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59話:クール系侍女4

「で」

「で」

「「できたー!」」


 僕はエメラルドの間で、ウェアレルと同時に両手を上げて万歳をする。

 そしてお互い顔を見合わせハイタッチ。

 あ、ウェアレル上背あるから中腰になって手をおろしてくれた。


「おう、どうしたどうした?」


 僕たちの大声にやって来たヘルコフは、今日遅めの出勤で本当に来たばかり。

 イクトがドアを開けに行ってて一緒に戻って来てる。


「おや、修繕できたのですか。小雷ランプ」

「あ、光ってる。それ、昨日ハーティから送られてきたやつですか?」


 イクトに言われて、ヘルコフも作業台の上で光る小雷ランプに気づいた。


 昨日の夕方、再婚して帝都を離れた元乳母のハーティから包みが届けられた。

 開けると、中には壊れた小雷ランプが二つ。

 イクトが想像したとおり、田舎の屋敷に壊れたまま死蔵されていたそうだ。


 見た目は豆電球のついた、壁につけるタイプの装飾がほどこされたランプ。

 その壁との設置部分に基盤のようなものがあり、一つは電球の中のフィラメントが切れてるだけで直せそうだった。


「うん、通電のいい銅線を張って、一時しのぎの代用だけどね」

「真空にするのがちょっと大変でしたね」

「これ魔法部分と、錬金術でわかる部分に別れてたから。ウェアレルに手伝ってもらったら上手くいったんだよ」

「いやぁ、まさか小雷ランプが錬金術と魔法の複合技術だったとは驚きました」


 僕は楽しくなって説明し、ウェアレルもほくほくで頷く。


 ただイクトとヘルコフは困った様子で顔を見合わせた。


「それ、ルキウサリアの学園に送って直させるんじゃなかったんですか?」

「もう殿下が発表なさってはどうです?」


 あ、忘れてた。


「えーと、だったらウェアレルが魔法部分解説した手紙送って、ここから先がわからないーみたいに言ってみたらどうかな。僕が発表したって普及邪魔される未来しか見えないし」

「そ、そうですね。ですが、アーシャさまのことも少々書きますよ? さすがにこれ、私だけで錬金術との繋がり気づけませんから、向こうもいぶかしむでしょう」


 浮かれてたウェアレルと相談し合って、もう一つの壊れてるほうを送ることにした。

 こっちはフィラメントが無事で、基板のほうが劣化して壊れてるようだ。


「よし、大丈夫かな?」

「そうですか。それで殿下、そろそろそっちの奴立たせたらどうです?」


 ヘルコフは、僕が落ち着くのを待って床を差す。

 そこには蒸留器を前に、四つん這いになった財務官のウォルドがいた。


「あれ、まだやってたの? ちょっとディンク酒の新開発に使う材料の費用、研究費名目で引っ張れないか聞いただけなんだけど」

「まぁ、アーシャ殿下があのディンク酒の仕掛け人と知ればこうなりますね。ちなみになんでいきなりそんなことお聞きに?」

「ほら、ノマリオラに情報料払うからって、モリーの所に預けてたお金一部こっちに持ってきたでしょ? 僕のお金ならウォルドに管理してもらったほうがいいかと思って話したら、お金の出どころすごく気にするから、じゃあついでにディンク酒の材料についても聞いてみたんだ」


