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58話:クール系侍女3

 ディオラと会った翌日、昨日のお茶会に対する丁寧な感謝の手紙が来た。

 そして話し足りなかったといういじらしい言葉が続く。

 ただちょっと、僕を心配したりお茶会の時に失礼な言動はなかったかと気にしすぎる文字が並んでいた。

 これは宮殿で、何か僕に関する噂でも聞いちゃったかな?


「いやぁ、なんか先に読むのが申し訳ない感じで」

「だったら見なきゃいいのに」

「そこは仕事なんで涙を飲んでですね」


 すでに開封された手紙を読んでいると、レーヴァンが口を挟んでくる。

 どうせ今回は欲しい情報くれないだろうし、僕は適当にいなした。

 あと気にしてる様子から間を置くと悪い気がして、すぐにディオラへ手紙を書き始める。


「いや本当、お姫さまに対して色気ないですね」

「ちょっとうるさいからレーヴァン摘まみだしておいて」

「あ、嘘! 待って! 耳! トトスさん? トトスさん待って!」


 イクトが無言で後ろを取ったと思ったら、流れるような動きでレーヴァンの耳を摘まんで引っ張った。

 抵抗しようとするレーヴァンだけど、絶妙な位置取りをされて、掴まれた耳を押さえる以外イクトに触れないまま、部屋を連れ出される。


「そんなに悪い内容かな?」


 僕はお茶会に来てくれたお礼と、また文通しようという返事を前に首を捻る。

 あとお兄さんのこと気にしてたから慰めと、学園でもきっとディオラならやっていけるという励ましも入れた。


「俺は十分だと思いますよ?」

「必要なことは書かれているかと」


 ヘルコフもウェアレルも問題ないと言ってくれる。

 ただあのレーヴァン、嫌みではなく本当に思ったことのように言ったんだよね。

 僕の気を逸らして犯罪組織についての探りを妨害する意図はあっただろうけど、色気というか、気遣い? 足りてない?


 不安になって、僕は唯一意見を聞ける女性を呼んでみた。


「文面からは事務的な言葉選びが感じられます。男女間でのやりとりであれば、香水を振る、便箋は絵柄のついた物を使う、ささやかな贈り物を添えるなどあります。文面で言えば、一度口にした褒め言葉であっても、改めて文字にされれば悪い気はしません」

