83話:将軍との足並み3
「将軍?」
「サルビル?」
ともかくワゲリス将軍と部下二名を僕の天幕に招いた。
すると待ってたセリーヌと、お互いの姿に驚く。
ノマリオラは新手が現われたことで、まず僕の椅子を用意。
朝食用だった小さな机を片づけて、椅子を座りよく整える。
そしてその後に将軍用だけを用意して部屋の端に控えた。
「ともかく座って。僕のほうは朝食を運んで来た侍女が、将軍を見たというから様子を見に行ったらあれだったんだ。いったいどうしてワゲリス将軍があんなところで立ち聞きを?」
人数を絞ってこっちに言わずにワゲリス将軍はいたんだ。
つまり、近衛がトイレ横なんて場所で、反乱の企てを練ってると知って行ったことになる。
当たり前のことだと思ったのに、ワゲリス将軍はカピバラの顔を険しくした。
うん、猛獣の怖さがない分すごく目つきが悪い。
「どうしてだと? 第一皇子が確かめもしない、決めつけだけで決定する、雑だなんだと言うから足を運んで俺が検分してやろうとだな!」
「声がたけぇよ」
言うヘルコフを睨むワゲリス将軍からすれば、お前が入れ知恵したんだろうとでも思ってそうだ。
実際ヘルコフが言ってたことそのまま指摘して軟禁したしね。
最初はもうちょっと皇子相手と繕ってたのに、最近だとただの柄の悪いおじさんになってる。
転生してからこういう人いなかったし、ちょっと新鮮だ。
あと思ってることそのまま言うから、変に裏を疑わなくていい。
「あの、状況が、よく…………?」
セリーヌが困惑するけど、僕もさっき知っただけなので視線はワゲリス将軍へ。
「…………ち、定期の巡廻とは別に、司令部から人出してこの周辺見回りさせてたんだよ」
「ごくろうさま。僕が何をするかなんて、外から窺っても何も見えないだろうけど」
「おう! そのとおりだよクソ!」
図星で怒るんだけど、ウェアレルが釘を刺す。
「アーシャさまにそれ以上聞き苦しいお言葉を吐きかけるのはおやめいただきたい」
ワゲリス将軍はウェアレルを睨むけど、口を引き結ぶ。
実力を知ってるからだろう。
軍を襲おうなんて、悪人は自殺行為しないし、獣も自分より数が多いとしない。
じゃあ何がするか? 魔物だ。
辺境に行くと珍しい素材もあるけど、その分人がいないせいで魔物の間引きも不十分だ。
そしてそこに人間が群れで来ると、魔物は怒りか食欲かで襲ってくるそうだ。
「魔物の猪は美味しかったなぁ」
思い出すのは、行軍してた僕の所に魔物がちょうど襲って来た時のこと。
魔物相手の狩人をしていたイクトはもちろんヘルコフも応戦し、馬車の前に陣取ってウェアレルも魔法を浴びせたんだ。
怪我人もなく、お肉も不味くならないよう仕留めた腕が将軍周囲では評価の声があったと聞く。
周りが褒められるって嬉しいね。
「アーシャ殿下、山に入れば山羊はいますがあれは癖が強く臭います。鳥ならば口に合うでしょうから、見つけ次第仕留めましょう」
「ありがとう、イクト」
「おい、なんだって命狙われてるって時にそんなのんきなんだ。わかってんのか?」
僕たちの会話にワゲリス将軍が口を挟む。
驚くのはいなかったウェアレル、ノマリオラ、セリーヌ。
聞けばワゲリス将軍も僕たちが聞いたのと同じようなことしか知らないらしい。
わかっているのは近衛が僕への不満から反乱を起こそうとしてることだけ。
「どう落とし前つけるつもりだ?」
「軍内のことなのに、僕が決めていいの?」
ワゲリス将軍に水を向けられ、素直に疑問を返す。
今までの衝突の遠因は、一つの軍に名目上二人の指令系統が据えられたことだ。
ワゲリス将軍は僕を抑圧して、実権を渡そうとはせず、僕が無理を押し通す形で対立してしまっている。
「近衛は軍所属だがその指揮権は皇帝、または信任された隊長、もしくはその他帝室の者に準じる。俺はこの軍を率いるが、近衛兵は管轄外だ」
「それは知ってるし、そう言ってお酒盗むのどうにかしろって言って来たし。けど兵が反乱、しかも軍事行動中ってなったら、管轄とか言っていられないでしょう?」
当たり前のことを聞いたんだけど、ワゲリス将軍はまた怒った顔をする。
「てめぇでどうにかする気はねぇのかって聞いてんだよ」
苛立って言葉が荒くなるのを、部下とセリーヌは止めようとした。
