53話:弟の心兄知らず3
礼拝用の飾りっ気はないけど上質な服を着て、やってきました、宮殿の大聖堂。
僕が行ったことないのを察して、テリーが父に見学を願い出てくれたらしい!
ただ帝室専用なので、僕を皇子扱いしたくない人たちが邪魔をしたそうだ。
するとテリーから話を聞いた妃殿下も、右翼棟に行ったことないことを知って父に加勢してくれた。
そこでさらに思わぬ援護が入ったと聞いてる。
なんと宮殿の大聖堂に仕える司教側から参拝要請があったそうだ。
これだけ長く住んでるのに、一度も神に挨拶してないのは問題だとか、僕にはよくわからない宗教的な拘りなんだって。
司教って政治にも参画してる人なんだけど、色んな思惑の末に大人たちが折り合いをつけ、僕は今日参拝することになった。
「僕ここ好きじゃない」
「僕もやだぁ…………」
いつも元気な双子はテンションが低い。
たぶん大人しくしてないといけないからだろう。
「僕は初めてなんだ。怒られないか不安だよ。二人が教えてくれたら嬉しいな」
「そうなの?」
「教えるよ!」
窺うように言ってみると、浮上してくれた。
頼られると元気になるって可愛いな。
そう思ってたら、テリーが僕と双子に向かって指を立てる。
「大きな声を出すのも駄目だぞ」
「そうなんだね。気を付けるよ」
双子への注意だけど、僕が受けて庇う。
すると双子は同じポーズで口押さえて頷いてた。
可愛いな! お兄さんなテリーも含めて。
「ようこそおいでくださいました、殿下方」
宮殿内部から聖堂へ入れる廊下の境に、司祭服というのか白い服着た人たちが待っている。
「わたくしは今日ご案内させていただく、ターダレ・リーエク・ウェターイー・イーダンと申します。この機会にどうぞよしなに」
笑顔で長い名前を告げて来る相手が見てるのはテリーだけ。
わかりやすく権力志向らしい。
もう一人、たぶん同じくらい高位の人は素っ気なかった。
けど目がじろじろと不躾だ。
「リトリオマス・イーヴァー・アイソート・エデンバルと申します」
どちらも司教ではないけどもしかしたら司教候補で、テリーの代に司教になるかもしれない人なんだろう。
なんかどっちもやだな。
思うところはあるけど大人しく見学スタート。
第一印象だけで決めるのもね。
僕たちは宮殿と繋がる二階部分からまず、三階に当たる天井付近の回廊へ上がった。
聖堂は高い天井ぶち抜きの一階層という宗教建築。
宮殿の右翼を形作る建造物の一角だけど、ここはあからさまに構造が違う。
そして階段を登れば、豪華な天井画を間近に見られる回廊へと辿り着く。
「かの有名な神の再誕を描いた場面にして、手がけたのは巨匠…………」
うん、説明されても知らないし、あまり興味も引かれない。
ターダレが一生懸命喋ってプレゼンしてるけど右から左に抜けそうだ。
なんとか耳を傾けたところ、帝国の歴史の中で、他の種族の歴史や信仰を重ね合わせた結果、どうやらローマ神話風な神さまらしいことはわかった。
つまり、配下に収めた土地や文化の神は下級神扱いで、帝国で信仰される主神がどんどん権能が増えてパワーインフレ起こしてるような感じだ。
前世では、アポロンとかヘルメスなんかがインフレ起こしてすごい属性過多になってた。
こっちでは帝国の主神がそんな感じ。
司ってるものが多すぎるし細かすぎるから、もうお願いがあったらともかく主神を崇めればいいようだ。
「では下に降りて礼拝を」
長々話されてようやく本格的に聖堂入り。
双子がぐずらないことを褒めつつ下へ階段を下りた。
そうして聖堂の床に足をつけると、改めて大きな建造物であることを実感する。
なるほど、上から行ったのは、この威圧感さえ感じる壮大さを印象づけるためか。
来たことあるはずのテリーも、改めて天井画を見上げて口を開けていた。
どうやらこのターダレは演出をわかっているようだ。
「警護の方々、これよりは神聖な領域。帯剣はお控えください」
