは体育倉庫から出て行った。
「こんな格好で外を歩けないよ! アリス! アリス!!」
僕の叫びが、夜の体育倉庫に木魂していた。
またしても置き去りに!
いつになれば倉庫から出れるの?