「あ、そう言えばドレスとか褒めることしてない。本当に久しぶりだったし、成長してるなってことに目がいって…………。うん、そうか。ありがとう、ノマリオラ」


 クール系でも女子は女子、聞いてよかった。


 僕はオレンジの髪に白い花の髪飾りが良く似合っていたことや、所作も美しくなっていたことに目を奪われたと書き足す。


「レーヴァン、はい。取次よろしく」

「あ、少しはましになりましたね。へぇ?」


 その場で目を通して、さっきまでいなかったノマリオラに一瞥を向けた。

 そうですよ、僕はレーヴァンより気が利きませんよ。


 イクトの圧でそれ以上不躾なことは言わず、情報も落とさずレーヴァンは帰る。

 犯罪者ギルドを押さえるためには人員が必要で、僕にはそれを用意できない。

 だから今はストラテーグ侯爵の動きを待つ必要があるのはわかるけど、気が逸るな。


 うん、けど今は改めて生じた問題に向き合うか。


「ノマリオラ、体調悪い? 朝も疲れてたみたいだけど」

「…………いえ、第一皇子殿下がお気になされることではございません」


 体調悪いのは否定しないか。

 今日最初に顔合わせたのは朝の起床で、暗いし声だけだとわからなかった。

 次の朝食の配膳でどうも様子が違うことに気づいたんだ。


「ノマリオラ、きついなら今日は休んでいいよ。ほぼ待機って言っても、帰って寝ていたほうが楽な時もあるでしょ?」


 それにそもそもノマリオラは二重スパイ状態だ。

 ノマリオラ自身何もしなくても緊張状態かもしれないし、慣れない状況に疲れが出てもおかしくない。

 そう思って気遣ったら、珍しくノマリオラが青い目を上げた。


「よろしいのですか?」

「あれ、元気?」


 一瞬にして暗い雰囲気が払拭されたけど、帰りたくはあるらしい。


「えっと、体調悪い以外で理由があるなら教えて?」

「…………妹が、今朝から悪いのです。私たちにつけられている侍女は一人で、世話をする者も常に看ていられるわけではなく」


 つまり妹が心配で、暗い雰囲気だったようだ。

 僕の脳裏には、突然顔色を悪くしたフェルが思い出される。


「どういう症状? 肺が悪いんだっけ。熱はある? 食欲は?」


 気になって聞いてしまうと、帰りたいノマリオラは淡々と答えた。


 呼吸音に異常があり、息苦しさを訴えるが、季節の変わり目などによく悪化するという。

 熱はないというからたぶん喘息で、歳は十歳だから子供の喘息だ。


「うーん…………あ、そうだ」


 僕は書き物をしていた金の間からエメラルドの間へと移動して、目的の物を探す。


 じつは前世の母も喘息だった。

 子供と違って大人は死ぬと言ってヒステリーを起こすような人だ。

 苦しいんだろうけど、心配しても興奮して怒るのでいつしか放置するようになった。

 心配してるノマリオラを見ると、なんだか自分の行いが申し訳なくなる。


 僕が薬を一つ取ると、最近は大人しくしてたセフィラが問いを投げかけた。


(不完全エリクサーをどうするのですか?)

(不完全でもさ、効能ってどれくらいか確かめてみたくない? フェルにも効くかわからない状態だし。取っておくだけ試験管塞がるし。あ、これもいいかな?)


 セフィラに言い訳をして持ち出すのは、フェルのアレルギーを治せないかと思って作ったエリクサーの模造品。

 材料や作り方がまだまだで形だけ、というか書いてある材料普通に毒なんだよ、使うの怖いよ。


 これは全部毒物以外で代用した物だけど、ある程度の癒し効果はあるはずだった。


「ノマリオラ、ただ休みにして宮殿出ると絡まれると思うから、僕のお使いに行ってそのまま帰っていいよ」


 そう言って、不完全エリクサーを差し出す。


「これを、何処か知り合いの薬師に鑑定してもらって。もし病に効くってお墨付きを貰ったら妹に使って様子を見てもいいし、いくらで売れるかを確認するために売ってもいい。そこは市井に詳しくないから君に任せる」

「はい?」


 わかってないノマリオラに、ともかく試験管を握らせた。


「あ、試験管、入れ物の硝子は返してね。それと試しに作ってみたものだから、これもあげる。ちょっと嗅いでみて」


 もう一つ出すのは、ごく小さなガラス瓶に入れた油。

 嗅げば鼻を抜けるすぅっとした匂いが鼻孔を駆け抜ける。

 いわゆるハッカ油だ。


 お酒に匂いをつけるために作ってみたけど、さすがに強すぎた。

 だからハッカ油にして暑い日にお風呂に入れようかなって思ったんだけど、ここ夏でも三十度行かないんだよね。


「この匂い嫌いな人もいるから、本人が気に入ってくれたらね。少し胸元に塗ったり手につけてもいいかな。一番はコットンにしみこませて匂いだけ吸わせて。蓋は開けておいたらすぐ匂い飛ぶからね」


 僕の説明に、ノマリオラはまだ状況がわからない様子だ。


「ともかく、僕の錬金術製品のお試しだよ。鑑定して結果を教えてくれるだけでいいお使い。済ませたらすぐに帰れるから」

「は、い?」

「ほら、妹が心配でしょう。早く行ってあげて」

「はい」


 今度はしっかり返事をした。

 クール系だけどいいお姉さんらしい。


 僕は赤の間へ退くノマリオラを見送る。


「アーシャさま、今のは不完全エリクサーですか?」

「試すにはいい機会だろうが、何処まで報告されるかな」

「私どもは病気も怪我もしませんからね」


 イクトがいうとおり、今まで試す機会がなく置かれていた。

 レーヴァンを無礼打ちにして試すかどうかが検討されていたくらいだ。


「妹さん、少しはましになってくれるといいけど」

「そうですね。…………ただ私、あの臭い駄目です」

「俺も、無理」


 実はハッカ油、獣人系ウェアレルとヘルコフに大不評だったりする。


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