77話:行軍と将軍2
僕は十一歳で初陣することになりました。
と言っても、帝都を出ても馬車移動ばかりで至って平和。
街から街へと移動ばかりで、僕はすることがない。
一応小熊謹製の錬金術道具あるけど、やる暇はないんだよね。
それでも地方へ進むごとに変化があった。
街がある間隔は広くなり、いっそ少なくなる。
そうなると必要になるのは野営だ。
「うーん、こう来たか」
僕は今日の野営地に案内され、寝泊まりをするテントを見上げていっそ笑う。
「駄目ですね。中も半端でいっそやり直さないと本来の形にできませんわ」
ヘルコフが先にテントに入って様子を見た後、出て来てそう報告した。
いや、これテントっていうか天幕か。
中を立って移動できる程度には広く、柱が建てられていて天井も高い。
「本来これはどうなる予定の天幕なの? 見た感じ形は合ってる気がするけど?」
「基礎の柱を立て、縄を張って上から一番外見の天幕をかぶせただけですね。固定もされていないので、強風が吹けば捲れ、雨が降れば中に入ってくるでしょう」
ヘルコフの後から出て来たイクトが問題点をあげてくれた。
ちなみに中は本来床となる専用の板や布があるらしいんだけど、それも一番下に敷く薄っぺらい防水性の物だけが敷かれていたそうだ。
床もここに虫よけの布や絨毯を重ねて初めて完成らしいけどそんな物もない。
天幕自体も三重構造になるはずが外側一枚だけでお話にならないそうだ。
「これは誰の不手際? 先遣隊が野営地の安全確認と施設場所の選定、そして施設大隊が設営なんでしょう?」
僕は習ったことを思い出しながら聞く。
「施設大隊の担当者もそうですし、こんな陣営の端に設営場所を選定した先遣隊もそうです。そしてそれらを統括する司令部が確認不足となるでしょう」
ウェアレルの緑色の尻尾が苛立って揺れてる。
「今日はもう夕暮れが迫っているから、やり直しをさせると日が暮れて逆に危ないね。近衛兵の夜の見張りを増やしてもらって、仕方ないから今日はここで休もうか」
何せここは施設大隊からも遠い。
必要な道具を持ってこさせるだけで時間がかかってしまう。
野営用の寝台は申し訳程度に設置してあるからまだましかな。
けど中で警護するのに、外とあんまり変わらない環境のイクトには申し訳ない。
「おう、俺と交代で馬車で休め、イクト」
「でしたら私のほうが。日中は馬車の中ですし、馬に乗られていたヘルコフどのが休んでください」
側近たちが気遣いあってくれた。
「私のことはお気になさらず。アーシャ殿下、このことをワゲリス将軍には?」
「もちろん改善要求を出すよ。勝手にこっちで対処するより、向こうに動いてもらったほうが円滑だろうし」
軍人にも貴族がいる。
中にはルカイオス公爵系の人もいて、派閥が広くてそこを排除することはできなかったんだよね。
だからこういう嫌がらせの問題が起きる可能性は考えていた。
面倒ごとは嫌と言わんばかりだったワゲリス将軍が、主導したとは思ってない。
こんな嫌がらせ、逆に面倒がりそうだし、たぶん。
そう言うわけで、僕の下についている人を呼んで状況を見せて説明し、改善要求のためお遣いに出す。
相手は父がつけてくれた武官だ。
「おっ任せあれ!」
妙に力んでてちょっと心配だ。
だけど今は迫る夕暮れを前に寝る準備をしなければいけない。
何せ僕だけじゃなく、僕に付随する人たちの天幕も手抜きだったんだ。
寝台がない人のためにせめて絨毯か何かを調達しないといけなかった。
「え、また今日も?」
野営が手抜きだった翌日は音沙汰なしで、その日は町に一泊で野営はしなかった。
そして今日、また二回目の野営だったんだけど、改善要求したのに以前と同じ様相だ。
「わたくし誠心誠意訴えました! どうか今一度! 今一度お任せを!」
暑苦しい武官がまた改善要求に向かって行った。
「能力を疑います。この度も無視するようであれば解任もやむなしでは?」
「うん、ノマリオラはちょっと落ち着こう。行く途中で問題起こして軋轢作ってもね。それに疲れてるでしょ。僕のことはいいから体休めて」
