67話:弟たちとのお茶会2
本棟のほうに行ってお茶会をすることにも慣れ、最近はテリーの魔法の練習を見ることも増えた。
「うぅ…………はぁ! 駄目だ、三つが限界。それに兄上ほどきれいに並ばないし」
「この短期間で三つ並べられただけでもすごいよ、テリー」
テリーは火花を散らせるだけの初級魔法を、三つ頭の高さに浮かべて並べた。
上下の高さにばらつきあるけどちゃんと間隔を取ってるから、三つともが魔法を発動する。
「兄さま、パチパチしてるよ」
「キラキラもしてるよ、兄さま」
「でも、兄上があの時やった魔法より精度は低いし、僕はこの状態で走れる気がしない」
双子が手を叩くけど、テリーは不服なようだ。
セフィラを使った僕と比較するのはちょっと違うんだけどね。
「僕はほら、テリーより三つ上だから。今これなら、テリーは僕の歳にはもっとすごいことができるようになってるよ」
「もっと…………? うん、頑張る」
慰めたつもりがやる気になってしまった。
素直に受け入れてくれるのは可愛いけど、根を詰めすぎないでほしいな。
「今日はもうおしまい。妃殿下がお待ちだし戻ろう」
妃殿下は先に部屋に戻り、僕たちが休んで喉を潤せるよう準備してくれている。
もちろんこの練習場所には、警護もいれば僕の魔法の先生であるウェアレルも一緒だから安全面は大丈夫。
元教師だけあって、ウェアレルは僕より教えるの上手かったしね。
ともかく今は消耗しているテリーを室内へ、そう思ったらそこに人が現われた。
警護や廊下の衛兵なんかが止めないその人物は、見た目貴族風の人間の男性。
「ハドス先生、どうしたんですか?」
どうやらテリーの知った相手らしい。
聞けばテリーの魔法を見ている家庭教師だとか。
ここへの出入りは許可されているため誰も止めずにやってきたようだ。
ただ口元は笑顔だけど目が笑ってないし、こっちを値踏みするような感じがする。
「いったい何をしているのかと思えば、なんと無駄なことを」
やれやれと首を振る姿には、侮りと嘲笑が確かに感じられた。
「そんな初級の魔法などできて当たり前。しかも初級などというものを数? 非常識極まりない。テリー殿下に余計なことを教え込むのはやめていただきましょう」
上からだし誰かよくわからない相手だから対応すべきか迷う。
僕が見ると、テリーは一つ頷いて前に出た。
「僕が願って教えを乞うています。それに今はハドス先生の授業時間ではないでしょう」
またそれにもやれやれと首を振る。
「これもテリー殿下のためを思って言っているのです。わかりませんか? あなたに無駄な時間を使わせ、浪費する小賢しい考えが。そして頭のおかしなことを真面目に取り組ませるという奇行をあえてさせている。あなたが愚者と謗りを受けることを狙っている卑劣な罠なのです」
「それは前にも聞きました。その上で、僕は兄上の技術に感銘を受けて教わってるんです。実際ハドス先生もできなかったじゃないですか。無駄かどうかは僕が決めます」
テリーははっきりと大人相手に物が言えるようだ。
そう言えば二回目に会った時には、僕にも強気で相対した。
怯えの裏返しだけど、しっかり言い返す気概があるのはやっぱり帝王学とかそういう教育の賜物なのかな。
そこで問題なのは、ここをテリーに任せるべきか、口をだすべきかってことだ。
周囲の反応を見ると、ウェアレルが合図を送って来てたから頷いて見せる。
「失礼、テリー殿下。アーシャさまにお教えしているのは私ですので、私が対応しても?」
「もちろん」
またやれやれの奴が首振ってるけど、ウェアレルの表情は冷たい。
「まずは第一皇子殿下への言われない誹謗への謝罪の意志があるかをお聞きしましょう」
「図星をさされたからと言って、こちらに責任転嫁ですか。それにあなたが教えた? かつては学園の九尾とほめそやされた才人がずいぶんと落ちぶれたものだ」
九尾? なにそれ?
そう言えばウェアレルってふさふさの尻尾ととんがり耳がある。
はっきり聞いたことなかったけど、もしかして狐の獣人?
