50話:環境の変化5
遊び疲れて双子はお昼寝に入った。
テリーもまだ七歳で、体力はそこまでないので別室で休憩している。
その間に、僕は陛下と妃殿下と残ってお話だ。
「あ、あぁ、なるほど。つまりその水は道さえ作れば高低差を乗り越えられるという理屈で、あの水路は今も稼働してるのか」
「はい、重要なのはその水の通る道に空気が入らず水に満ちていることです。水源が通る道よりも高い限りは、水で満たした管を入れ直せばまた稼働するかと」
水の実験と動きや性質について、弟たちに実験を踏まえて説明した。
すると陛下に何故か高い位置に水を送るシステムがあると言う話をされたんだ。
だから僕は推測できる原理を説明し、適当に藁を用意してもらってストロー現象も実践した。
「本当に、錬金術で作られていたのですね」
「帝室図書にはそう書いてあるのですが、帝室に縁深い公爵家でも錬金術が何に使われたかは伝わっていないのでしょうか?」
驚く妃殿下に思わず聞く。
だってどう考えてもこれ、今のインフラ維持管理する人が必要な知識のはずなのに、知らないってまずいでしょう?
やだよ、いきなり山の上には水送れませんって宮殿が水不足になるなんて。
あ、そうか。
インフラ整備って前世でも偉い人は詳しくないし、計画してお金出しはするけど、技術畑の話なんて管轄外だ。
つまり技術者が先にいなくなって失伝?
技術も知識もない知識人たちは再現不可能だから伝説扱い?
「ウェアレルから聞いたが、本当に図書室の本だけで、再現と理解をしてしまったんだな」
僕が真剣に現状を憂いていると、父が呟き妃殿下が息を飲む。
「陛下、これは立派な成果です。十歳になるアーシャが再発見をしたと公にすれば」
「あぁ、ルカイオス公爵も少しは…………」
「お待ちください」
ちょっと待って。
なんで前向きに楽観的なの、皇帝夫婦?
「今僕を前に押し出す必要性も利益もありません。まだ幼く実績など上げられないテリーを攻撃される理由を作るだけ損です。警戒すべきは大同小異の味方ではありません。陛下の御代を快く思わない者の悪しき計略です」
僕を前に出してどうなるか?
生まれの身分が低い陛下を疎ましがるユーラシオン公爵や、同じ思想の高位貴族たちが陛下以後の継承を揉ませようと動くに決まってる。
僕という対抗馬を推したてて、テリーという父の後継者を弱めようとするだろう。
「何より今、実績を積むべきは陛下ではないですか。情報はずっと宮殿にあったのです。公にするならば、陛下が指揮をして再発見にしたほうがずっと有益です。たとえば今の僕の実験を見て可能性を閃いたとでも理由付けはできます」
「う、いや、しかし…………。息子の手柄を横取りするような真似はできない」
「手柄であるならば、過去錬金術をもってここに帝都を拓いた歴代皇帝のものです。今の皇帝陛下である方が、前に出て主導することこそが正統でしょう」
それらしいこと言うけど、根本は単に僕が表に出たくないだけだ。
だってそんな発表すると、インフラ整備に傾倒した錬金術をやれって言われるだろうし。
今はお酒造りの傍らエリクサーと呼ばれる薬を作りたいんだ。
お酒造りに還元できるならってモリーの支援も受けて、宮殿外のエリクサーに関する逸話の収集なんかもしてる。
これができればフェルが大好きなお菓子をまた食べられる日が来るかもしれないし、遅れるような寄り道はしたくない。
「…………やはり、かの領地はアーシャに任せるべきではございませんか?」
「そうだな、聞けば錬金術に必要不可欠な素材が取れるというし」
「あ、領地も遠慮します。まだ僕には早いです。代官の当てもなく、教育も行き届いていない僕では、領民が可哀想です」
用意しておいた言い訳を口にすると、揃って微妙な顔をされる。
「そう言えるのがもう…………必要か? 教育?」
「確かに、才能あればこその今ですわ。それ故に偏りがあることは教育に問題があったのだと言わざるを得ません。ここはアーシャのいうとおり、まずはしかるべき家庭教師を選定するところからでは?」
何やらやる気になった妃殿下の言葉に、父も今気づいたとばかりに目を瞠る。
ただそれ、錬金術する時間奪われるフラグー。
あと宿題だされると抜け出す時間も無くなるからお断りしたいです。
だいたいこっちの勉強はほぼ丸暗記と事例の解釈説明だ。
課題図書を読め、ならまだいいけど、論文形式の宿題を自分で書籍などを調べて書き上げて提出となると時間が足りない。
うちの家庭教師たちは、僕の行動範囲の狭さもありまず物事の説明が主だ。
ただウェアレルが最近妃殿下が味方についてやりやすくなったとかで、本格的にやる前段階としてごく短い論文形式を宿題に出す。
