51話:弟の心兄知らず1
今日は父との面会の日だ。
いつもどおりおめかしして、居住する区画の上へ移動。
「ほう、黄色も似合うのだな。アーシャは」
「妃殿下のセンスがいいからですよ」
今日着てる服は妃殿下から贈られたもので、僕や父のセンスだと選ばない服だった。
誕生月の服を贈る習慣を知って、妃殿下が父と選んでくれた一着になる。
父が選ぶ服は青や赤ばかりで、他は黒が多い印象がある。
妃殿下は黄色やピンク、淡い緑などで華やかだけど、僕だったら手を出さないような服を選んでいた。
ただ、決して似合わない物は贈らない。
マリー・アントワネットの例にあるように、王妃は時流を作るファッションリーダーでもあるからだろう。
さすがとしか言いようがない。
「今日ご用意した茶葉は、ヘリオガバール竜王国から贈答された最高級のマッサになります」
僕と父がひとしきり話したところで、おかっぱが紅茶を出す。
途端に僕と父はじっと紅茶を見つめて動けなくなった。
関係改善からお茶が出るようになっている。
ただし、おかっぱの意地悪は継続していると言っていいと思う。
何故ならこれは僕と父に対する教養を計る試練だからだ。
「…………色が、綺麗だと思います」
「あ、あぁ、そう言えば濃いな」
僕の感想に父も気づいて応じるので、互いに目を見交わして間違いないことを確かめた。
そして二人でおかっぱ窺うと、無表情で駄目だしがないことから正解だとわかる。
僕の正解に父は覚悟を決めてカップを手に取った。
「マッサは…………ヘリオガバールの平地、地名、だったな」
飲む直前に思い出したらしく、父が呟くように言うと、これもおかっぱが頷くので正解だ。
つまりこの紅茶は、竜人が住む地域で最大の王国から送られたブランド紅茶。
土地の名前がついてるということは特産品なんだろう。
…………これ、わからないと恥かくやつだな。
僕はそんな高級品には触れて来ず育ったため、聞いてもピンとこないし知らない。
父も伯爵家三男でこうした教養は不得手なためピンと来ていない。
そのためこの面会で出されるようになった嗜好品は、何かしら宮殿での常識混じりの高級品が出されるようになっている。
つまりは僕たちの交流を邪魔したいほうからすると、いいように時間をロスさせる悪辣な手だ。
(まぁ、僕の利になる部分のあるやり方に変えたのは、軟化ではあるんだろうけど。あとは父が知らないって他にばれないようにとか、皇帝が恥かかないよう配慮?)
そんなことを思いながら、僕もカップを手に取り慎重に匂いを嗅ぐ。
うん、紅茶ってことしかわからない。
意を決して紅茶を飲む。
舌に下に広がるのは酸味? いや、苦味かな。
あと渋味が残るな、これ。
飲んだ後の匂いは香ばしい?
今までに飲んだことある紅茶と違って、甘い感じはない。
やっぱり渋くて口がもにょもにょする。
「どうした、アーシャ?」
良し悪しがわからないため、父が時間稼ぎに僕の様子を話題にした。
もちろん素直に不味いと言えない僕も乗る。
いや、きっと世間では美味しいんだとは思うんだけど、好みじゃないんだよね。
「僕はこれにミルクかハチミツを入れて飲みたいです」
「何故?」
く、おかっぱが…………!?
これ、答え間違えたら容赦なく駄目だしされる雰囲気だ。
父が話を振ったことで発生した試練のため、フォローしようと必死に考えてくれてる。
「何故ですか?」
けどおかっぱの催促のほうが早い。
仕方なく、僕は子供舌はしょうがないんだと自分に言い訳しつつ思ったままを答えた。
「渋味が強いので、僕には飲みにくい、から」
おかっぱは黙って僕をじっと見据える。
後ろにドラムロールの音が聞こえそうな、重い沈黙がたっぷり室内を満たした。
そして長すぎる沈黙の後、ようやく口を開いて曰く。
「そのとおりです。こちらはコクが深いためミルクティにすることを推奨される茶葉となります」
うわ、良かった! 合ってた!
