56話:クール系侍女1
犯罪組織撲滅は、側近にも揃って止められた僕です、おはようございます。
そんなに僕、頭に血が上ってたように見えたのかな?
自分で乗り込むことを前提に話しちゃったのが、まずかったかもしれない。
「ご起床の時間にございます、第一皇子殿下」
「おはよう、ノマリオラ」
僕は侍女に声をかけられる前からベッドで身を起こしていた。
応答すれば、すぐに侍女は身支度の道具を用意して部屋を出る。
ノマリオラはウォルドと同時期に派遣された侍女だ。
暗いところで見ると黒っぽくなるほど濃い赤い髪に青い瞳をしている。
妃殿下が用意してくれた侍女で、ルカイオス公爵家に縁のある貴族子女なんだろう。
最初はとりあえずで三人送り込まれそうになった。
なので妃殿下に直接、女性に慣れてないからってちょっと情けない言い訳をして一人にしてもらった経緯がある。
(セフィラ・セフィロト。ノマリオラの様子はどう?)
僕は自分で洗顔や着替えをしつつ、見えないのをいいことにセフィラで監視をしていた。
ウォルドにもやって、危険なしと見たから素を見せたんだ。
ノマリオラはまだそれほどの確証が得られない。
というかウォルドほど動きがないから判断が難しい。
(言いつけどおり日中は赤の間にて待機。時間どおりに食事、風呂の用意をしています)
(犯罪者ギルドのこともあるし、今の内に不安材料はなくしておきたいんだけど。誰かと接触は?)
(毎日の業務内容をしたため、来客があれば記入。普段と違うことがあれば記載。それをルカイオス公爵家に連なる妃の侍従に渡しています。侍従の手からは妃ではなく、ルカイオス公爵の私邸に送られています)
(ほぼ赤の間に閉じ込めてるのに、書くことあるの? っていうか接触それだけ? 侍女仲間みたいなのは?)
ウォルドは毎日財務部から来るので、そっちの人間と言葉を交わすこともあった。
ただセフィラが観測した限りじゃ、閑職に回されたとして絡まれる以外なく、宮殿の出世競争の厳しさを聞くことになってしまっている。
(ございません。帰りに侍従と接触する以外は、左翼棟使用人とも必要最低限の関わりです)
宮殿の中だけだと思いたいな。
ウォルドはちゃんと飲みに行くお友達仕事場以外にいるらしいし。
さらに淡々とこなすだけのノマリオラは、僕の侍女になったことの愚痴や不満を零すこともない。
というか、まず必要以上に喋らない。
それはルカイオス公爵側の人間と会っても変わらないらしい。
どうやら相当クール系女子なようだ。
「ノマリオラ、ここでの仕事には慣れた?」
辞めさせる理由もないので、もう直接聞くことにした。
うん、実は犯罪者ギルド潰したくて、ちょっとせっかちになってるかもしれない。
場所は青の間で、室内には僕とイクトがいる。
「はい。第一皇子殿下のお蔭をもちまして」
「何もしてないけどね」
着替えは自分でできるし、食事も配膳と片づけのみで僕とも接触は最低限。
赤の間に押し込めて、暇を持て余してるんじゃないかとちょっと罪悪感がある。
そしてノマリオラが僕と視線を合わせず応答するのも気になった。
これは使用人としては当たり前の作法だけど、侍女なんだよね。
(身分的には使用人より上の侍女がこれって、やっぱりルカイオス公爵家側からしても人選は重要度が低いところから連れて来たってことかな?)
