82話:将軍との足並み2
天幕に朝食が運ばれてきたけどセリーヌは退かず、どうやらともかく僕から応諾を得ようと考えているようだ。
やり方は前向きな返事もらってから、ワゲリス将軍に子供が退いたんだからと持っていくつもりかもしれない。
ちなみにノマリオラは、セリーヌを無視している。
本当に興味ないと一貫してるんだね。
僕がパンにバター塗りたいと思って目を向けるだけで、すぐ動くのに。
うーん、有能なんだけど極端だ。
「ノマリオラ、僕とワゲリス将軍が仲良くする方法って思いつく?」
パンにバター塗ってもらってる間に聞いてみる。
「ご主人さまの素晴らしさを実感しなければ、宮殿の名ばかり立派な方々と同じく言葉を尽したところで無理でしょう」
しれっと批判を盛り込んでくる。
ルカイオス公爵との二重スパイしてくれてるせいで、その名ばかり立派な人が限定的に聞こえるんだけど?
けれど反応したのはセリーヌだった。
「ワゲリス将軍も、殿下の行いによって結果が出ていることには評価をなさっています」
「そう? いつも僕が何かすると怒ってるようにしか思えないけど?」
セリーヌも否定できずに一度詰まる。
「み、認められてはいるのです。ただ…………自ら率いる気概もないなら黙っていろと。その、殿下のなさりようがとても迂遠に思えているようで、私も近衛への警戒などはわかるのですが、何故表に立とうとなさらないのか、殿下のお考えの深さは見通せません」
「さっきヘルコフが言ってたのが正解かぁ。別に深くないよ、セリーヌ」
皇子で、子供で、僕一人動いても意味ないとか、そんな理屈は関係ない。
ただひたすらに横槍を入れるやり方が気に食わない、性に合わない、足並みが揃わない。
そういう相性の問題なんだ。
僕も今まで色々やって来たけど、それは周りに人が少ない上での工夫込みでの結果だ。
なので誰かと足並みそろえるなんて、やったことはない。
比較的意見を交わしてたストラテーグ侯爵も、巻き込まれることはあっても主導権は僕に渡さなかったしね。
それで言うとワゲリス将軍は、主導権奪いに来るくらいのことをしないと、遊び半分だと思っているのかもしれない。
「この軍では権力的に僕が上、ただし主導権的にはワゲリス将軍が上。そしてどちらも立場上譲れないし、上が争っても軍が立ち行かなくなるだけだ。まぁ、そう思うなら大人しくしてろってことかも知れないけど」
僕はセリーヌの反応を見て、あながち間違っていないことを確認する。
「権威をかさに着て命令してるのも、ワゲリス将軍としては飲み込めない不満なのかもね」
「このように聡明で冷静なご主人さまならば、相手を思いやりその心情を想像するだけの気遣いをお持ちです。だというのに将軍を名乗る方が見苦しく怒鳴り騒いで感情的に威嚇するばかり」
「待って待って、ノマリオラ」
僕が分析したらノマリオラが止めを刺しに行った。
セリーヌは上司のワゲリス将軍をフォローできず俯いてしまっている。
「セリーヌもこちらを気遣ってるんだよ。その上でこうして頭を下げに来てるんだから」
「それとご主人さまが不当な評価を受けることの関係はございません。まずは将軍が今までの非礼を詫びてこそ進展があると認識しております」
ノマリオラの淡々とした意見表明に、ウェアレルとイクトは頷く。
ヘルコフが腕を組んで動かないのは、きっとワゲリス将軍がそんなことしないとわかってるからだ。
セリーヌは僕の側近の反応を見て眉間を険しくした。
心なしかエルフの長い耳が垂れているように見える。
「僕もやりすぎたとは思ってるんだよ?」
「ご主人さまの対応に問題はなかったかと」
ノマリオラが即座にフォローを入れて来ると、今度はヘルコフも一緒になって頷いた。
「ようはあっちのプライドの問題ですな。小隊長の姉ちゃんも、殿下をだしにロックから譲歩を引き出したい、そういうことだろ?」
ヘルコフが言うと、無茶を言ってる自覚のあるセリーヌも不承不承頷く。
僕が先に折れるという形式が、軍としては大事なんだろう。
だってたとえば、今まで監督とチームが一丸になって、それでうまくやっていた。
そこにいきなり監督の上役として全くの素人がチームにくっつくことになってる状態だ。
監督が今までどおりやろうとすると、それを素人の僕が強権発動して実績もないのに口を挟む。
それがチームの勝利に貢献って言うならまだしも、そこまで行ってない。
まず行軍してるだけだし、疫病だって気づいて予防したから被害が少ない状態だしね。
(もちろん知らないふりして被害大きくしてから助けるなんて、命無駄にすることはしないけど)
(主人の発言力を上げるには検討すべき手段であると…………)
(駄目だめ。失われた命は戻らないんだ。僕一人のためにそれ以上の人を不幸にするような選択はしない)
(…………主人の意向了解)
恐ろしいこと言い出したと思ったら、なんだか不穏な間があるんだけど?
