68話:弟たちとのお茶会3
「うーん? どうしてだろう?」
この日、僕はエメラルドの間で首を捻っていた。
「失礼、アーシャさま。少々ご相談が…………どうされました?」
入室して来たウェアレルが、三つのフラスコを前に首を捻る僕に問いかける。
一緒に部屋にいたヘルコフは、お手上げとジェスチャーで示した。
イクトは扉を開けに行ってたので、ウェアレルと戻って来ており事情は知っている。
「セフィラ・セフィロトを再現しようとしていたのでは? 何か問題がありましたか」
イクトは途中まで見てたので、ずっと見ていたヘルコフが応じた。
「それが全くできなくてな。一つなんて完全に靄も消えたぞ」
三つのフラスコの内一つはからだ。
他二つにはまだ正体不明の薄い煙、もしくは靄が漂っている。
空気を理科実験で分解した結果、残るこれがセフィラとして喋り始めたのはもう四、五年前のこと。
ちなみに残った二つの内、一つは上下さかさまに器具で固定してる。
けれどフラスコの丸い部分に靄は滞留し、重力が働いていないか、浮力を持っているかという新たな疑問を生じさせていた。
ただ一つ確かなことは、かつてのセフィラのように話しかけてはこないこと。
「アーシャさま、どうしてまた三つも?」
「テリーたちにもいたら、敵を事前に捕捉できるんじゃないかと思って」
セフィラは一人しかおらず基本僕の周りにいて、そうじゃなければ探究心で徘徊してる。
弟たちの様子を見てもらってた時もあるけど、本人が探究を求めるんだ。
だから弟たちを守る専用の知性体がいたらと思ったんだけど。
「知られてはまずいのでは? 子供のことですし、口を滑らせる可能性もあります」
「そこはご本人にも言わず貼りつかせるのみと。さすがに不可視、不感知の存在を生み出せると知られるのは警戒されるので」
ウェアレルの懸念にイクトが無許可でストーキングさせるつもりであることを告げる。
僕としてはそっちのほうが申し訳ないんだけど、誰に相談しても角が立つと言われた。
だいたい僕と違って嫡男のテリーたちは、がっちり複数の守りが敷かれてる。
そこを蔑ろにして、僕が錬金術の成果であるセフィラを送り込むとなると、お前ら信用ならないんだよと言ってるも同じ。
大聖堂のことは、固めた守りの内側に味方のふりして敵が入り込んでいたせいだ。
だからこそ余計に気を尖らせている中、無視してセフィラと同種を配置するのは喧嘩を売るようなものだった。
「結局失敗だけどね。話しかけても全然反応がなくて。日数が必要なのかな? できるだけあの時の再現になるようにやったんだけど」
フラスコの周りを回っていた球体上に光るセフィラは、台の上に普通に置いているフラスコの上にとまる。
「経過を見るだけなら二つは不要と推測。身に触れての解析の許可を求む」
「セフィラでも外からじゃわからないか。うん、いいよ」
ずっと走査して、セフィラ自身も興味津々だった。
それでもわからない上でまだ探究心は満足していないらしい。
僕はセフィラが乗っていたフラスコの口を開ける。
ずっと開けてると、靄は風でも受けたように口に昇った。
それを待つかと思えば、セフィラは開いたフラスコの口にまた乗り、そして見る間に靄がセフィラに吸い込まれて消える。
「…………え!? 食べた?」
驚く僕に側近たちも目を瞠る。
当のセフィラは弱く明滅して反応なし。
心配で見つめていると光が衰えるように弱くなったので、慌てて声をかけた。
「セフィラ、どう?」
「私のように自己を確立しておらず、ただあるもの。これでは主人と学ぶ以上の経験値にもならないと断言」
「経験値って。私のようにってことは、自己を確立するきっかけさえあればセフィラみたいになりそう?」
「現状未知数であることに変化なし。また私のように学ぶことへの欲求を強くするかも不明。主人に従う意思が芽生えるかも不明」
「まず知性体になるかがわからないし、なったとして従順かもわからないと。そして育てる手間か。テリーたちを守ってくれたらと思ったけど、すぐにどうにかできる問題でもないみたいだね」
セフィラも数年がかりで今がある。
その上知性体になるきっかけもよくわかってないし、セフィラ自身もわからないらしい。
「うん、だったらこれは様子見で。テリーたちのほうの安全はやっぱりストラテーグ侯爵経由で目を配ってもらうしかないか」
ただどうも、そのストラテーグ侯爵も大変なようだ。
犯罪者ギルドの解体で割を食う汚職役人たちやその関係者が、先頭に立つストラテーグ侯爵を攻撃しているという。
ルカイオス公爵も犯罪者ギルドの解体には賛成なので、足並みそろえることで手痛いことにはなってないらしいけど、精神的な疲労が重いというのがレーヴァン情報。
うん、それはいいや。
「それで、ウェアレル? 何か僕に相談って」
「あ、はい。実は個人的な研究の結果、こういった物ができまして」
ウェアレルが腕に抱えた箱を降ろす。
蓋を開けると中には二つの水晶玉が傷つかないよう綿で梱包されていた。
どういう技術か、水晶の中に魔法陣が刻まれ、四角い箱型を描いている。
「仮称、魔術伝声装置。この中に仕込んだ魔法の術式を通すことで、水晶に魔力を通す間、もう片方の水晶を持つ者の声を伝えるという物になります」
ウェアレルの説明って、もしかして電話?
