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7話:侯爵の手2

 弟に会えたけど面倒なことになった五歳児です。

 けど錬金術という趣味ができて外に出なくても会う人変わらないし問題なく六歳になりました。


「こっちは科学じゃないなぁ」


 僕はエメラルドの間で、相変わらず本は借り物のまま錬金術で遊んでいる。

 それでも何度も目を通して実験を繰り返し、なかなか真面目に錬金術してると思う。

 それにウェアレルのお蔭で器具だけは揃ってるから趣味にしても本格的だ。


 で、問題はこの世界には魔法に関わる魔素という科学では説明できないものが存在すること。


「こっちのビーカーに入ってるのは蒸留水。これは僕が蒸留装置を使って作った、いわゆる科学の産物」


 液体を気体にして、また液体にすることで不純物を取り除くという理科実験でもおなじみの手法だ。


 僕は同じ形の空のビーカーを手に取り集中した。


「…………水」


 言葉だけで水が指から、蛇口をひねったように溢れる。

 僕はまだ初歩だけしか魔法を教わっていない。

 それでも慣れるために長ったらしい呪文が必要だと言われて練習した。


 けど同時に魔法使いのウェアレルは僕の年齢に見合わない賢さを評価し、もっと簡単なコツを教えてくれた。

 反復練習と呪文は、魔法が望むとおりの現象として起こるよう想起させるためなんだそうだ。

 イメージが固まらないとまず水として現れないし、疑いや迷いがあると持続しない。

 つまりは元から水がとめどなく、適量出るイメージがあれば呪文がなくても扱えるんだ。


「蛇口と水道ってもとの世界でも最近の発明なんだよね。あ、いや、古代ローマにはあったんだっけ?」


 聞いたらこの世界には蛇口に似た物はあった。

 ただ僕の知る蛇口よりも単純な造りで、つまみのついた水道の栓が近いようだ。


 そして問題の魔素。


「錬金術初級編、魔素量を計る試験紙を使ってみよう」


 言いつつ、僕はリトマス試験紙みたいな黒い紙を取り出した。

 蒸留水につけると変化はないのに、魔法で作った水に入れると紙が白っぽくなる。


 これは見た目がただの水なのに、性質に違いが出ている証拠だ。


「まずこの紙を作るのも錬金術の一種って、うん、僕が知る科学に通じる錬金術とはやっぱり違うね」


 一番顕著なのは、ウェアレルからもらった器具の中には魔力を注ぐことで起動させるものもあること。

 他にも密閉した容器の中に魔法を発生させて化合させるというとんでも実験のやり方もあった。


 ただ今のところ僕は魔法を使い始めたばかりで不得手。

 そして帝室図書には錬金術の教科書などない。

 試行錯誤だけど、試行錯誤するための材料が足りない状態だ。


「この蒸留水と魔法で作った水勿体ないな。違いがあるなら実験結果にも変化あるだろうし、何かわかりやすい検証方法を…………これで塩の結晶でも作ってみれば面白いかも」


 小学校の理科の実験を思い出しつつ、必要な物を考える。

 割りばしの代わりの棒に糸に、塩の分量はわからないけど同量になるようにちゃんと秤と分銅を使おう。


 僕はエメラルドの間から出て赤の間のほうに向かった。

 ハーティが寝泊まりしていい部屋として提供してある場所で、実験道具の確保をお願いしようと思う。

 けどそっちに向かったらちょうど青の間の辺りでハーティと出会った。


「ハーティ、頼みたいことがあるんだ。実験で塩が欲しいんだけど手に入る?」

「えぇ、それは。けれどアーシャさま、今日はまだ誰もいらしていないのです」


 言われて僕は無人の青の間を覗き込む。

 ここは家庭教師であるウェアレルとヘルコフや警護のイクトが待機場所にしてる。

 僕が起きて朝食を終えた頃に来るんだけど、今日はもう朝食終えてちょっと錬金術をしていた。

 それでもまだ来てないそうだ。


 そう思ったらドアが叩かれ、見に行くと三人揃ってやってくる。


「遅かったね。何かあった?」

