70話:弟たちとのお茶会5
楽しいお茶会を終えて、僕は改めて考える。
弟たちとのお茶会は文句なしに楽しかったし、ディオラともお茶会は楽しかった。
そうなると実はお茶会って楽しいものなのかもしれない。
「やっぱりエリクサー、完成品作ってみるかなぁ?」
お茶会では、飾りつけられた四阿に甘い匂いに包まれるほど、お菓子がいっぱい並んでいた。
けれどかつてフェルが勧めてくれたお菓子はなかったんだ。
毒性のないものを代用した不完全エリクサーは、持続的な服用で喘息らしき症状改善する。
今もノマリオラに妹の経過報告をしてもらっているけど、無理をしなければ平気で、発作が起きても、服用すればすぐに鎮静化するとも聞いた。
「体に害がある反応を抑えはする。でも完治はしてないんだよね。そこが不完全なところかな。伝説的な超回復には程遠い」
僕は今、図書室で薬草関係の本を開いて考えを巡らせていた。
ここは青の間で、元から作りつけの本棚が壁沿いに並ぶ部屋だ。
数年前はほぼからだったけど、ディオラのお蔭でいくらか本が並んでいた。
それが今では、歳費を使って定期的に本を手に入れることができるようになって本来の用途で使えるようになっている。
今日も新しい本をウォルドが持って来てくれるので、僕は図書室で待ちつつ不完全エリクサーについて考察した。
「やっぱり鉱物系を使った薬は、もっと換気だとか防護をしっかりして作りたいよね」
鉛中毒、水銀中毒なんて前世でもあったことだ。
錬金術の書物の中にはないけど、魔法関連の書物には貶める目的で錬金術の失敗例が書き残されており、その中にやっぱり鉱物を扱って死んだ人の話があった。
さすがに独学でやるにはリスクが高い。
安全面を考慮して錬金術の先生が欲しいし、そうなると思いつくのは一つ。
ルキウサリア王国にある学園の錬金術科だ。
「失礼いたします、ご主人さま。お飲み物をお持ちいたしました。休憩されてはいかがでしょう?」
「やぁ、ノマリオラ。ありがとう」
お礼を言うと柔らかく微笑むノマリオラ。
クール系とはなんだったのか。
そう思っていたらノマリオラは真面目な顔になった。
「少々お耳に入れたいことがございます」
「ルカイオス公爵?」
ノマリオラは今も二重スパイを続けてくれている。
だけど報酬を受け取らなくなった。
妹の病状改善に恩もあるし、それでずいぶん明るくなったと嬉しそうに言って。
けどどうやら一番の理由はハッカ油の作り方と一緒に、器具も渡したことが報酬を貰うどころかノマリオラのほうがお金を払うべきだと思う要因になっているようだ。
ヘルコフの甥である三つ子による、錬金術器具の習作だから気にしなくていいのに。
香水に興味があるとも言ってるし、僕のほうでも書籍求めてみようかな。
何かあったら教えてバランス取ろう、うん。
「実は先日、侍従がご主人さまに動きがないことを怒り出しまして」
「動きがないって言われても。ついこの間、テリーたちにお茶会に招かれたよ?」
「どうやらあの侍従、大聖堂での暗殺未遂事件はご主人さまの自作自演と決めつけていたようなのです」
またとんでもないことを考える人がいるものだ。
「なんで僕がエデンバル家と? それ、リトリオマスが企んでた僕へのなすりつけそのままじゃないか。だいたい犯罪者ギルドと伝手もないし、伝手作るような動きしたら真っ先に責めて来るのルカイオス公爵でしょう」
「第二皇子方に降りかかる災いは全てご主人さまに起因すると思っているように感じられます」
言いがかりが酷いけど、それも今さらだね。
つまりノマリオラに文句を言った侍従は、犯罪者ギルド検挙で僕が慌てると思っていた。
けれどノマリオラの報告にはそんなそぶりもないから、怠慢を疑って叱責したという話だ。
「ですので、私に命じられたのは見張りであって探ることではありませんので、新たに探るよう仕事を追加するようでしたら、報酬も追加をと申しました」
「したたかだね。ノマリオラの機転はすごいよ」
しかもそれは成功したらしい。
「探るにあたって何を疑い、何が問題になっているかを教えていただかなければやりようがないとも申し上げて、より良く情報を引き出す手段を作りましたことご報告いたします」
ノマリオラ、そうして相手から持ちかける形を取らせた上で情報を吐かせたらしい。
どうやら僕はとても優秀な侍女を手に入れたようだ。
けど、侍女ってこういう有能さ必要?
