001_終わりの始まり
自室のテラスから、海を見ながら考える。
もう、隠し通せない。
もう、話さないといけない。
もう、そんな時期まで来ている。
セリカは、〝ブルー〟を見つめながら、考える。
トシオが来た時、話された事。
自分の事。
そして、あの子の事。
それは、残酷な事実。
どうだろうか。
自身はどうであっただろうか。
ここに居たおかげで、そうでもなかった。
むしろ、毎日が楽しい。
自身のそれを、忘れる事が出来ていた。
きっと、あの子もそうであろう。
この会社のおかげなのだ。
だから、こうして毎日をほぼ普通に生活出来ている。
この会社は、この事は、秘匿してくれている。
何処にも分からぬよう。
何処にも気付かれぬよう。
慎重に、そして、厳重に。
しかし、本人には、もう、伝えないといけない。
いや、もしかすると、既に、気付き始めているかもしれない。
セリカは、深いため息をついて、決意した。
もう、話そう。
アカリの、真実を。
そう思ったところで、感じ取った。
(ああ、今日は、出るかもしれないのね。〝ひずみ〟が――)
長年の経験から、〝ブルー〟の〝ひずみ〟の予兆であると、感じていた。
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アカリと、メイは、朝食を準備していた。
今週の当番は、本当は違う人なのだが、最近では、めっきりこの二人で食事当番をすることが、多くなっていた。
それは、単純に、二人ともが料理が好きで、そして、上手であったからである。
アカリは、この〝カエルレウムカンパニー アスール支社〟に来て、既に三ヶ月を過ぎようとしていた。
ここの生活にもずいぶんと慣れ、そして、毎日を楽しく過していた。
もう、仕事もかなり慣れてきていたのだった。
そして、ここのメンバーの事も、ほぼ全員から、聞く事が出来ていた。
だが、〝ひずみ〟に関しては、これまでにたった三回。
それだけしか、遭遇していなかった。
それも極小さな〝ひずみ〟。
そして、巡回艇の練習は何度もしていたが、実際に巡回業務を行う事は無かった。
「ねぇ、メイちゃん。この前来た、新しい巡回艇って、どんな感じだった?」
「うーん、すごく操作とか、しやすくなってたよ。でも、ちょっと速すぎるかも……」
少し前に、巡回艇が増産され、ここの巡回艇も、古いものを含めて10台にまで膨れ上がっていた。
「そうなんだ。うーん、ちょっと、怖いかも……」
「でも、通常時は、乗ってるだけだから。きっとアカリちゃんなら、大丈夫だよ」
アカリは、メイが失った物も、既に聞いていた。
それを聞いた時は、かなり衝撃を受けたアカリであったが、それでも、今でも仲が良いのは変わらなかった。
「そうかなぁ。でも、あれだけ増えちゃうと、プランさんやリーゼさん、大変だね」
「そうでも無かったみたい。リーゼさん、すごく嬉しそうだったし。プランさんも、機械弄りは大好きだし」
メイは、調理をしつつ、微笑みながら言う。
「そっかー。でも、すごいよね。プランさんも、リーゼさんも、新しく来たばっかりの巡回艇を、もう改造までしちゃってるんだよね」
「うん、ミランダさんが乗れる巡回艇も増えたらしいよ」
二人は、料理をしながら、話をしていた。
最近、料理当番を共にする二人には、阿吽の呼吸のような物が備わっていた。
何を言わずとも、どちらが何をやるか、何を作るか、等、お互いに分かるようになっていた。
それは、仕事においても、その効果が発揮されていた。
そんな二人に対して、ミランダも、チュンも、そして、セリカやアンカにも、本当によく成長したと、お褒めの言葉を貰っていたくらいである。
だが、それは事務作業においての事。
巡回作業には、アカリはまだ出れない。
それは、あの予兆が来ていないからであった。
