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69話:弟たちとのお茶会4

 僕は袖の重なり方や、裾が曲がってないか確かめながら庭園を歩く。


「アーシャ殿下、大丈夫ですよ」

「うん、そうなんだけど。落ち着かないっていうか…………」


 苦笑するイクトに照れながら、僕は口元がにやけていた。

 それが恥ずかしくて、照れてまた無闇に服装を確かめてしまう。


 落ち着きなく庭園を歩く僕が着ているのは、青緑の落ち着いた礼服だ。

 上下揃いのジャケットとズボンに、黒いベストで大人っぽく、けど濃い黄色のシャツで華やかさも出るという、妃殿下コーディネートのおしゃれな出で立ち。


 それというのもなんと、今日、僕は…………弟たちからお茶会の誘いを受けたのだ!


「ウォルドに頼んでおいた香水が間に合ってよかった」

「えぇ、恥ずかしながら名前だけの私よりもノマリオラ嬢はこうした礼法に関しては身についているようで」


 イクトは本来、警護として黙って僕の周囲に危険がないかを確認するのが仕事なんだけど。

 僕の落ち着きのなさにつき合って、会話を続けてくれた。


 侍女のノマリオラに言われたのは、飲食の場に強い臭いの香水はお勧めできないという助言。

 以前、ルキウサリア王国の姫であるディオラい会う時には、薔薇の抽出液を使った。

 あれはノマリオラが気を利かせて、うるさくならない程度に調整してくれていたそうだ。


 その時はまだ僕に恩はなかったので、言われたことを言われたまま、自らの落ち度として後で責められないよう仕事をしただけだったそうだ。

 ひたすらお金を貰う仕事に真面目だったんだろうけど、その時点で有能だと思う。


「今回は僕を気遣って言ってくれたから、ウォルドも身支度のための消耗品も歳費で賄えるって教えてくれたし」


 お茶会への招待の手紙を三人の弟たちはわざわざ手渡してくれた。

 それで服についてはノマリオラからアドバイスをもらい、僕が香水とか身だしなみに関してほぼ何も持ってないと知ってウォルドが対応してくれたのだ。


 どちらも仕事に真面目で、閑職に回されたり、公爵の手先からの二重スパイだったり申し訳ないけど、いい人が来たなと思う。


「あちらも待ちきれずにいらしているようです。アーシャ殿下、そろそろ落ち着いて」

「う、うん」


 また無意識に服を弄っていたことを指摘され、僕は照れくささを笑いで誤魔化して前を向く。

 すると僕にも軽く忙しない足音が聞こえた。


「あ、兄上!」

「兄上だ!」

「やぁ、ワーネル、フェル。今日はお招きありがとう」


 元気な双子は今日、同じデザインだけれど白と黒で色違いの服装だ。


「今日はね、僕たちも兄さまを手伝ったの!」

「お菓子を選んでね、お皿を選んでね、あ、お花も選んだ!」

「わぁ、楽しみだな」


 僕は二人と手を繋ぐ。

 ついて来ていた双子の警護や侍従はもう咎めない。


 会うたびにやってるしね。

 ただ逆に僕の両手を塞いで安心、とか思ってるかもしれないけど。


 双子を連れて目的の四阿へ向かう。

 ここはかつて双子が迷子になった場所だった。


「どうしてここにしたの?」


 僕が思わず聞くと、当時は大粒の涙を流すことになったワーネルとフェルは笑顔で僕を見上げた。


「兄上に初めて会った所だから!」

「あの時のお礼もあるから!」


 アレルギーで倒れて大変なことになり、二人はもちろんテリーも大泣きしていて、泣かせたのは僕だ。

 けど、こうして笑顔で嬉しいことを言ってくれる。


「嬉しいなぁ。僕もあの日、二人に会えてすごく嬉しかったんだよ」

「うん、えへへ」

「僕たちもうれしい」


 照れたようにワーネルが笑うと、素直に気持ちを伝えてくれるフェル。


「兄上! …………良くおいでくださいました」


 四阿から駆け寄ってきたテリーが、思い出したように立ち止まって仕切り直す。

 なので僕も応じて、一度双子の手を離した。


「今日は招いてくれてありがとう、テリー、ワーネル、フェル。とても楽しみにしていたんだ」


 本心からそう言えば、弟たちも笑顔で頷いてくれる。


 改めて双子に手を引かれ、僕は四阿へ。

 白い化粧石で覆われた四阿の段差に足をかける。


 そんな僕を咎める声はなく、責める視線もない。


(あぁ、僕はここにいていいんだ)