例えばレーヴァンは、ストラテーグ侯爵が庇って謝ったほどの懐刀。
その気になれば、レーヴァン一人におっかぶせて自分は知らぬ存ぜぬで僕に借りを作ることもなく済んだはずだった。
ノマリオラはこうして呼び出されたことにも無反応だ。
うん、反応を見る時期は終わったよね。
本当の暗殺未遂があったんだし、保身で後手に回るよりも正面から行こう。
「ノマリオラはどうして僕のところに来たの?」
「ルカイオス公爵閣下が第一皇子殿下の怪しい動きはすべて把握し報告するようお命じになったからです」
ど直球で返された。
「それ、言っていいの? ノマリオラ、怒られない?」
「第一皇子殿下が私を外すには相応の理由が必要です。ですが、探られて嫌だというのであればルカイオス公爵閣下は私に褒美を与えた上で、もっと適切な人物を送り込むことでしょう」
「つまり、このまま自分を侍女として置き続けたほうが僕にはいいって? すごく魅力的な売り込みだね」
いっそ感心すると、ノマリオラの表情がようやく動く。
「忠誠を求めないのですか?」
「忠誠誓われるようなことしてないのに? それ意味ある? それにノマリオラは公爵に忠誠を誓っているわけでもないみたいだし」
下手に忖度は困るし、今の僕を取り巻く悪評はどうもそれが発端だ。
ルカイオス公爵は使えるなら使う派で、実体のない僕への誹謗中傷広げるようなこともする。
ただ言い出すのは忖度する周辺貴族で、ルカイオス公爵にとっては切り捨てればノーダメージなように立ちまわっているらしい。
だからテリーの時は僕を貶め、フェルの時には周囲を焚きつけて僕を衆目の前で冤罪着せようとする大胆な狡さを発揮した。
「家の繋がりかもしれないけど、ノマリオラが現状に不満がないなら今のまま…………」
「お金のためです」
まるで僕の言葉を否定するように、ルカイオス公爵のスパイをしているのはお金のためだと断言する。
様子を見ても視線下げたままだ。
ただ言い直すほど、家のためとは言われたくないという強い否定の意志は感じた。
「お金に困ってるの? うーん、だったらルカイオス公爵側の動きを何かリークしてくれたら、そのたびに情報料払ってもいいけど。お金が欲しい理由くらいは聞かせて?」
「お話しましょう」
わぁ、今までにない前向きな反応。
クールだと思ってたけど、どうやら本気で僕やその周囲に興味がないだけだったようだ。
「私の母はガラジオラ伯爵の三番目の夫人であり、私と妹を産みましたが、産後の肥立ちが悪く亡くなりました。今伯爵夫人は四番目となり、そちらには子息が生まれ、私たち姉妹の価値はとても低いのです」
だいぶ込み入った話が始まってしまった。
ただ、だからこそガラジオラ伯爵家のためと思われたくないことはわかる。
あと、子供を産んで死んでしまう人多いなぁ。
僕の母もだけど、魔法があっても出産は難業ってことなんだろう。
「妹は生まれつき肺が弱いようなのです。ですが治療費もまともにはもらえません。なので私が働きに出て治療費を賄っています。元は宮殿所属の使用人でした。そこからルカイオス公爵側からのお声かけで、侍女としてお仕えしている次第です」
最初から公爵家の関連の人間だと思ってたけど、どうやらその辺りは妃殿下が関わりのない人を選んでくれたらしい。
ただこうしてすでに実家から手を回されているけど。
「私が求めるのは金銭のみ。報酬のつけられた仕事はなんであれこなします」
「今は侍女としての給金と、ルカイオス公爵側からの情報料。そして今回僕から情報渡せば報酬か」
「今の情報にはおいくらほど?」
おっと、抜け目ないな。
そしていつの間にか上げてる青い瞳は真剣だ。
「手持ちですぐ出せる金銭持ってないんだよね。あ、ディンク酒渡したら自分で換金できる?」
「アーシャ殿下、それは少々問題が」
イクトから待ったがかかる。
ノマリオラも唖然としてた。
「私が情報の精査を行い、相応の対価を算出します。そちらも、裏取り後での支払いで構わないな?」
「半額だけは前払いでお願いします。精査するきっかけ分は働いたものと」
「一理はある。どうでしょう、アーシャ殿下」
「うん、いいよ」
僕の応諾でイクトが銀貨を二十枚を提示した。
これが前払いってことは、全部で銀貨四十枚?
帝国の金銭は、銀貨二十四枚で金貨一枚、銅貨四百八枚で銀貨一枚に替えられる。
この幅は平民と貴族で使う金額が大きく違うからだ。
もはや使う貨幣自体が違うと言ってもいい。
つまりは貴族価格として銀貨、ただし金貨二枚ほどの価値はない程度の情報。
「あ、ディンク酒って金貨十枚下らないね」
「それもありますが、今大盛況のディンク酒を女性一人が売るとなると、盗み取ろうとする不埒者が現われかねません」
「え、怖い。お酒ってそこまで? ごめん、ノマリオラ」
「い、いえ」
表情は普段どおり無表情だけど、ノマリオラの声が揺れた。
別に感情がないとか、全てが打算ってわけでもない人物ってところか。
お金大事で家族大事なら捏造とか無茶はしないし、無理に探ろうともしてこないだろう。
「うん、いい人来てくれて良かったよ。これからもよろしく」
改めてお願いしたら、ノマリオラは目を瞠って驚いてしまっていた。
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