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8話:侯爵の手3

「さすがに挨拶もなしで意向を聞かないのはおかしいと抗議しました」

「それでイクト、僕の警護のままでいられるの?」


 聞くとイクトは渋い顔をする。


「難しいでしょう。確かに私は陛下のお声かけでここにいます。ですが宮中警護の人事権は長官が持つものなのです」

「その長官は誰?」


 僕に答えたのはウェアレルだった。


「ストラテーグ侯爵でしたね」

「派閥としては中立、ユーラシオン公爵寄りと言ったところでしょうか」


 ハーティが捕捉をしてくれるけど、その名前はうろ覚えだ。


「ユーラシオン公爵って、確か先代皇帝の弟が建てた公爵家?」

「そうですよ。先代が自分の子供をどうしても皇帝にしたいと病床でごねなければ、先代の甥である今のユーラシオン公爵が帝位に座っていたでしょうな」


 ヘルコフが包み隠さず内情をばらす。

 そんな裏事情知らなかったし、教えてもらえたからこそ見える繋がりがある。


「父の決めた人事に介入することで、ユーラシオン公爵に利益ってある?」


 側近たちは顔を見合わせて、ハーティが答えた。


「すぐさまの利益はございません。ですが、現皇帝の決定を覆したという一つの弾みとして派閥を増やし、対抗勢力として成長するきっかけにできないこともないかと」

「それってストラテーグ侯爵に利益は?」

「個人的に伯爵家育ちと見下す陛下に口出されたのが面白くなかったか?」


 ヘルコフの推測に、実物を知るイクトが首を横に振る。


「あの方は武門の侯爵家。時に冷徹、時に己の感情を切り離して決断もできるんです。ユーラシオン公爵の下につくよりも、独自に小さくとも堅実な自らの派閥を作る手合いでしょう」

「イクトからみて手堅い方なんだね」


 僕が侯爵の人物像を思い描いていると、ウェアレルが指を立てた。


「では、これはアーシャさまの出方を窺う試し行為ではないでしょうか? 唯々諾々と警護の交代を受け入れる皇子であるか、それとも自ら動いて阻止するだけの気概ある皇子であるか」

