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72話:北の兵乱2

 大陸北のロムルーシの端で兵乱が起きたそうだ。

 規模は小さいけど、それでも生じた確執は大きいんだとか。

 帝国が動けば確実に兵乱自体は収まるけど、根深い問題を解決するには時間がいる。


「つまり、確執を理由に僕を送り込んでここから引き離そうって魂胆か」

「あの、俺まだ皇子が派遣される話になったとしか言ってないんですけど…………」


 僕の目の前でヘルコフが困る。


「え、間違ってる?」

「いや、たぶん合ってますけど、なんか絶対色々裏読んでその発言ですよね?」

「国際問題としては軽い部類で、後見のない僕に経験と実績を積ませるにはいい機会。けど唯一の後見である陛下から遠く離されてどうなるか。敵を倒せば終わりじゃないから、解決の見込みも未知数。だから陛下も決断できないってところかな」

「…………ご明察」


 ヘルコフは溜め息を吐いて肯定した。

 うん、口にしたのは色々裏読んだ一部だけどね。

 もっと不穏な想像もできるけど、それは僕も口にしたくないな。


「ただ十一では早すぎる。前例はありますけど、そんなのずっと昔の戦乱の時代です」

「逆にそこで押すために、公爵なら陛下が納得する将軍や兵の数を揃えるんじゃないかな?」


 どっちの公爵かわからないけど、いや、この場合どっちもか。

 そして用意する人員の中には、必ず息のかかった者を潜ませるまでがセットだと思うべきだ。

 ルカイオス公爵からすれば、妃殿下に近づいて弟とも関係良好になり、影響を与える僕は目障り。

 後継者問題で決定に大きく影響するのは、やっぱり皇帝と妃殿下だ。

 今までの会うことさえない状況とは違い、僕は危険人物度が増してることだろう。


 まぁ、そこは僕に冤罪着せようとして妃殿下を近づけた、ルカイオス公爵の不手際だよね。


「あ、そうか。狙いは一緒なんだ」

「はい?」

「僕を宮殿に閉じ込めてても、結局継承権に大きな動きはないし。閉じ込めるための人員が、逆に僕の潔白を証明もしてる。ニスタフ伯爵の後見抜けて名前での差別もなくなったし。逆に僕の悪評流しすぎて、敵対関係明白にしちゃったから陛下と妃殿下に警戒されてるし」


 僕を貶し続けるだけじゃ現状維持でしかないどころか、皇帝からの信頼が下がり始めた。


 まだまだ権力的には余裕だろうけど、それに胡坐をかかない。

 だから表面上は僕に不利益がないような形を取るだろう。

 押し込めるんじゃなくて、これを機に僕を排除することを本格化させるつもりだ。


 そこはルカイオス公爵だけじゃなくユーラシオン公爵も同じ。


「たぶん向こうは意見を合わせて来る。それに抗うなら陛下はいらない譲歩を迫られるかもしれない」

「あぁ、派兵で殿下放り出すよりも、あちらさんはそのほうが旨味あるかもしれませんな」

「現状やりにくいとなったら、陛下の力を弱める方向に動くかもしれない。そうされないためには、弱みを見せないことが必要だと思う」

「どうします?」

「向こうが懐柔姿勢の間に有利な条件を引き出す。その上で一度軍を率いる実績を僕も作る。錬金術ができないのは悲しいけど、今後を考えるといつまでも引き篭もってるわけにはいかないし。だからってここで何かしても睨まれるだけだから、いっそ渡りに船だね」


 将来のことは考えてた。

 僕は皇帝にはならない。

 だったら何をするか?

 皇帝の兄として宮殿に押し込まれたまま過ごすことはできるだろう。


「外に出して公爵家でも作られるほうが、たぶんルカイオス公爵たちは嫌がる。けどここに居続けるとどうしてもテリーが将来成長して帝位間近になると、嫌がらせ的に僕を担ぎ上げようとする人が出ると思う」

「じゃ、さっさと外出て地位得ればいいってわけですか。殿下なら可能でしょうな」

「それはそれでさ、皇帝の血筋欲しさに別のところで争いの火種になりそうなんだよね。またストラテーグ侯爵みたいな人に怒鳴り込まれるのも困るし」

「あぁ、ルキウサリアの。その点ではこうして目立たず宮殿にいるほうがましなわけですか」


 それで言うと今の時期に出兵はありなんだよ。

 衣食住と帰る場所を保持した上で、大手を振って行動ができる。


 皇子として勤めて成果があれば、今まで邪魔されてきた、人を使うための教育を受けられることもあるかもしれない。

 学習もしてないと、僕は不適格として領地も与えられないという、皇子としての名目潰しの一環で家庭教師がつかなかったんだ。


 陛下も妃殿下も、使える伝手が邪魔するルカイオス公爵の周辺だからしょうがない。

 ただこれを機に、ルカイオス公爵を頷かせられればあるいは?

