48話:環境の変化3
ようやくレーヴァンが帰ったので、本来の話ができる。
「回復した、ウォルド?」
「…………お見苦しいところをお見せいたしました」
「気にしないで。レーヴァンも口だけだから相手にしなくていいよ」
ちょっと助言しただけなのにまたウォルドが動揺してしまう。
そう言えば出身とか地位とか聞いたことないし、もしかしたらいい家の生まれ?
よし、レーヴァンの話題はやめよう。
「さて、今日は歳費について聞かせて。ただお金を貰えるって話じゃないんでしょ」
今までなかったからまず基本を押さえようと思って今日はウォルドを呼んだんだ。
前世でもあったから予算はわかるけど、歳費は違うかもしれないしまずは説明から。
今日までウォルドは、払われなかった歳費から使った分として払い戻しされる項目の洗い出しをしている。
こうして正面から話すのは就任時の挨拶以来だった。
「はい、おっしゃるとおりです。歳費の始まりは帝室の方々が無報酬での政務活動を行っていたことから発生しました」
ウォルドは話すごとにしゃっきりし始める。
今までの無表情で淡々とした様子に戻った。
昔は帝室関係者が無報酬でも生活できたらしい。
何故なら何かしら別の身分を持っていたから。
帝室出身でも何処かの王国の貴族位を持っていたり、領主をしていたりで収入があったそうだ。
「しかしそのことを逆手に取り、若く収入の安定しない帝室の方を抱え込んで派閥に組み入れる貴族の動きによって危険視されました。また国家の重要な会議にも参画する方が生活苦に帝室を抜けられたこともあり歳費を設けることが決まったのです」
国を動かすという専門知識を幼い頃から帝王学として学ぶ皇子や皇女。
けれどそのことに関しては無報酬であり、時と共に専門知識を持つ者が帝室から離れるようになって見直された。
「あれ、そうなると働く年齢の人につくものじゃないの?」
「帝室の維持管理に関わるとして支給されますので、本来であれば生まれた時から歳費は支払われます。また、王侯貴族を歓待することや、皇帝陛下の名代として視察に赴くことなどもあり、親の仕事に伴い子にも費用がかかることから年齢による線引きはされておりません」
「あぁ、一度参加するだけで身支度にお金かかるしね」
つまりは子供でも公務に参加するから歳費が与えられるという話らしい。
「けど、そうなると僕、どうなるの?」
「第一皇子殿下におかれましては、今まで歳費が与えられなかったことで、本来施されるべき教育がなされておらず、そのために公務に関わることもできなかったと判断されます」
その上で特に必要な教育は施さないから、好きに歳費は使えと。
「あぁ、うん。そうか…………。つまり予算つけて体裁は整えるから大人しくしておけってことか」
「殿下、それ聞いたら陛下が泣きますよ」
ウォルドが固まるとヘルコフが苦笑する。
イクトは気にせず現実的な状況を述べた。
「しかし実際のところ公務参加させるかと言えばそうではない。それに教育と言っても家庭教師はすでにいるとしてお二人だけのまま置いておかれている現状です」
「私は帝王学など教えられませんよ。それに大本のマナーの問題もあります。これを修めなければアーシャさまは不適格として公務に参加できません」
ウェアレルも歳費を与えつつも活用の場を与えない思惑を思って溜め息を吐く。
「うーん、このままだと僕が使いづらいな。ウォルド、他に歳費を使う要件とか慣例は?」
「帝室を離れた後の身を立てるための貯えをなさる方はおります。これは皇位継承権の低い方々のために用意された救済措置。帝室にいる限り義務が付きまとい身を立てることもままならないため、時と共に身支度のための支度金としての側面を歳費が持った結果です」
確かに僕でもいらないと冷遇されるんだから、数が多いだけの皇子とかいた時期には働く場もなかったことだろう。
結婚して出るにも婚家に生活費を賄ってもらうとか、皇子辞めたらいきなり無一文で路頭に迷うとか、帝室のスキャンダルに他ならない。
「けど歳費は無駄な分は削られる。だったら蓄財の方法はどうするの?」
「芸術品や宝飾品を買うことです」
芸術品の購入は、技術の保全となる仕事として歳費で賄われる。
宝飾品は公務での使用を期してやはり歳費での購入が可能。
物品にしてしまえば所有は僕になるということらしい。
「どうせだったら錬金術をするための材料費を歳費で賄いたいな」
「でしたら学問研究の項目がございます」