…………緑の狐かぁ、惜しい。
僕が余計なこと考えている間に話は進んでいた。
「できもしないことを無駄とはまた短絡な。自身の発言が正統性もないどころか害ある流言飛語ともわからない残念な思考しかないことを憐れに思いますがね」
「詐術を偉そうに。できるわけもないことをさせておいてそちらのほうが恥を知らない行いでしょう」
やれやれがイラッとして言い返すと、ウェアレルは誰もいない方向に手を伸ばした。
そして現われるのは三つ真っ直ぐに並んだ火花の散る魔法。
ただしウェアレルは風属性で、火属性は使えない。
だから今散る火花は風属性をきわめてつかえる雷の魔法のごく簡単なもの。
静電気を散らして火花を起こしていた。
「テリー殿下、ご覧になったアーシャさまの魔法はまだ多かったですか?」
「う、うん、もっといっぱい」
応じてウェアレルはさらに三列増やす。
実際は横並びだったんだけど、ウェアレルは正方形になる形で九個の魔法を出した。
もちろん打ち消し合わずに全て発動し、火花が綺麗に広がる。
「きれい! 青いよ!」
「キラキラ! パチパチ!」
双子が喜ぶと、テリーも目を輝かせて腕を広げた。
「兄上はもっと広かったよ!」
するとウェアレルはさらに三列を二つ増やした。
つまり十六個もの魔法を同時に制御している。
(僕も余裕ないから数えてなかったけど、あの時、セフィラ幾つだしたの?)
(固まっていたこと、火花が散る範囲から安全面を考慮し十個の魔法を)
テリーも喜んでるけど、明らかにセフィラより多いよ。
あともう初級の魔法じゃなくなってるし。
これは確実に僕やテリーでは再現不可能だ。
もっと魔法を習熟しないと、無理。
「多いよ、ウェアレル。あの時は十個を横一列に出しただけなんだ」
「おや、そうですか。では出し過ぎて危険もありますし、この辺りで」
ウェアレルはなんでもない風を装って魔法を消すけど、たぶん相当頑張った数だ、あれ。
そして魔法が消えて空気が焦げるような雷独特の臭気も和らぐから、詐術なんかじゃない。
ハドスとかいう教師はまたやれやれしてるかと思ったけど、目も口も見開いて固まってた。
「これを見て、無駄だというなら、あなたは決定的に物事の本質を見る目がない。ごく少量の魔力、ごく簡単な魔法、そして精密な操作。これを使えばまだ幼い方々でも十分に身を守れる」
「そ、そんなことは必要ない! テリー殿下は常に守られている!」
さすがに白っとした空気が周囲に満ちた。
実際襲われたし、これで身を守ったって言うのにね。
「では、使えもしない破壊魔法でも教えますか? 派手で威力ばかり強く、近くにいる者もろともに巻き込む魔法を? 難易度が高いだけの魔法を教えてなんになります。そんなもの、基礎的な操作能力と精神の涵養ができていなければ無用の長物です」
実は現在の魔法、威力が強くて派手なものが好まれる。
錬金術の衰退の理由を調べる中で魔法も調べたんだよね。
使いやすさや効果の速さ、そして魔物を倒せる威力が求められた結果らしい。
しかもウェアレルに聞いたところ、実際に使う予定のない貴族子弟ほど、実用性を無視して派手さや難易度を求めるそうだ。
「こんなの詐術だ! 魔法でこんなことできるわけ!」
「先生、そこまでにしてください。こちらは妃殿下をお待たせしているんです」
ハドスが激高したところで、間に入ったのはテリーの警護だった。
大聖堂にもいた人で、その動きから静観していた他の警護も大人げなく興奮するハドスを遠ざける方向で対応を始める。
大聖堂から軟化してる気がしてたけど、どうやら気のせいではないようだ。
あそこで戦った警護四人は、無闇に僕を睨むことはなくなったし、イクトの指示も素直に聞くようになっている。
「…………僕も、兄上の先生に教えてほしい。九尾って、ルキウサリアの学園で最高峰の成果を収めて卒業した九人って聞いたよ」
「そうなの、ウェアレル?」
楽しそうな話の気配に僕も聞いてみる。
するとウェアレルは落ち着きなく三角の耳を揺らした。
「昔のことですし、話題性のために誇張も入っています。何よりテリー殿下、あなたさまが学ぶ内容は、将来必要であると求められてのこと。容易く周囲の者を替えることはできますまい。まずは陛下にご相談なさいませ」
ウェアレルは大人らしく婉曲にお断りをする。
父のほうから打診が来てもそっちは直で断れるしね。
「いっそ僕は全員替えたい。兄上の話をすると否定するばかりで、誰もまともに話を聞かないんだ」
「考えは人それぞれだから、自分とは違う考えに耳を傾けることも必要だよ。まぁ、聞きすぎても疲れるから、この人はそういう人で自分には関係ないって割り切るのも手だけどね」
僕は諭しつつ、口元が緩む。
僕のいないところで僕を思ってくれるとわかって、にやけてしまったのだった。
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