52話:弟の心兄知らず2
今日は僕の住む部屋に弟たちが来ました。
一人につき警護も一人で、計六人。
普段いる僕たちよりも人数多いね。
それでもこの区画、まだまだ広いんだけど。
まずは金の間のサロンに通す。
グランドピアノがある部屋なので、家具の少なさもちょっと誤魔化せる。
とは言え、妃殿下のお蔭で家具や絨毯は増えているので、以前みたいにないない言われるとは思っていないけどね。
「今日は錬金術する! 僕も錬金術するの!」
「はいはい、待ってね。まずは休もうか」
元気というには興奮しすぎているフェル。
せっつかれるのをなんとか宥める。
僕は弟たちをソファに座らせて、用意しておいたジュースを配った。
今日は錬金術に興味のあるフェルのために、エメラルドの間へ案内する予定だ。
これは五歳になったお祝いなんだけど、この興奮具合はまずいな。
「早く、もう飲んだよ!」
「フェル、前にも言ったけど錬金術は危険なこともある。だから、そんなにせっかちな人は入れられないんだよ」
意地悪だけど落ち着かせるため、僕は今日の予定変更をちらつかせる。
すると効果覿面で、ソファで落ち着かなかったフェルも動きを止めた。
「フェルは錬金術、見れない?」
「えー!?」
ワーネルが不安げに僕を窺うと、フェルは悲鳴染みた声を上げる。
「いい子にしてたらいいんだよ。まずは注意事項を教えようか。それを聞かないと駄目だからね。ほら、護衛たちも注意をきちんと聞いてるでしょ」
僕は壁際でイクトに話を聞いている宮中警護たちを差し、双子に注意をした。
「なんだか、緊張しているような…………?」
さすがに落ち着いてるテリーは異変に気づいてしまった。
実は怯えてます、イクトに。
そして僕にも怯えているそうです。
これは無礼者のレーヴァンが持ち込んだ情報。
実は警護の中で、僕の所に付き添う仕事は不人気だそうだ。
宮中警護は、二人から三人が皇子にはついてるのが通常らしい。
ところがここには一人しか同行しないようになっていて、その理由が僕とイクト。
しかも僕にはイクト一人だと思ってたら、書類上はレーヴァンも僕付きだった。
そして実際はほとんどいないから、ストラテーグ侯爵が好きにレーヴァンを使ってる。
もちろんレーヴァンいるかと言えばいらないし、それで余計な人が来ない防波堤になってるなら文句はない。
「…………警護も錬金術を研究する部屋は初めてだからじゃないかな?」
「なるほど」
ちょっと気になるみたいだけど、それ以上は聞かないようだ。
ふぅ、テリーが納得してくれて良かった。
まぁ、実際真剣にイクトに向かう警護は緊張してるしね。
実はここに警護が来るにあたって、イクトがストラテーグ侯爵に言質を取ってた。
この区画では、僕専属のイクトの指示は絶対厳守、失態あらば辞めさせる、と。
ストラテーグ侯爵も、面倒を起こされるよりいいと承認したらしい。
なのでここでイクトに逆らうと、皇子の警護という重要で出世の見込みが高い役職から外されてしまうため、必死になってるそうだ。
もちろん僕はテリーの警護を辞めさせた前科というか、風評被害があるせいで恐れられてた。
宮中警護で皇子付きに抜擢される人たちって、相当身分が高いか実力者だから、辞めさせられることに耐えられないんだとか。
これはレーヴァンが無駄なプライドとか笑いつつ教えてくれた。
「剣を置くか、部屋に入らないかの二択です」
早速無茶を振ってる声が漏れ聞こえた。
宮中警護にのみ許された剣を置くのは、職務的にもプライド的にも問題だ。
だからって部屋に入れないと警護できないんだけど、もちろん理由はあるので弟たちにも注意喚起をする。
「今から行く部屋はガラス器具が多いんだ。ぶつかっただけでひびが入って使えなくなる。中の物が漏れて触ってしまったら危険もある。急に動いたり無闇に触るのは厳禁だよ」
だから剣ぶら下げたままとか入室させないのは、僕の意向でもある。
注意事項を復唱させる頃にはフェルも落ち着いたので、金の間の寝室を抜けてエメラルドの間へ向かった。
「はい、ここが僕の錬金術の部屋だよ」
「わ、わぁ!」
「すごぉい!」
双子は騒いで驚きと感動を動作にあらわ…………そうとして僕とテリーが止める。
注意を思い出した双子は、拳を握ると胸の前に添えてワクワクを態勢で表した。
うん、今日も弟が可愛い! 世界一!