 言い出しっぺのくせにって押せばどうにかなるんじゃないかなぁ?


「よし、会議が終わったなら今からテリーたちを送ることでお会いして、あ…………」


 僕、エメラルドの間の扉締めてない!


 慌てて振り返ると、そこには目隠しよろしく立ちふさがるイクトの背中があった。

 いつの間にかエメラルドの間の中にはテリーたちの警護もおり、弟たちを遠ざけている。


「お話は終わりましたか? 僭越ながら中に警護を入れさせてもらいました。剣をぶつける恐れがあるので、外させていますのでご安心を」


 警護たちはイクトに言われて外したようだ。

 なんか改心しただけにしては妙に従順なんだけど、イクト何したの? 


「えっと、つまり、今の聞いてた?」


 イクトの所まで行くと、さらにエメラルドの間でテリーたちが近づかないよう立っていた警護がこっちを振り向く。

 すごい困った顔してるから多分聞いてたね。

 うん、もう今さら馬鹿のふりはしてないけど、弟たちを相手にしてたから、彼らの前ではあんまり大人らしいことも言ってないつもりだけど。


 警護の上はどうせストラテーグ侯爵だし、報告するにしてもルカイオス公爵だろう。

 だったら今さらいいか。


「テリー、ワーネル、フェル。陛下は会議が終わったそうだよ。そろそろ戻ろうか」

「えー! まだやる」

「僕も氷やりたい!」


 双子はエッセンスを使った遊びに夢中だ。

 けどテリーは不安そうに僕を見る。


「警護たちをエメラルドの間に入れるまでに聞こえていたようで」


 イクトが耳うちしてくれた。

 どうやら不穏な会話をテリーは聞いてしまったようだ。


 僕は努めて笑顔を取り繕った。


「大丈夫、大丈夫なように陛下にもご相談するから」

「うん、そうだよね。うん…………ワーネル、フェル。今日は帰るよ」

「「えー!」」


 可愛い弟の我儘に、ついもう少しと言いそうになる。

 しかも頬っぺたぷくって、幼い今だからできることだよね。


 前世ではありえなかったこの家族的なやり取り。

 やっぱりこのためには、一時離れたとしても安定を得ることが大事だよね。


「また来ればいいよ。少し、僕も忙しくなるかもしれないけど、必ずまた、ね?」


 ちょっと言葉を選ぶと双子はじっと僕を見る。


 そうだ、大人に囲まれて育ったのはみんな同じ。

 この子たちも皇子で立場というものを教え込まれるんだから、気配に敏感でもおかしくない。


 フェルが僕に向かって走ってくると抱きつき、ワーネルも一歩遅れて抱きついてくる。


「さ、一度戻ろう。そのためにはまず片づけだ。教えたよね? やりっぱなし、出しっぱなしなんて危ないって。準備して、片づけて、点検、確認。これが錬金術をする時の約束」

「うん、片づける」

「兄上もやろう」

「もちろん」


 僕は双子に手を引かれて片づけに取り掛かる。

 テリーを見ると不安げなまま立っていた。


 何処まで聞いたのかわからないけど、僕が派兵の辺りは聞いてるだろう。

 あの年齢にはちょっと難しい言葉かもしれないけど、周囲は難しい言葉を使う大人がいるんだ。

 意味が分かっていても不思議はない。


 口にはしなかったけど、僕をここから引き離して使える一番有効な手は暗殺だ。

 テリーもそう考えちゃったかも知れない。

 ここは兄としてフォローをしなくちゃ。

 そう思っていたらテリーのほうからやって来た。


「兄上は、皇帝になろうとは思わないんですか?」

「いきなりだね。でも、そうだなぁ。僕は自分がなるよりも、皇帝になって陛下のように立派に務めるテリーが見たいよ」

「僕? …………僕が、立派に…………。わかりました」


 きりっと表情を引き締めたテリーは何か決意したようだ。

 聞きたいけど、そのまま双子に声をかけつつ片づけに手をつける。

 目的意識を持ったテリーの横顔は、もう不安はなさそうだ。


 ここで暗殺される気はないとか言っても藪蛇だろうし、兄らしくフォローすることはできなかったけど、正直ちょっとほっとしたのだった。

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