それも僕が抜け出す日を考慮した上でだから、なんとかなっているんだ。
「ルキウサリアの学園も考えると、あと四年。錬金術科へ入る最低限の要件は満たせるようにまずは考えるべきか」
「あ…………四年後、錬金術科は、存続しているでしょうか? 学術的にも動きがない状態でございましょう?」
真剣に考える陛下に、妃殿下はすごく不安そうに懸念を口にした。
待ってほしい、存続してないはさすがに困る。
これで公の機関がなくなったら、今後僕がすることが目立ってしょうがない。
お酒のこともあり、いつまでも無関心無警戒の学問として隠れ蓑にはならないんだ。
「いっそ、学園のほうが僕より目立ってくれれば…………」
思わず呟くと、陛下や妃殿下のみならず、室内にいたおかっぱと侍女も僕を見る。
おかっぱに至っては、なんかこいつやらかすなって顔してる。
邪推かもしれないけど。
「妃殿下の懸念ももっともです。まずは今日まで僕を支えてくれた家庭教師たちに意見を聞きたいと思います。ウェアレルはルキウサリアの錬金術科に伝手もありますし」
「あぁ、そう言えばそうだった。確かにそちらで直接聞いたほうが確実か」
「そうですわね。一番アーシャの能力がわかっている者の意見は大事でしょう」
なんとか陛下と妃殿下が納得の上で家庭教師増員は阻止できた。
ちょっとやり切った気分で、僕は左翼部の居住区画へ戻る。
管轄の違いで陛下と近しい家族の住む区画へ入ることが許されなかったイクトと合流して、人気のない左翼へ歩き出した。
「アーシャ殿下、何か悩ましいことがありましたか?」
「うん? あぁ、ちょっと考え込んでた。ねぇ、イクト。小雷ランプを手に入れられる方法ってわかる?」
「さて、古い家屋の解体があれば時には。ですがそうした場合、解体した者が建築業者に下げ渡して割引や、新たな家への付け替えを求めます」
聞けばイクトも小雷ランプを見たのはこの大陸中央部でのみ。
ヘルコフが言うように帝都では多いほうだけど、地方に行くほど見ない。
人間以外の文化圏だと特に珍品扱いだそうだ。
「壊れてるやつでもいいんだけどな」
「でしたら地方貴族の屋敷でしょうか。庶民向けですが、地方貴族は実用性を重んじる者も少なくないので所持している屋敷を見たことがあります」
「うーん、ハーティに手紙送る時に聞いてみるよ」
そう簡単には行かないか。
僕は戻って、ウェアレルに声をかける。
「ウェアレルの知り合いにいる学園の錬金術師って、錬金術で道具作ったりする人?」
「いえ、真理の探究を旨としているので、作ることはあまり。理屈としては知っていても実際やるとなると別でしょう」
「あ、そうなんだ」
「どうした、殿下?」
ヘルコフもやって来て、突然の僕の問いに興味を持つ。
なので錬金術科が四年後ないかもしれないと話に出たこと、そしてそれは僕の目くらましとしても困ることを話した。
「思えば、殿下にお渡しした器具も規模縮小に伴う廃棄品でしたから。他の学科に部屋を空けるために泣く泣く廃品にすることになったので…………」
それを嘆く知り合いを見かねて、ウェアレルが引き取って僕の玩具になった。
ただ捨てるよりはましだと相手も丁寧に梱包して説明書までつけてくれている。
「ウェアレルの知ってる錬金術師はすでに何年も研究してるんでしょ。だったら、小雷ランプが錬金術でできてるって添えて実物贈れば、研究して再現できないかなって思ったんだけど」
小雷ランプは今も古い物を使い回すくらい需要があるんだから目立つと思う。
「もし上手くいけば地位もあがるだろうし、すぐさまできなくても小雷ランプの需要はすぐになくならないから、学園のほうも研究推進するかもでしょ?」
僕としては小雷ランプのような前世の科学に近い便利道具は普及してほしい。
ここでの贅沢生活も終わった後、できるだけ快適に暮らしたい。
ガスや水道も可能な限り欲しいし、小雷ランプのようなすでにあるところは今いる錬金術師に復活を頑張ってほしいところだ。
「くぅ、アーシャさまのほうが先見の明があるなんて…………やりましょう」
ウェアレルが嘆きながらも前向きに請け負う。
領主も学園も正直実感ないし、結局は長男だけど嫡男じゃない身の上がついて回る。
そこをどうにかする手立てを考えないと宮殿から出ることも難しい。
そろそろその場しのぎから、将来の設計をしないといけない時期だろう。
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9/8更新(40話後挿入)
閑話8:とある庭師