僕のほうは一発入れようと拳を握るヘルコフに手を挙げて止める。
血の気が多すぎるよ、二人とも。
「僕が対処するなら、近衛の隊長呼び出して是正勧告をする。あとは当該近衛兵をバラバラに配置して、周囲に見張らせるかな?」
「ぬるい!」
本当に血の気が多いなぁ。
たぶんお酒盗んだ件も合わせて不満なんだろう。
「ぬるいことするから向こうがもっと力で抑えつけに来る。本気で命の危機わかってんのか? 第一皇子、お前を殺しに来るんだぞ?」
「いや、今さら僕の死を願う人なんて珍しくないし」
熱く言われても、正直困る。
僕が困惑して返すとワゲリス将軍や部下、セリーヌも硬直した。
その様子にヘルコフが呆れた声をかける。
「暗殺未遂だってあれだけ騒ぎになったのに知らねぇわけないだろ?」
「お前が暗殺未遂はなかったって言ったんだろうが」
二人は顔を見合わせて、噛み合わない会話にいぶかしむ。
するとそこにちょっと考えたウェアレルが声をかけた。
「ヘルコフどのがおっしゃっているのは、大聖堂でエデンバル家が起こした暗殺未遂事件。ワゲリス将軍がおっしゃっているのは、フェル殿下が倒れた時のことではないでしょうか?」
確かにフェルの時は僕が暗殺未遂したって騒ぎになった。
けどワゲリス将軍はまだわからない顔だ。
そこにセリーヌが片手を上げて発言を求めた。
「あの、大聖堂の事件は第二皇子殿下から第四皇子殿下までで、第一皇子殿下は関わってらっしゃらないはずでは?」
「え? 僕もいたよ。なんでいないことになってるの?」
僕の答えで、ワゲリス将軍含めて本気で驚いてるようだ。
「宮殿に出入りする人少ないにしても、軍ではあの大聖堂でのことどう伝わってるの?」
「皇子たちが仲良く礼拝して、警護の数も少なく静かに行った。ところがこれ幸いと狙った阿呆のエデンバル家が返り討ちにされたって話だろ」
ワゲリス将軍が雑だけどわかりやすく答えた。
「つまり、警護を絞って仲良く礼拝する皇子の中に、アーシャ殿下は入らないと思い込んでいたと。その礼拝自体、大聖堂に入ったことのないアーシャ殿下を思った第二皇子の計らいだったのですがね?」
たぶん僕と一緒にいなかったことにされてるだろうイクトが教える。
「もしかして僕、テリーたちと仲悪いと思われてる? あれだけ行き来してるのに?」
いや、ワゲリス将軍の限られた情報源を考えると、あえて誤認するように情報を流された可能性もあるか。
「仲良くだぁ? いじめられただ、泣かされただは聞くが、そんなこと知らねぇぞ」
「お前の義父の情報が偏ってんだよ。ここ一、二年まる無視じゃねぇか。それ以前は会ったのなんて一回、二回だぞ」
ヘルコフが事実を告げるけど、ワゲリス将軍は信じない。
「馬鹿言え、何大袈裟に言ってやがる。だからお前は欲目が過ぎるんだよ」
「あぁ?」
ヘルコフも血の気が多んだよね。
なんて思ってたら、一番クール系な侍女が声を出した。
「ご主人さまは住まう区画以外の出入りを許されておらず、庭園への散歩さえ多くの者に見張られ、摘んだ草花さえ検品させられ、わたくしども直接お仕えする者四人も宮殿の門では持ち物を毎日検査されております。妃殿下に招かれる以外での宮殿本棟への立ち入りも阻むべくご主人さま以外が住まない左翼との接合部には常に見張りが置かれています」
つらつらと話すノマリオラに、ワゲリス将軍たちは何を言われているかわからないような顔をする。
あれだ、僕の状況を直接見つつも理解できずに百面相していた妃殿下みたいだ。
「…………なんで宮殿で軟禁されてんだよ?」
ようやく言葉を理解して呟くワゲリス将軍の言葉に、僕はいっそ驚いた。
「なんでそっちが驚くんだ?」
「客観的に見てもそう思える状況なんだなって、なんか改めて。物心ついたころからそうだったから、ちょっとびっくりしちゃった」
なんだか間抜けっぽくて、僕は照れ笑いをする。
言われるまで気づかなかったのが恥ずかしいんだけど、側近たちは途端に沈んだ空気を纏ってしまう。
その様子に、ワゲリス将軍も居心地悪そうに瞬きを繰り返していた。
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