リトリオマスという不愛想なほうが、イクトたち警護の行く手を塞ぐようにして言った。
「今日の礼拝においては許可があるはずですが?」
「聞いておりません。何より神の前では万人が平等。殿下の護衛と言えど特別扱いはできかねます」
リトリオマスが繰り返し、武装を解くよう告げる。
警護側は許可を取ったらしいけれど、ターダレも知らないと言う。
「…………いたし方ありません」
「では警護の方はこちらでお待ちに、え?」
剣を外さず待機すると思ったらしいリトリオマスは、イクトが剣をベルトごと手早く外す姿に目を瞠る。
それを見てテリーたちの警護も揃ってベルトに手をかけた。
「あ、一人は剣の見張りで残って。悪戯する人いるかも知れないし、小さな子が興味を持っても危ないでしょう」
要は双子の危険と、イクトに良からぬことをする人防止。
僕の言葉に、イクトが一番ベルトを外すのが遅かった者を見据えて無言のご指名。
皇子一人につき一人の護衛の中、三人が無手で同行、一人が剣を抱えて待機となった。
僕たちは聖堂の一番奥へ向かう。
石造りの壁をステンドグラスが飾る聖堂は、薄暗いのにキラキラと光が舞う。
神像の手前には、金糸の布で飾った祭壇や豪華な燭台が据えてあった。
「では皆さま礼拝を」
ターダレが祭壇より手前にある譜面台のようなところへ行く。
そして祭壇の前には、僕たち用に敷かれた毛氈の上に四つのクッションが並んでいた。
膝を突いて俯き祈りを捧げるためのものだ。
僕たちの祈りに合わせてターダレは祈祷文を読み上げるという。
(手順は複雑じゃないし失敗なんてしないだろうけど、なんだか緊張するな)
(感あり。武装集団を発見)
僕は踏み出そうとした足を止めて体を揺らす。
「アーシャ殿下?」
「…………ごめん、イクト。ちょっと服がずれたみたいで見てほしいんだ。テリーたちもちょっと待ってて。あっちの柱の影に行こう」
僕は胸元を押さえて、咄嗟にイクトを連れだす言い訳を絞り出した。
「セフィラが武装集団がいるって」
僕は隠していた胸元に何もないことをばらして伝える。
イクトは険しい顔をしたけど、声を上げるような失態は犯さない。
「数はおわかりになりますか?」
「…………一番近くて十人。他にばらけてるけどさらに二十人」
セフィラに聞いただけでも警護四人で勝てない数だ。
「私一人ではなんとも。その武装集団が警護の可能性は?」
「…………ないらしいよ。服装が違うって。全員、白地に赤い縁取りの貫頭衣とフード付きのマント着てるって」
「それは、教会の守護を目的とする騎士団の制服です。ですが、ストラテーグ侯爵から聞いた今日の配置に三十人の騎士団などなかったはず」
考えられるのはイクトに知らされていなかったこと。
だけどストラテーグ侯爵がやるなら大っぴらに警護を増やすし、ましてやここは宮殿内部だ。
僕たちが礼拝するだけで三十人もいらない。
「帯剣に関する連絡の不備も気になります。第二皇子殿下の警護に確認しましょう」
僕が頷くと、テリーの警護にイクトが手を上げてみせた。
「すまない。私では服の造りが良くわからない。手伝ってくれ」
「行ってくれ」
テリーにまで言われて、渋々警護が一人やってくる。
けど僕がなんともないので首を傾げた。
「声を出すな。教会の騎士団が武装した状態で展開している。心当たりは?」
「な…………、ない」
声を上げそうになった警護は、イクトに睨まれ堪える。
「相手の狙いがわからないのが不穏だね。四人一緒に礼拝して隙を大きくするのは危険だ。そして狙われる可能性があるのは僕だ。まず僕が一人で礼拝するよ。周囲に目を配って」
僕の指摘に、テリーの警護は緊張の面持ちで頷く。
イクトは渋い顔をしたけど、僕は気づかないふりで柱の影から歩き出した。
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