 イクトに応じると、黒髪エルフなウォルドはのろのろと顔を上げる。


「あ、あれ、あの酒、今、どれだけの市場価値になっていると…………」

「みんな目新しいもの好きだね。新しいの出す度に値を釣り上げて行くんだもん。もっと時間かけてもいいと思うんだけどな」

「いや、ですから殿下がほいほい新作の案出すから」


 ヘルコフに以前も言われた苦言を繰り返された。

 ただそういうヘルコフのポケットに、何やら紙が飛び出ているのが見える。


「それ何?」

「あ、忘れてた。ちょいと故郷から手紙が来まして。読み忘れることも多いんですけど、今回は出かけに甥どもが押しつけて来たんですよ」


 どうやら故郷からの手紙をぐしゃっとポケットに押し込んだようだ。


「なんて書いてある? やっぱりお元気ですかから始まる?」

「そんな丁寧なのハーティくらいですよ?」


 興味津々な僕に答えつつ、ヘルコフはその場で豪快に封を破く。

 そして紙一枚の手紙を広げてちょっと熊の耳が揺れるという反応を示した。


「様子窺う内容じゃありますけど、どうも帝国との国境付近できな臭いって警告でしたわ」

「確か獣人同士の係争地がありましたね。ご家族がその近辺に?」


 確認するイクトにヘルコフは否定。

 どうも軍時代にそこに関わったことがあるから、ついでに教えて来たそうだ。


 場所は帝国の北部。

 獣人の国との国境で、住んでるのは帝国側も獣人が主。

 山岳地帯で帝国側はほぼ無人なため、争ってるのは獣人同士らしい。


 横目でヘルコフの手紙を覗き込んだウェアレルが呟く。


「最後に、いつでも帰ってきていいって、定型句ですよね」

「わぁ、本当にそういうこと書かれるんだね」


 前世でも一昔前のドラマでしか見ないような〆の言葉。

 僕が喜ぶとなんか温かい目を向けられる。

 ちょっと子供っぽかったかな?


 そうしてる間にようやく立ち上がるウォルド。

 そう言えば、ディンク酒のこと説明しても嘘だとは思ってないようだ。

 だからこそダメージを食らったんだろうし。


「いったいどういった経緯でディンク酒を、いえ、それよりも宮殿を出られない第一皇子殿下がいったいどうして発案者などに?」

「深入りする?」


 念のため聞いたらまた固まる。


「…………いいえ。契約がどうなっているかなどによって、二重取りになりかねないと思ったのです。また、成果物を出せるかどうかなど、他に権利の問題が生じるかと」

「まず契約してる名前が僕じゃないんだよね。偽名使ってる」


 二重取りにはならないけど権利問題はどうなるだろう?


「うーん、お酒のついでに色々作ってるんだけど」


 香料だとか着色料とか。

 まだしっかりしたものはできず、試行錯誤してるからモリーに頼り切りも駄目かなと思って、ウォルドに聞いたんだ。


「それは、酒の開発を依頼する側からきちんと取るべきかと。そのためにもしっかり身分ある名前での契約をですね」


 ウォルド曰く、やっぱり歳費のほうからじゃ無理らしい。


「ただ錬金術のなんたるかを知る者はほとんどいません。ですから、名目だけなら研究費でひとまとめに請求はできるでしょう。それでも、ディンク酒というすでにひと財産になるような物であるならば、相手方ときちんと話し合うべきかと。…………まさか、相手は第一皇子殿下と、知らないのですか?」

「あ、気づいちゃった?」


 また固まるけど今度は立ち直りが早かった。


「なんということを。財産、成果として残したほうが管理や権利の主張においては…………」

「つまり、ディンカーに実を伴わせる身分証が必要ってことか。イクト、貴族って保証人になれたよね?」

「そうですね。身分証上の問題だけなら私の名前で十分でしょう。一代限りの爵位、一人身なので誰かに図る必要もないですから」


 イクトが応じるとウォルドががっくりしてしまった。


「違う、そうじゃない」


 まぁ、ウォルドとしてはアーシャの名前でって話をしたかったんだろう。

 そうすれば僕の実績となり、貴族から注目、皇帝にも贈呈されるほどの価値が僕に付随する。

 そうなれば現状の不遇は改善の見込みができ、さらに閑職扱いのウォルドとしては面目躍如というところか。


「うーん、ウォルドも僕が睨まれてることはわかってるよね? だったらさ、成果として発表した後を考えてみてよ。今以上にやりにくいように、どこかの誰かが手を回さない? そのせいで今以上に何もできないように追いやられない? そもそもディンク酒って言うブランド自体潰されかねないと思うんだ」


 何処の公爵とは言わないけど、僕の実績を喜ばないどころか潰すことに全力尽くしそうな人がいるよね。

 だから犯罪組織は気になるけど、今は侯爵に動いてもらうしかない。

 僕が表に立てばその分いらない妨害が発生する可能性がある。


 ウォルドも思い当たったのか、諦めたように溜め息を吐くとヘルコフが肩を叩く。


「慣れろ」

「無理です」


 一言告げられ一言で返す。

 これは、仲良くなってる?

 いや、ウォルドさっきから瞬きしてないな。

 これはよく考えずに反射的に答えているようだ。


 すると今度はウェアレルが優しく諭した。


「アーシャさまが我々の想像の上を行くのはいつものことですから。慣れないといつまでも疲労するばかりですよ」

「…………あの、さっきあなたと第一皇子殿下が光らせたのも、どうするんです?」


 ちょっと落ち着いたかと思ったら、別の問題に目が行ってしまったようだ。

 そうしてウォルドは、また気づいてはいけないことに気づいてしまったのだった。


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