(駄目だからね、セフィラ・セフィロト。最大多数の最大幸福っていう考えもあるんだから)
(仔細求む)
多くの人が幸せになる選択なら、功利主義でもいいじゃないって考えだ。
結果として前世の歴史では環境破壊で人間が困ることになるけど。
それに少数派を切り捨てていいって話でもないし、今僕は切り捨てられる少数派側だしね。
「こちらから融和を演出してもあの将軍の性格上突っぱねると思われるのですが?」
「アーシャ殿下にだけ軟化姿勢があってもこの問題は解決しない」
ウェアレルとイクトも、見通しの甘いセリーヌに駄目出しをし始めた。
そんな話している間に僕は朝食の続き…………と思ったらノマリオラが耳うちをしてくる。
「こちらにお食事をお持ちする際、将軍が二人だけを連れて歩いている姿をみました」
「何処で?」
ノマリオラに聞いてセフィラに様子見をしてもらう。
僕の天幕に近寄らないのに、ノマリオラが目撃できるくらい近くにいて、しかも少数しか連れてないって。
軟禁は昨日解いたけどお礼参りにしては人数少なすぎるしな。
(報告します)
セフィラが戻って来た。
本当に近くだったようだ。
近衛兵が使ってる天幕の方向と言っていたけど。
(反乱の気配あり)
バターを塗ったパンを吹きそうになって、僕は口元を押える。
その僕の動きに全員が視線を寄越した。
中でも前触れのない僕の奇行に、セフィラを知ってる側近三人は警戒の様子。
うん、大聖堂でもこんなことあったしね。
「うん…………よし」
僕はセフィラに状況を聞いて朝食をさっさと終わらせる。
「ノマリオラ、片づけはいいから少しここで待機。イクトはいいとして、ヘルコフとウェアレルって足音忍ばせたりってできる?」
「殿下、いったい何をおっしゃっているのです?」
聞いてたセリーヌに、僕は思いつくまま言い訳をして席を立った。
「ちょっと食後の散歩?」
僕がこっそり連れて行くとわかり、ウェアレルが残ってヘルコフが同行をする。
「あ、セリーヌもちょっと待ってて」
「え? は、はい。お時間をいただけるなら、いくらでも…………」
僕はさっさと散歩と称して天幕の外へ出た。
セフィラに案内してもらいつつ、足音や衣擦れの音を消してもらう。
イクトやヘルコフと違って自前でできないからね。
向かう先はそのまま近衛兵の天幕。
胸の内でセフィラにお願いして、そっちにワゲリス将軍が少数を連れて向かったことをイクトとヘルコフに教えた。
そして辿り着いたのはトイレ。
小さな天幕で、その横に近衛兵の制服を着た男たちが額を寄せ合っているのは見える。
(何処?)
(右手に積まれた物資の影にいます)
言われて見れば、確かに誰かが隠れている風な影が微かに動いている。
「やはりこのままでは…………我々の命は我々が守らねば…………」
「全ての悪の元凶は明白…………皇子なんて名ばかり…………」
「過酷な峠越え…………お荷物を抱えて転べばもろともに崖下…………」
はい、僕です。
反乱起こされそうになってるの、名ばかりの第一皇子の僕です。
うーん、暗殺警戒して近衛だけで固まらせてたけど、なんで今になってそんなこと企むかな?
そんなことを考えながら、僕は右手の物資の影に近づいた。
大きな体を縮めて耳をそばだてていたワゲリス将軍は、こちらに気づいて振り返る。
僕の姿に、すごくばつの悪そうな顔をしていたのだった。
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