「そう言われると、従ってたほうがいいんだろうけど…………」


 僕は前言撤回する自分の早さに笑う。


「これは放置しておけない。そういう職務上の特権使って僕に手を出す者がいるとなれば、今後も他に出て来る。だったら最初で過剰なくらいやり返して次がないようにしたい」

「よろしいのですか、アーシャ殿下? 目立てばまたよからぬ噂にお耳を汚すことも」


 イクトは僕が傷つくことを気にしてくれるようだ。


 確かに異常に警戒されるのは楽しくないし不愉快だし、弟と会ったのがそんなに悪いのかと怒りたくもなる。


「ただ今回は今後そうした害のない声だけに留めるためにも動かなければいけないと思う。今に固執するより先のために、ね」

「そう言われるなら、策があるんですかね?」


 ヘルコフが何処か面白そうに聞いて来た。


「陛下にお会いしに行くよ。ハーティ、着替えを手伝って」

「え!? 今からですか?」


 ハーティが驚く姿に、僕は別の問題を思いつく。


「あ、何処にいらっしゃるか調べないと」

「それでしたら、陛下のいらっしゃる区画に警護がいるので見ればわかるかと」


 宮中警護だからこそ、同輩が何処で仕事をしているか知っているイクト。


「それじゃ、イクトだけついて来て。いざとなったら妨害あるだろうし」

「それなら俺が」


 言いかけるヘルコフを押さえてウェアレルが前に出た。


「あからさまに強そうなヘルコフどのより、見た目で侮られる私のほうが虚をつくには適任かと思いますが?」


 わー、僕の側近たちがやる気だー。

 けど連れて行くのは一人でいいんだよ。


 咎められるようなことになったら僕は庇えない。

 だからイクトは警護として職務どおり僕の独り歩きについて来ただけってことにする。

 そして他の三人は何も知らず待機していただけにしないと。


「なりません」


 勇んでやってきた僕に、父の部屋の前に立つ側近が取次もせず面会を断る。

 ここに来るまでも無闇に止められ、妨害され、追い返されそうになった。


 まさか扉の前で来訪も告げられないとは。

 いつも面会に同行する側近でもないから初対面なんだけど、最初から何も受け入れる気がないようだ。


「陛下に取次ぎをしてといっているだけで何故いけないの?」

「ご公務の邪魔をさせるわけには行きません。ましてや先日問題を起こされた方など論外です」

「…………急用で」

「何をするかもわからない方をお通しはできませんし、陛下にそのような許可はいただいておりません」


 向こうも面倒そうに適当な言い訳でこっちを責めるし、礼も取らず上からだ。

 完全に僕を皇子として見てないから公爵系の人らしい。


 そう思うと面会に同行する側近、最近睨まなくなったな。

 父にテリーとのことを説明したのも直接聞いてるから、僕が泣かせたって言うのが噂だけだとわかってるせいかもしれない。


「…………そう。聞いてないから急用でも僕を通せないと言い切った君の名前は?」

「お教えするいわれがありません」


 うわ、後から言いつけられて困ることしてる自覚あるじゃん。

 これは頭来た。

 だったらこっちも無道なことしてやる。


「よいしょ」

「は?」


 僕は上着を一人で脱ぐ。

 ハーティが皇帝に会うからと、豪華な飾りのついた物を選んだんでちょっともたつく。

 それでも一人でシャツとズボン姿になりつつイクトに目でドアを示した。


 察してくれたイクトは僕が脱いでしまうと同時にドアを勝手に開く。

 僕の奇行に目を奪われていた側近が慌てるけど、気にせず僕はイクトに続いて部屋へ。

 そこは控えの間で宮中警護がいるだけらしく、父はさらに奥の部屋だ。


「ちょ、と、止めろ!」

「このような姿の殿下に手を出して怪我をさせた場合はわかってるだろうな?」


 扉前の側近に言われて動こうとした宮中警護は、シャツ一枚の僕に困惑し、イクトの釘刺しにもたじろぐ。


 これ肌着みたいなもので人に見せない姿なんだよね。

 つまりは明らかに異常事態で、宮中警護も止めない内にさらに奥のドアを開けると、ようやく父の姿があった。


「ご無礼を承知で参上させていただきました」

「アーシャ? いったいどうした!?」


 僕の姿に驚いて、父は向かっていた執務机から立ち上がってこっちへ来てくれる。

 どうやら誰かと面会中だったようだけど優先してくれてうれしい。


「ドアの前にいた方がどうも僕を危険視するので、何も危ない物は持っていないと示すためにこうなりました」

「なんだと?」


 静かに呟く父の声には怒りが籠っており、僕の上着を持って追いかけて来た扉前の側近は肩を跳ね上げる。


 ま、そっちはどうでもいいから聞いてほしい。


「実はイクトが配置換えと聞きました。なので陛下がお決めになったことで良いのかと尋ねに参った次第です」

「そんな話は聞いていない。どういうことだ、ストラテーグ侯爵?」


 おっと紫の髪をした面会相手がくだんのストラテーグ侯爵だったらしい。

 なるほど軍人関係って感じのシュッとした体格で、髪も長いのを香油で固めるんじゃなくてさっぱり短くしてる。

 そして父に聞かれても微塵も動揺なし。


「宮中警護は五年以上同じ場所にいることは少ないのです。三年、短いと二年ほどで配置換え。時期としてなんら特別なことではないのですが、問題がありましたか?」


 しれっとしてるけど、それならイクトが急な、なんて言わない。


「イクトはアーシャが懐いているし、私も信頼を置いている。このままイクトでいい。それで問題はないか? 必要ならイクトも私の下に置くが?」

「いえ、現状と変わらないのならば何も問題はありませんな」


 父なりにストラテーグ侯爵の立場を慮っての発言だけど、僕としては皇帝のお墨付きなので満足のいく結果だ。


「かしこまりました。ただ、いささかお部屋の広さに対して人員が不足していることが以前より問題になっております。増員も転属と共にする予定でしたがそちらは如何しましょう」

「ふむ」


 父も僕を思って納得の上で一考してしまう。

 これはまずい。

 余計な人間送り込まれるフラグだ。


 どうやらストラテーグ侯爵、なかなか転んでもただは起きない人のようだった。


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