呟いたらウォルドが該当する使用法を教えてくれた。
分野に関わらず学び、知識や技術を身に着けることは歳費の運用範囲内らしい。
そう言えば前世の予算でも研修費や講習費ってあったな。
「ただ、歳費の使用に対して成果を上げる必要がございます」
「成果って、錬金術で作ったものでも提出するの?」
聞くとウェアレルが答えてくれた。
「アーシャさま、こうした場合は論文や研究の経過報告、もしくは今後の見通しのプレゼンになります」
「思ったんだが、それって殿下自身がやることか? 普通の十歳そんなことしないだろ」
ヘルコフの疑問にイクトがウォルドをみる。
「ですから財務官がいるのでは? そうした報告をまとめるのも業務の内と」
「いえ、学術に対してはご本人もしくは家庭教師から資料の提供をしていただかなければこちらも申請はできません」
どうやらウォルドは自分の仕事の範囲なら淡々とよどみなく受け答えできるようだ。
そして錬金術で歳費を使うなら何かしらの報告が必須らしい。
ただ論文である必要はなく、紙一枚にそれらしい報告を書けばいいんだとか。
「ではアーシャ殿下、エメラルドタブレットについての考察などはいかがです?」
「いいですね。あれは有名で難解さもあって、そのお年で注釈でもできれば成果でしょう」
「いや、逆にそれ殿下の大人しくしてるって目的に反するだろ」
側近たちが言い合うと、ウォルドが眉を顰めた。
「エメラルドタブレットと言えば、錬金術の神髄が寓意をもって記されているという?」
「あ、知ってる?」
「第一皇子殿下の下へ配属されるにあたり、錬金術に関して歳費の使用を打診されることは予想できましたので、簡単にですが錬金術というものについては参考文献を当たりました」
真面目だ。
ウォルドはいやいやのはずなのにすごい真面目だ。
もしかしたらだから僕に忖度しないってことで送り込まれたのかな?
「注釈を書けるのですか? いえ、意味がわかっていると?」
「大まかにはね。ただ注釈は書かないかな。あれ書かれてること実行すると最終的に大破壊にしかならないし」
ウォルドが絶句したけど、今回はウェアレル、ヘルコフ、イクトまで口を閉じる。
「…………何故、そのような?」
代表してウェアレルが緑の耳をピコピコしながら聞いて来た。
「神髄だし真理ではあるんだろうけど生物が実行するには難しい極論が最終的に書いてあるから?」
「あ、もしかして錬金術の真理を知ると世界作れるとか、神になれるとかいう?」
ヘルコフが聞きかじりで聞いてくる。
どうやらそういう極論が錬金術にはあると言われてるらしい。
まぁ、セフィラ・セフィロトを生み出したからできないなんて可能性を否定もできないけど。
「うーん、世界の作り直しってところかな。一度全てを破壊しつくして原初のもっとも純粋で強い力だけを残すと、世界の始まりと同じ状況が再現できて、世界を作り直すことができる、みたいな?」
つまりは宇宙の始まり、無から有を作り出す破壊と創造の力、ビックバンだ。
「それは…………世界が滅びてませんか?」
イクトが真面目な顔で聞いて来た。
「うん、滅ぶ。インクで書いた文字をまたインクにするために、紙を繊維にして絞り出して濃縮する感じ。まぁ、スケールが大きすぎて理屈がわかってもたぶん再現はできないよ。けど、可能かもしれないと想像できてしまったことを実現するのが人間だ。だったらそんな危険な真理は謎の中に眠らせておくほうがいい」
エメラルドタブレットを作った誰かもそう思ったんじゃないかな。
「もっと無害なほうがいいな。歳費を削られない程度に認められる範囲で」
「あ、前に言ってた小雷ランプはどうです?」
「興味はあるけどあれは駄目だよ、ヘルコフ。ちょっと需要と注目度が高すぎる。目立ったり利益を求めるならありだけど、今回はもっと地味な成果がいいんだ」
「と言われましても、ワインを使ったあれはやめたほうがいいでしょうし」
ウェアレルが濁すのはたぶんアルコール蒸留で、ディンカーと紐づけされるから却下だ。
するとイクトがエメラルドの間のほうに目を向けた。
「コーヒーと粉を分離するあの器具はどうでしょう? 便利ですし、言い訳も立つのでは?」
「サイフォン? けどあれ、蒸留器をちょっと弄っただけだよ?」
言って気づいたけど、またウォルドがフリーズしてた。
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