え、しかもいきなり無線?
目を瞠って驚く僕の横で、ヘルコフも感嘆する。
「すごいじゃねぇか。何処までの距離通じるんだ?」
「すごいと言えばすごいですし、ルキウサリアまでは通じました。ただこれはアーシャさまが小雷ランプの解明と、音について教えてくださった知識があってこそのものです。もちろん他にも問題はあります」
ウェアレルはかくれんぼの時、僕が音の性質をセフィラと話し合っていたのを聞いて考え、こうして形にしたそうだ。
その上で存在する問題は、魔力の消費が激しく、水晶を持つ者同士が同質の魔力でなければいけない、風属性の魔法を使えなければいけない、音声が悪い、事前に時を約束しなければ通じないなど色々。
「私ではこれ以上の改善はできませんでした。アーシャさまなら何か解決の糸口をお持ちではないかと」
「すごいすごい。問題があっても通じるってわかっただけでもすごいよ」
正直もっと時間かけなきゃ電話なんて無理だと思ってたのに、魔法を使えばすぐにこんな形にできるなんて。
グラハム・ベルもびっくりだ。
「送受信はできてる。そこに風属性は音声と波及に必要として、同質の魔力ってことは、この水晶同士が個別に識別できる波長が使う側にも必要なのかな。声よりもまず信号送って安定計ったほうがいいだろうけど。だったら文字打ったほうが確実だろうし」
「仔細求む」
なんかセフィラも興味を持ったらしい
けどモールス信号とかメールとかは通じないだろう。
僕は例示できる似たようなものを考えて、金の間を思い浮かべた。
「あれだ、ピアノ。ピアノの鍵盤みたいに、ここ押せば、もしくは起動すれば同じ音、もしくは文字? そんな風に先に機能を限定して安定化したらどうかな。いっそ、この水晶に手動で打つようにしたいけど。そうすれば属性や魔力の質はまず除外。水晶同士が送受信するための術式に専念することで確実性を増したいな」
僕が考えを説明すると、もう音声を発することをしなくなったセフィラが、僕の案を可能にする術式を提案し始める。
僕はセフィラの提案を紙に書きだした。
ついでに僕が考えつく錬金術の道具も提案する。
「確か魔力を同調させることに役立つ音叉みたいなものを作った記録があったな。あれは錬金術で作った魔力の増幅装置を、安定させるために同調させて倍化っていう手法のために使われてたけど。たぶんこれにも使えるはず。それに今考えてるエッセンスでの属性付与。これができれば最初から風の属性を魔術伝声装置に付与した状態で使えると思う」
考えると楽しくなってきた。
ウェアレルが言うように、小雷ランプの構造を思うと魔法と錬金術を両立することで実現可能な気がする。
魔法は持続性がないけどそこを錬金術で補うんだ。
「これ全部組み込むのは難しいだろうから、バランス見て水晶に術式組めば音声は難しくても一言なら確実に伝達できるんじゃないかな?」
まだまだ前世ほどの利便性には遠いし、メールとも言えなければ手紙にも劣る。
思いつきだとこの程度だ。
「あ、けど僕友達少ないから、これ作ってもあんまり使いどころないなぁ」
「いやいやいや、なんで手紙代わりにしようとするんです。こんな大発明?」
「ヘルコフどの、そこがきっとアーシャさまの純粋さですよ」
「これ、どう考えても軍需品としての需要が大きいですよ?」
イクトが不穏なことを言うんだけど、どうやら他も同じ意見らしい。
ウェアレルが作った物より実用的で、ちょっととんでもないことらしいのでお蔵入りだ。
どうやら僕は、情報戦を制する兵器を提案してしまったようなものらしかった。
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