 ちょっと一人で感動してしまう。

 だって前は近寄ることも憚られた場所だ。


 花や布で飾られた四阿、磨き上げられた食器の数々と手間暇をかけただろう豪華なお菓子。

 この光景を見て、以前は眺めるだけしかできなかったのに。


「兄上、こちらにどうぞ」

「僕そのお隣!」

「僕もお隣!」


 席へ案内してくれるテリーは頑張ってホストを演じるのに、僕の手を放さない双子はわちゃわちゃと浮かれ騒ぐ。


 僕はあの時イクトに言った。

 こんなお茶会ができる弟に成り代わりたいんじゃなくて、一緒にいられたらいいんだと。


 まさに今、僕は一緒にこの場にいられている。


「兄上、何食べる?」

「その前にお茶だ、フェル」

「あのね、ミルクいっぱいが美味しいよ」


 テリーが諌めるとワーネルが勇んでおすすめを教えてくれる。

 どうやらお茶も複数選んで用意してあるらしい。


「僕はあまり詳しくないから、おすすめがあれば教えてほしいな」

「兄上、知らないことあるの?」

「兄上、なんでも知ってるのに?」


 双子が嬉しいことを言ってくれる。

 これは、僕がお兄さんとして上手くやれている証拠なのでは?


 けど見栄を張って恥をかくのも嫌なので、ここは素直に白状しておこう。


「食べ物にはあまり詳しくないんだ。食べたり飲んだりしたことのないものは多いよ」

「そうなの? だったら僕が教える!」

「僕! 僕も教えるよ!」


 二人が大興奮しながら止まることなく喋り始める。

 僕も今は子供だけど、このエネルギッシュさはすごい。


 比較してテリーが静かなのでそっと窺うと、向こうも僕を窺っていた。


 やっぱりテリーは聡いなぁ。

 今の発言で僕の不遇を察してしまったらしい。


「テリーは、何がおすすめかな? 教えてくれると助かるよ」

「うん…………うん、教える。僕が兄上を助けるよ」


 テリーも気を取り直してくれたようだ。

 本当に好みでお勧めする双子と、どんな味で何と合わせるといいかという知識と一緒に教えてくれるテリー。


「もしかして、生産地も全部覚えてるの? すごいね、テリー」

「その、用意する時に、説明してもらったから」

「ちゃんと聞いて覚えたんでしょう? その上選んでくれたんだったら全部おすすめってことだよね。最初に飲むのはどれにしようか迷うな」

「あのね、僕ね、ミルクたっぷり入れるマッサの好き!」

「僕はね、甘い匂いのするリンゴのが好き!」


 マッサは覚えがある。

 父の側近のおかっぱに出題された紅茶の産地だ。

 つまり帝室に献上されるくらい上質な紅茶を、好き嫌いで語れるほど双子は飲み慣れているらしい。


 マッサの紅茶は美味しかったけど、ここには知らないことを教えてくれる弟たちがいる。

 だったら知らないものから手を付けたほうがきっと楽しい。


「リンゴはフレーバーティかな? だったらそれからいただくよ」


 確認でテリーを見ると頷いてくれる。

 どうやらお茶には何を最初に飲むとかいう決まりはないらしい。

 日本の茶道みたいに堅苦しいことがなくて一安心だ。


 お腹も満ちて、話も弾み、双子がエネルギー切れを起こして後から聞いた話だけど。

 実は三人で選びきれなくて複数用意することになったそうだ。

 本来こういうお茶会のお茶は、数を用意しないということをテリーが照れながら教えてくれたのだった。


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