まぁ、僕には有用だからいいか、喜んでおこう。
「ルカイオス公爵側で近頃問題として挙がっているのはご主人さまとの接近です。それによってどうやら第二皇子に悪影響が出ているという話が出ているとか」
「え、悪影響? なんだろう? ここに来るまでに時間かかって不都合が出た? 遊びに誘いすぎたかな?」
テリーは次期皇帝で、今からすでに学ぶことは多すぎるくらいだ。
けど教育が行き届かず、今苦労してる父はもちろん、妃殿下も実学以外に教養面も鍛えたい方針だと聞いている。
「いえ、それが。ご主人さまと交流を始めてから、家庭教師や周囲の者たちに反発することが増えたとか」
「え、そんなこと? そんなの七歳なんだから当たり前じゃない? そうでなくてもテリーは正しいと思ったことははっきり主張する性格じゃないか」
「はい、探ったところ侍従が言う反発というのも、ご主人さまを貶める発言をする者を遠ざけるきらいがあるという程度のことでした」
なるほど、以前出会ったハドスとかいうやれやれ系家庭教師みたいな感じか。
あれは向こうが頭からテリーを否定して抑圧しようとしてたし、あんなのが他にもいるとしたらテリーが可哀想だ。
「テリーに聞いて、困っているようなら陛下にご相談しよう。ありがとう、ノマリオラ。君がいてくれて本当に良かった。このお茶も美味しいよ」
僕の言葉に柔らかく微笑んで一礼をする。
本当に最初の印象からは随分変わった。
そこにノックの音がして、無言で控えてたイクトが対応に出る。
連れて来たのは待ち人のウォルドだ。
「第一皇子殿下、ご所望の書籍はこちらで合っていますか? 自然哲学における数字的理解」
「そう、これこれ。参考文献で載ってたけど、帝室図書にはなかったんだ」
僕は子供には大きすぎる本を受け取り机に置く。
これは自然現象を数字で表そうという試みの本で、つまりは科学に近い考え方になる。
そして哲学を謳うだけあって、自然状態の人間の本質とはという精神論も載っているようだ。
僕は前書きや目次を見てウキウキ。
ただ歳費で手に入れウォルド本人は困惑した様子で僕を見ていた。
「第一皇子殿下は、本当にこのような難解な書籍から錬金術を?」
「読んだんですか? 内容の理解は?」
イクトが聞くと、ウォルドは首を横に振る。
「数字とは言っていますが、ほとんどが感覚的で理念を語るもののように思えました。形而上のことで、実際に技術として落とし込むことは不可能に思えます」
「ですが、ご主人さまはそちらのお部屋にこうした書籍から学びえた知識で多くを再現しておられます」
ノマリオラの指摘にウォルドもそこは頷くので、思い出した。
「あ、そうだ。ウォルド、これあげる。興味持ってたでしょ」
僕は小瓶に入れた四色のエッセンスをポケットから取り出す。
実はウォルド、このエッセンスでヘルコフが作業してるのをちょっとうらやましそうに見ていて、その時やってみるか聞いたけど辞退されたんだよね。
でもこうして重い本を運んでもらってるしと、もうさっさと渡そうとこうして用意しておいたんだ。
「これも帝室図書にあった記述から再現したものだよ。作るだけなら魔法使わないし、効果を出すためにも魔法はいらない。誰でも使えるのが錬金術だ。財務官として報告あげるんだし、一度自分で試してみて」
「それは、いえ、ですが…………」
断りそうだけど、目はエッセンスに釘づけだ。
もう一押しかと思ったら、ノマリオラがつかつか寄って行って、あっという間にウォルドの頬を触る。
「熱を持っています。赤面する程度には喜んでいるようですので、ご主人さまが気になさる必要はないかと」
「あ、そうか。血色透けないけど触ったらわかるよね」
色黒でわかりにくいけど、赤面するくらい喜んでくれたようだ。
なのでもう小瓶を手に握らせる。
「ご主人さま、それともう一つお耳に入れたいことが」
スパイ活動の報告は途中だったらしい。
「ルカイオス公爵がユーラシオン公爵と密談を持っているかもしれないと」
ビッグネーム二人にウォルドはぎょっとする。
僕もその二人が並ぶと、いいことなかった記憶で眉間にしわが寄ってしまった。
定期更新
次回:北の兵乱1