78話:行軍と将軍3
野営も三回目になれば慣れるけどね。
二度寝とかしてられないから起きようかな。
というか、半端な天幕が朝方の風でバタバタいってて目が覚めちゃったんだよ。
「おはよう、ウェアレル」
「これは、アーシャさま。お早いお目覚めで。何か不都合でも?」
「ううん、早く目が覚めちゃっただけだよ。身支度は自分でするから、ウェアレルもゆっくりしておいて」
僕は天幕の外で寝ずの番をしていたウェアレルに声をかける。
そして天幕の中で顔を洗い着替えをした。
本当ならノマリオラとか侍女を呼ぶけど、移動が馬車とはいえ慣れない旅に疲れてるだろうしね。
外を見てもまだ朝日が昇り始めたばかりだし、寝ているのを起こすのは申し訳ない。
(セフィラ・セフィロトいる?)
(ただいま戻りました)
(今日は何処行ってたの? 夜中にうろついていた人はいた?)
セフィラは眠らないから夜は暇で出かけてるらしい。
それは宮殿にいた頃からなんだけど、宮殿を出た今は触れたことのないものが多くて楽しそうに自然を満喫してる。
僕も話を聞くのが道中の娯楽と化してた。
それとは別に、野営してるとこの防御力ゼロな天幕を窺う人間が現われる。
もちろん暗殺警戒してるから、天幕内部のほうに簡易で縄張って鳴子作ってあるし、疲れ知らずなセフィラが魔法的な守りも施してた。
けどたぶんまだ偵察だと思うんだよね。
だって目的は僕を遠ざけることで、行く道を邪魔する必要性はあまりない。
だったら本格的に命を狙うのはしっかり帝都から離れた後。
もしくは帝都への帰り道だ。
(近くの森を走査。主人の足で徒歩での往復可能範囲に、黄金根が自生しているのを発見)
(え、自生種? 宮殿でも気候がいい年しか作れないって書いてあったあれ?)
どうやらセフィラが希少な薬草を見つけたようだ。
黄色い根っこで見た目は地味なのに、黄金と呼ばれるのは大抵の内臓の不調をどうにかしてくれるという破格の効果があるから。
自生種ほど効果が高く、聞けば往復十分の距離にあるという。
ただ取りに行くというとウェアレルがついてくるだろうな。
不寝番で申し訳ないし、そうでなくても寝てる他の人を起こして留守番にする必要があるんだよね。
(外は完全に明るくなってるし、光学迷彩で行って帰ってくれば、十分ならわからないかな?)
(承知)
考えただけでセフィラが応諾して、光学迷彩を発動する。
まぁ、やったからには僕もさっさと済まそうと…………。
「思って、焦ってしくじったぁ」
僕は森の中で座り込んで呟く。
森に入って黄金根を掘り出すまでは良かったんだけど、浮かれて帰りに注意散漫になってしまった。
そこに近衛が二人、森を散歩していて突然の遭遇に驚いてしまった。
セフィラも警告しなかったから、予想外すぎて、足を滑らせてしまったんだ。
「…………うわ」
「どうし、うわ」
近衛二人が滑り落ちた僕を見てそんなことを言ってる。
光学迷彩で落ちた瞬間は見えてなかったようだけど、音が聞こえて覗き込んだ感じ。
坂になってる斜面下の僕とばっちり目が合ってる。
落ちた時にセフィラもカバーしきれず光学迷彩は切れてるし、僕が見えてるのに近衛は嫌そうな声上げて去ろうとしていた。
「何か音がしたが。そこに誰かいるのか? あ、まさか…………。大丈夫ですか?」
女性の声が聞こえて、坂を滑り降りる音がする。
見ると近衛からは見えない位置、僕と同じ低い高さの所に女性騎士っぽい人がやって来ていた。
黒髪をポニテにして、橙色の瞳がしっかりした意志を讃えている。
そして尖った耳が特徴的なエルフで、軍服を身にまとっていた。
「第一皇子殿下でございますね。お怪我をされたのですか?」
「ううん、散歩中に上から滑っただけだから。上手く降りたと思うよ。被害は靴だけ」
腐葉土で汚れてしまったくらいかな。
あ、靴下もだ。
そして上を見ると、まだ近衛二人はいた。
ただ黒髪エルフと目が合うと、何も言わず今度こそ去る。
「は? おい! 殿下に手を貸さないのか!?」
「あ、いいよ。あの人たちたぶん陛下直々のご命令を不服として左遷されたとでも思ってるだけだから」
「は、え?」
「一人見覚えあるんだけど、だいぶ前に、僕が陛下と面会する時、三歳くらいの僕を跪かせようと無礼を働いて、陛下に叱られてた人なんだよね。左遷される覚えがあるんだと思うよ」