「本当にガラスが多い。それに、何に使うかわからない形もある。光に照らされて、綺麗だ…………」
テリーも目を奪われるくらい初めての体験だ。
僕は見て回る弟たちに取り合うように呼ばれながら、興味を示した器具の説明をする。
ちょっと弟たちに人気者気分で、僕はデレデレしながら返事をしつつ部屋を行ったり来たり。
ただ気を緩めることはできない。
実験器具は全て止めて、危険な薬剤はエメラルドの間の別の部屋へ移動させた。
それでも硝子は割れれば鋭利だし、倒れたりしたらそれなりの重量がある。
五歳の双子たちはもちろん、テリーも怪我がないよう気を配らなきゃいけない。
安全は期してるけど僕もドキドキだ。
部屋の外から見守るしかない警護たちもハラハラしてて緊張が顔に出ていた。
「兄上、いいですか。…………あの、警護が何かしましたか?」
おっと、テリーはあの説明じゃ納得してくれてなかったようだ。
やっぱり駄目か。
今になって聞いたのは、双子が夢中だからか、それともいきなりできた兄にまだ慣れないせいか。
「…………テリーって三歳の頃覚えてる?」
「え、いえ、あまり。…………兄上のことも、すみません」
「そのことはいいよ。会ったの一度だけだし。忘れたほうがいいこともある」
僕は笑顔で感想を言い合う双子を差した。
「病弱だと思って不安がっていたワーネルも、苦しい思いをしていたフェルも、もっとずっと楽しい記憶を重ねて、去年までのことを忘れてくれたらいいと僕は思ってる」
「そう、ですね」
「敬語じゃなくていいのに」
「はい、あ、うん」
やっぱり慣れないな、ここは対話を続けて慣れてもらうしかない。
「そうそう、僕も一つだけ三歳の頃の記憶があるよ」
警護がわさわさとお互いを押し合ってこっち窺ってるけど、イクトが入室を止めてる。
というか、剣置けと圧かけてるようだ。
「鐘の音がしたんだ。今までに聞いたことないくらい大きな鐘の音が」
「鐘、もしかして大聖堂の?」
「そう。大聖堂で、君が生まれたことを祝福している鐘だった」
あの時は乳母のハーティもいて、僕の世界はとても小さかった。
この部屋もまだ空だったことを思い出して笑う。
「嬉しかったなぁ。弟がいると知って」
「え?」
「え? あ、えっとね、ちょっとあって、僕がテリーのこと知ったの遅くなったけどね。誰かが何かしたとかじゃなくて…………」
逆に知らせてくれる人いなかっただけ、とも言えずに言葉尻が怪しくなる。
そんな僕を前に、テリーは考え込む様子を見せた。
「…………ワーネルと、フェルの鐘は聞いた?」
「うん、聞いてたよ。二人分鳴らされてたよね。ちょうどここにいる時に聞いたかな」
窓辺に寄って、僕はテリーに応じる。
実は妹が生まれてたのも、鐘の音で知りました。
生まれて数日で洗礼のために、宮殿の大聖堂行くからね。
よく考えると僕に妹のことを教えないようにしてた人たちって、本当無駄な努力だよなぁ。
どうやっても鐘鳴らして報せるんだからわかるのに。
「兄上は、あっち、行ったことある?」
あっちってたぶん右翼だよね。
「な…………あぁ、えーと、庭園側からなら?」
テリーの悲しそうな顔に気づいて言い直すけど、行ったことないのばれたみたいで難しい顔になってしまった。
「どうしたの、兄さま?」
「何があったの、兄上?」
すぐに双子が気づいて不安げに寄って来た。
僕たちは慌ててなんでもないと言って、錬金術部屋の説明に戻る。
でも何か不穏な雰囲気を察してしまったようで、その後双子たちは僕らから離れずにいた。
さらにはこの日、テリーは笑わず、難しい顔したまま帰って行ったのだった。
定期更新
次回:弟の心兄知らず3
以後閑話は5の倍数の話数後に更新します。