予兆が来なければ、〝ひずみ〟を感知出来ない。
しかし、その予兆が来てしまうと、何かを、失う。
だが、アカリは少し、気がつき始めていた。
もう、自分には、予兆は来ていたのかもしれない、と。
三度、〝ひずみ〟が起きていた。
極めて、小さな〝ひずみ〟であった。
そして、アカリは、それを感じ取っていた。
だから、もしかすると、自分は既に、それは過ぎてしまい、知らぬ間に、何かを失っている、と考えていた。
だが、それが何かが全く分からない。
月一の、定期健診でも、何も出てこない。
何も、知らされない。
その為、アカリは今、自分が一体どちらなのか、分からなかった。
それでも、毎日は過ぎていく。
しかし、それは、楽しい毎日であった。
今日も、そんな日常を過す二人であったが、朝の調理をしていた二人のもとに、珍しく一番に、セリカがやってきた。
「「おはようございまーす」」
「……おはよう」
少し、セリカの顔色が良くない事に、すぐに気がついた二人。
そして、先に気がついたメイが言う。
「……あ、セリカさん、もしかして……」
「……ええ。後でも、皆にも言うけれど。今日、出そうよ」
そう言われて、アカリも気がつく。
これまで、三度しか無かったが、セリカがこういう時は、必ず、”ひずみ”が発生する。
二人もそれを察し、気を引き締める。
今日、おそらく〝ひずみ〟が発生する。
それは、ここにおいての、緊急事態。
セリカのおかげで、先にその心構えが出来るのは、ここのメンバー全員が助かる事であった。
ここの朝食の時間は七時半だと決まっている。
その時間までには、ほぼ、皆が集まる。
ミランダだけ、少し遅れてくる事もあるが。
そして、皆が集まった所で、セリカがその事を告げた。
「今日は、厳戒態勢でお願い。なんだか、大きそうなの」
セリカの”ひずみ”の予兆は、完全では無い。
今日は起きるかもしれない、おそらく今日は無いだろう。そして、今日はもう起きないはず。
それぐらいであった。
その”ひずみ”の大きさまでは、アカリは言われた事は無かった。
だから、このような事を言われる事も、初めてである。
だが、それは、ここのメンバーの半分以上が同じであった。
その経験があったのは、古参の、アンカ、プラン、ミランダ、チュン、この四人くらい。
それ以外のメンバーは、初めてであった。
だから、普段通りに朝食を取り、普段通りに朝の日課を行い、普段通りに四階フロアーへ向かった。
そして、始業の鐘と共に、いつも通り、アンカが、巡回のミーティングに来た頃。
それは、突然であった。
アカリは、呟きつつ、四階フロアーを飛び出して行った。
「……あ……あ、……行かなきゃ……呼んでる」
「えっ、アカリちゃーん!?」
「ちょっと、アカリ! どうしたの? ……えっ……これ……あ……そ、そんな……」
アンカやミランダ、そしてセリカは、アカリを抑止しようとしたが、セリカもまた感じ取った。
「アカリさんっ! せ、セリカさんっ!?」
「く、来るわっ! もうすぐよ! ”ひずみ”が、発生する!」
セリカが叫ぶと同時に、皆も切迫する。
「え!?」
「何!?」
「アカリちゃん!」
「こんなに早く!?」
「そんなっ!」
そして、セリカが言う。
「誰かっ! お願いっ! アカリを止めて! あの子、感じ取ってるわ!」
驚くメンバーだったが、その言葉で、弾くように皆が動き始める。
「あっ! チュン! ユウカさんっ! お願い! 他の皆は、ここで待機して!」
アンカは、皆に指示を飛ばしつつ、セリカの方へ向かう。
そして、小声で話す。
「セリカさん。まさか、アカリさんは……」
「……そうみたいね。最悪。止めないと。〝ひずみ〟に、〝ブルー〟に、取り込まれる」
チュンとユウカは、同じく急ぎ、フロアーを出て行った。
この日までの平穏な日々が、崩れていく。
セリカは、そんな気さえしてしまっていた。