今でこそおかっぱだけしか同行しないけど、昔は他にも人いたし、色んな制服の人がいた覚えがある。
減ったのは、まぁ、おかっぱみたいなわかりにくいことする人たちじゃなかったから。
部屋の前でドアを開閉する係いたけど、その他の警護なんかは本館との境に残されたりしてたそうだ。
口うるさいし邪魔するしで、父もおかっぱ以外を遠ざけた結果だった。
「まぁ、これで僕相手に剣の柄に手を置くなんて真似したら、もう左遷どころじゃないんだけどね」
僕は去ったように見せかけて盗み聞きしてる近衛二人がいる木立を見る。
黒髪エルフは僕より先に、何かを聞き咎めた様子でそっちを見ていた。
セフィラ曰く、柄握ってたらしいよ。
父から排除されたほうの近衛が。
「…………今度こそ本当に行ったようです。あの者たちは本当に近衛ですか?」
「本物だよ」
黒髪エルフは僕に手を貸して立たせてくれる。
その顔には怒りが見て取れた。
僕の視線に気づくと気づかわしげな表情になったため、どうやら僕を思って怒ったらしい。
「実際僕に向かって剣の柄に手をやった人が辞職した先例あるから、巻き込まれたくない同輩が暴走は止めてくれると思う」
あえて牽制のために口にしたんだ。
セフィラ曰く、剣を掴んでないほうが止めて引き摺って行ったらしい。
僕を守るように皇帝から言われた近衛が、僕のせいで左遷されたと逆恨みをしている。
武官みたいに阿るのも困るけど、自分の首を絞めるだけの反発も厄介だ。
こんな嫌な人事したの、たぶんどちらかの公爵なんだろうな。
絶妙に僕が使いにくい人選って、何処に工夫を凝らしてるんだか。
「それで、君の名前は? お礼を言うにも呼ぶ名をまず知りたいな」
「当たり前のことをしたまでです。ですが、求められるのならば答えましょう。私は司令部所属付隊管理小隊隊長セリヌンティアレ・リクテン・サルビルであります」
「ありがとう、サルビル小隊長。天幕まで戻るエスコートをお願いできる?」
「お任せください」
真面目だ。
そしてどうやら貴族出じゃないらしい。
名前からして帝国の洗礼名なさそうだし、帝国生まれではないのかもしれない。
皇帝への敬意とか重要視しない人のほうが僕を皇子扱いするってどうなの?
「ずいぶんと天幕から離れていらしたようですが。供とははぐれたのですか?」
「え、すぐそこだよ。ちょっと珍しいもの見えたからこっそり取りに来たんだ」
僕は掘り出した黄金根みせると、サルビル小隊長は驚いた。
「これが自生していたのですか? しかもそれとみてわかるとは。素晴らしい見識をお持ちなのですね」
予想外に手放しで褒められた。
希少な黄金根を知ってるサルビル小隊長もすごいと思うけどね。
「あ、ほら。あそこ…………って、抜け出したのがばれてるみたいだ」
「こんなに近く? 私はそんなに歩いただろうか?」
サルビル小隊長は訝しげに辺りを見回す。
僕は森の際にいるイクトの無言の圧にそれどころじゃない。
そして僕の姿に、堪らずウェアレルが駆け寄ってくる。
「アーシャさま、一声かけていただかなければ…………!」
「ごめん、すぐ戻るつもりだったんだけど転んじゃって。こちらのサルビル小隊長に送ってもらったんだ」
「それは、ありがとうございます」
「いえ、そちらも大変なお立場でしょう。第一皇子殿下も、博識にして好機を逃さない行動力は素晴らしいが、少々御身自愛されたほうが良い」
サルビル小隊長からも独り歩きに釘を刺されたけど、どうやらあまり悪い印象は持たれなかったようだ。
「…………ウォルドが言っていたのはこのことか」
サルビル小隊長はそのまま去るので、確認はできなかったけど聞いたことのある名前だ。
ただそれを考えるよりも前に、僕は森であったことをまず側近たちに話さなければいけなかった。
「リクテン? それはウォルドどのの氏族名ですね。同族のエルフなのでしょう」
エルフとのハーフであるウェアレルが、すぐに答えを教えてくれた。
そう言えば髪と瞳同じ色だけど、この世界の体色の遺伝って法則性があるかどうか微妙だから気にしてなかったんだよね。
もちろんこの後、僕は遅れて来たヘルコフも加えてお説教されることになりました。
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