「これはアーシャ殿下。着任が遅れましたことお詫び申し上げます」


 イクトがまず謝罪しヘルコフが分厚い肩を竦めた。


「それがどうも俺らみんな殿下のことを探られたようでしてな」

「僕?」

「ここに来るまでにお互い足止めされていた経緯を話し合ったのですが、どうもそうらしいと」


 ウェアレルは困ったように獣耳を下げる。


 探られても痛くないし、特に野心もないし帝位に興味もない。

 ただ僕を利用しようという人がいるのは聞いてる。

 それに弟のテリーにつく警護が疑心暗鬼で僕に剣を向けそうになったことも忘れてない。


「ちなみに誰から? イクトとヘルコフはともかくウェアレルはここに知り合いいるの?」


 イクトは宮中警護の宮仕えで、ヘルコフも元軍人で軍関係の貴族とは知り合いもいるだろう。

 けれど貴族にも知り合いはいなさそうなウェアレルまで探られたという。


「以前学園で教えていた貴族子弟がいないこともないですが。私に声をかけて来たのは魔法を専門とする宮廷学者でした」


 ウェアレルに続いてヘルコフとイクトも様子を語る。


「俺のところには軍あがりだな。貴族の家継がない奴は軍に入ることはよくあるんで」

「私は出勤の後着任しようとするのを邪魔されました」

「何聞かれたの? 探るも何も、僕は何もしてないしなぁ」


 側近たちは顔を見合わせた。


「六歳にして魔法を学び出したことを話しましたね」

「骨柔いし、剣術はまだ早いんで動きの練習だけってのは言ったな」

「何ごとにも意欲的な方ということはお話しました」


 褒める方向に話をしてくれたらしいけど、それはよろしくないかも?


「探った人たちに僕を利用するような考えはありそうだった?」


 職業的に探りに来た人に共通点がないのが気になる。


「それだけバラバラに声をかけてるってさ、これが一人の声かけで動いてるとしたら面倒かも。それだけ多様な人を動かせる人物なら、影響力もあるってことだよね」


 僕自身はいいけど問題は父だ。


「父が帝位に就いて三年。ようやく色々手を出せるように地盤を固めて動き出してるのに。足を引っ張りたい人が僕をテリーの対立候補にしたくて探ってることもあるでしょう」


 そうなると褒められては困るんだ。

 僕のほうが優秀で皇帝になんて騒がれてもうっとうしい。


 妃の実家の公爵家はだいぶナイーヴになってるみたいだし。

 それをさらに刺激して、僕の後ろ盾をしている父の動きを鈍麻させる狙いもあるかも。


「「「「…………その賢さが…………」」」」


 ハーティをはじめ全員の声が重なる。

 言われた僕だけじゃなく、本人たちも驚いて目を見交わしてた。


「えっと…………僕、今目立つことしてる?」


 部屋に籠ってるほうが多いんだけどなぁ。


 するとウェアレルは咳払いを一つして懸念を上げた。


「図書利用は記録に残っています。それを見ればアーシャさまが大人でも驚くほどの書籍を読んでいらっしゃるのは目に見えることでしょう」

「あ、なるほど。…………図書利用、控えます」


 僕は断腸の思いで告げる。

 ただ言ってて自分で落ち込むなぁ。

 それでも家族の足を引っ張るくらいなら我慢しよう、うん。

 僕はお兄ちゃんだ。分別あるよ。


「僕は目立たない方向で過ごすよ。みんなもそういう風にお願い」

「よろしいのですか?」


 なんだかハーティがすごく悲しそうな顔で確認してくる。

 僕は言葉にするのも照れくさくて微笑み返した。


「だって邪魔はしたくないんだ」


 僕の気持ちを聞いた側近たちは黙る。

 わかってくれたようでそれ以上は言われなかった。


 ただ、僕さえ我慢すれば上手くいくなんて考えは、甘かったようだ。

 そんな風に軽く構えてたらやられた。


「え!? イクトに配置替え!?」


 突然の話が舞い込んだのは、目立たないようにって話してから何日も経っていない時だった。


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