閑話14:レーヴァン
俺は手土産を持って、宮殿の敷地内に設けられたストラテーグ侯爵の執務室へ向かった。
「おい、酒なのか? しかもディンク酒。高かっただろう?」
さすが侯爵さま、ラベルを見もせず瓶の形でおわかりのようだ。
それだけ馴染んだ酒なんだろうが、俺なんて名前は聞いてても手にしたのはこれが初めてだった。
「奮発はしましたが、ちょっと座っても?」
「どうした?」
人払いがしてあり二人だけなんだが、それでも普段は俺も立場を弁えてる。
いつもは座らず上司相手として対応してたけど、ちょっと今日は心が疲れたんだ。
「仕事終わりで帝都まで出て、買って来たわけですよ」
小卓を挟んだ窓際の椅子が二脚あり、俺が座って話し出すと、ストラテーグ侯爵ももう一脚に座る。
「なんか表の店舗は夕暮れ前に閉まるけど、裏のほうだったらお得意さま用に開けてるって小耳に挟んで行ったんです」
「人気だからな。急に大物相手に晩餐会となれば、求める者もいるだろう」
侯爵さまの推測に、俺は疲れのまま手を横に振ってみせた。
「本当、お得意で馴染みの奴しか行かないらしいんですよ。で、いたわけです」
「誰が?」
「…………第一皇子殿下の熊の家庭教師」
俺の報告にストラテーグ侯爵も顔を顰める。
別に何したと言うわけではないし、俺はたまに無礼を責められ乱暴を受けるが今回はそれもない。
要は、思わぬ場所で会ったから、ちらつく第一皇子の影に警戒してしまうのだ。
「貴族相手に商売するような店に出入りするとは思えない相手だな」
「でしょう? 俺もそう思って聞いたんすよ。すると、貴族相手にディンク酒売り出す前からの常連だって言うんです」
俺はディンク酒でしか知らないが、熊さん曰く、ディンク酒出す前は貴族も下級相手にしか商売してなかったそうだ。
「確かにモリヤムという商人は、このディンク酒で名を上げた者だな」
「なんか怪しい気がしたんで聞いてみたんですけど、従業員も同じこと言うんです。あの方、開店当初からの店長のご友人ですよぉ、なんて」
ちょっと勘ぐって聞き回ってしまった。
そのせいで疲れもひとしおだ。
「どうも商会建てたモリヤムって商人が、軍人上がりだそうで。竜人の国の人らしいです」
「では珍しい例でもないな。この帝都は人間種が多い。他国から来た若い他種族は、まず入隊してこちらの暮らし方や言葉を学ぶことがあるのだ」
どうも、軍で生活基盤を確保し、訓練中に生活に必要な基礎知識を得る。
同時に入隊中は給料が出るため貯蓄し、訓練を終えて必要年数軍で勤めたら、知識と資格と金を持って帝都で新たに生活していくのだとか。
モリヤムという商人もそうして軍で赤熊さんと出会ったと推測はできる。
「で、店を開いたら昔のよしみで常連? その上でうまいことやってディンク酒で有名に?」
「何がそんなに引っかかっているんだ?」
怪しむ俺を、侯爵さまのほうが怪しむ。
「うーんと、まずは味見ません? あ、侯爵さまはもう知ってるんでしょうねぇ」
「まぁ、流行りものだからな。ただ早い内からディンク酒を愛飲していた者たちが、商人に無理を言ってそれなりの数を抱え込んでいるらしい。手に入れるにはいっそ店よりその者たちから譲ってもらうほうが早いという者もいた」
どんだけなんだよ。
基本爵位持ちが飲んでて、俺らのようなその下には回らない。
上と仲いいともらえる奴はご相伴にあずかれるとか聞いてはいるが。
「侯爵さまは買わないんです?」
「いくらでも飲める軽さと、酒精の強さが逆に飲み過ぎて困るから手を出さないようにしている」
それだけ美味い、そして自制心強い。
俺がご相伴にあずかれることはないようだ。
なのになんでルキウサリア王国の姫に絡むとおかしくなるんだか。
まぁ、あれは思い出に補正もあるんだろうけどな。
「俺が手に入れられるのなんて一本が限度なんで、今日は飲み過ぎる心配はないですね」
「ところが、酒精が強いからな。一本でも十分だという者もいる」
こっそり飲む用のグラス借りて一杯。
色は濁りもなく水を疑うけれど、香るハーブと確かな酒の甘味が鼻に通る。
口に含めば独特のハーブを漬け込んだ薬酒にも似た癖があるものの、爽やかな酸味が後を追い、苦みと共に喉をおちる熱がいっそ口の中をすっきりとさせた。
「…?
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