っていうか、美味しくない状態で出してたの?
おかっぱはすでに用意していたらしいミルクとハチミツを出すと、その上で飲みかけは廃棄する。
新たに淹れてミルクティにして出してきた。
これは飲んだらわかる。
お高くて美味しいお紅茶だ!
「全然違うな。いっそ茶葉の良さが引き立つくらいだ」
「ミルクやハチミツに負けないんですね」
僕と父は気が抜けて、ミルクティを楽しむ。
そうしてしっかりお茶を飲んで、ようやく今日のお話だ。
本当にこの試練は時間をかけさせられる。
「陛下、テリーの様子を聞いても?」
「テリー? いつもどおりだぞ?」
「その、僕が行くと人見知りのようになることが気になって…………」
「あぁ、あれか」
父も気づいていたようで、すぐに意見を聞かせてくれた。
「あれは慣れの問題だと思う。嫌われてはいないのは見ていてわかるから安心するといい」
「そうですか? つまり、僕が来ると様子が変わるんですね…………」
「いや、悪く取るな。テリーもアーシャが来る前日は、双子と一緒になって夜更かししてしまうくらい楽しみにしている」
可愛い! 何それ初耳!
容易く喜ぶ僕に、父は優しく微笑みかける。
「時間が解決するさ。お互いに嫌い合っていないし、何より興味を持って歩み寄ろうとしている。悪いことにはならない」
まるでそうしない兄弟を知っているような、いや、これは父の実体験か。
全てを反対にすれば、嫌い合っていて、興味もなく、歩み寄ることもなかった兄弟。
そして僕を任せろと言われて、嫌われてなかった、興味があった、歩み寄ってくれたと思わされて、結局は口だけだったニスタフ伯爵家。
「…………うーん」
「何か茶に不備が?」
ミルクティのおかわりをもらって声を漏らしたために、おかっぱがすぐさま反応した。
「あ、お茶は美味しいよ。ただ、普通の兄弟ってどんなものかと思ってね」
言って、僕は気づいておかっぱを見る。
この世界、少子化してないから兄弟がいることが当たり前だ。
つまりおかっぱも誰かしら兄弟がいるはず。
「そう言えばヴァオラスは伯爵家の六男だったな。兄に気兼ねなどあったか? 兄弟仲は?」
父がおかっぱに忌憚なく問いかけた。
けど僕もっと気になることが他にある。
「兄弟、多くないですか?」
「そうか? ニスタフ伯爵家も五男までいるし、後妻を迎えて六十にして子を成す者もいる」
父的には不思議ではないようだ。
もちろん間に女児も相応に増えるんだけど、三十代の父が六十まで子作りしたら確かに後二人くらい男の子増えるだろう。
ただし相手は肉体的なこともあり王妃以外でとなる。
「おほん、私の兄弟仲よりも第二皇子殿下でございましょう」
おかっぱが話を変えるとは…………さては兄弟仲そんなに良くないな?
「第一皇子殿下が悪影響ということもないので良いのでは? 少々対応にぎこちなさがあるのは致し方ないこと。それよりも勉学に熱心になられたことが良いことでしょう」
おかっぱ曰く、テリーは僕を兄として交流し始めてから、勉強や武芸に力を入れているそうだ。
今まで一番上扱いだったのが、さらに上ができて明確な目標になったのではないかと。
「僕、大したことしてないけど目標になれるの? 教育も半端だし」
「そうご自身で自覚されている時点で、物事の理非がわかっているという優位です。それを見せつけられれば、嫡男としては奮起せざるを得ないかと」
僕はどうやら弟の意欲向上に寄与していたらしい。
そして父は自分よりもおかっぱのほうがテリーに詳しくて落ち込んでいた。
定期更新
次回:弟の心兄知らず2
9/10更新(45話後挿入)
閑話9:ストラテーグ侯爵
9/11更新(50話後挿入)
閑話10:とある庭師