「ご主人さま、なんてお優しいお言葉。そのお気持ちだけで私はいくらでも働けます」
とろけるような笑みで言われる。
うん、けど今日はちょっと困るから強めに言って先に休んでもらった。
「というわけで、僕ちょっと様子見て来るね。セフィラ・セフィロト」
「あ、殿下!?」
僕は光学迷彩で姿を消す。
ヘルコフが手を伸ばすけど、一度下がってフェイントをかけるとからぶった。
イクトも予見して入り口押さえようと動くけど、セフィラの魔法で加速してさっさと出る。
「ヘルコフどの、武官の方を迎えに行く態で向かってください」
ウェアレルは僕を補足できないと悟るや、次善策としてヘルコフに指示を出しているのが聞こえた。
側近たちには申し訳ないけど、ワゲリス将軍を見定めるにはいい機会だ。
僕はセフィラの案内で武官を追いつつ、光学迷彩で隠れながら人目も避けるルートを進む。
「殿下は大変ご立腹であります! あのような環境下で尊貴な皇子殿下が安眠を約束されるとお思いか!?」
そして武官の大袈裟な訴えを聞くことになった。
「ここはご立派な宮殿ではないと以前にも通達したはずだ。こちらは明日の行軍に備えてまだ擦りあわせなければいけない事項もある。無駄なことに取れる時間はないお引き取り願う」
ワゲリス将軍が無碍に扱うと、さらに直属の強面に睨まれ、武官はすごすご歩きだす。
けど将軍の天幕出たらやり切った顔をするから、この武官も駄目だ。
うん、あの人に頼んだのが間違いだったな。
「ったく! 世間知らずの坊ちゃんの我儘につき合ってられるか!」
「念のため問い合わせましたが施設大隊からも問題なしと。どれだけ繊細なのだか」
ワゲリス将軍に報告する副官らしい人は種族が人間で、そんなことを言い合うのを聞く。
「おう、だったら今のままでいいと言っておけ。相手してるだけ無駄だ、ったく」
僕はそれを聞いて武官を追う。
(即座に入り、現状を見せつけるべきと提言)
(ちょっとセフィラは即物的な意見を推してくるのやめようか)
確かに解決にはそれが手っ取り早い。
僕一人となれば職務上、その場の誰かを見送りに出す必要ができるし、そうすれば将軍の直属の者に現状を見せつけられる。
ただそうなると、僕のことを任された側近たちが責められる隙を作ることになる。
僕が独断で抜け出したので、それは避けたい。
(今回は、ワゲリス将軍の判断能力に難ありとわかっただけでも収穫だよ。セフィラが軍部の資料をあさった限り、問題行動はない人なんだよね?)
(問責される事例なし。ただし軽微な判断ミスは報告あり。しかし大局に影響せず、軍部評価としてさしたるマイナスにはなっておりません)
今回のことも同じだ。
僕をここで黙殺しても軍事行動として順調に進んでいる。
ましてや僕は言ってしまえば戦力外で、天幕がお粗末で命を落としました、なんてことにならない限りワゲリス将軍の過誤にはならない。
ただそうなってからじゃ遅いんだよね。
(今はまだ置きだ。この件一つじゃ弱すぎる。ここは信用がものを言うんだ。実績ある将軍と、実績のない皇子。軍隊としてどっちをいただきたいかって話だよ)
(ワゲリスに今次の兵乱を解決する妙案なし。兵乱を鎮圧後は帝国の威光をもって話し合いの場を設ける以外の考えがありません)
それはずっと昔にやって、七年かかったやり方だ。
それじゃ解決にならないことをセフィラもわかってる。
そして父につけられた人も、やる気だけで実行力はなしという実情も見えた。
有能な人はすでに他派閥が確保してるだろうし、実務はあまり期待しないようにしよう。
僕が動きたい時に邪魔をしない、足並みをそろえる。
この二点があるだけ、宮殿よりもましだ。
(僕のやり方を受け入れてもらうためにも、こっちが強く出られる口実を向こうが作ってくれるなら儲けものだと思っておくよ)
(未だ成長途上である主人の身体的負担は無視できません)
センシティブは未だに理解しないのに、セフィラが意外と心配性に育っているようだった。
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