47話:環境の変化2
宮殿の僕の部屋に、今日も相変わらず無礼なレーヴァンがやって来ていた。
「もう、本当お姫さまその気にさせるのやめてくれません?」
「え、ディオラその気のままなの?」
「うわー、それお姫さまに聞かせたい。弄ばれてますよーって」
レーヴァンが嘆くふりで声を上げつつこっちの反応を窺う。
僕は無視して、開封されてるディオラからの手紙を見ることに集中しようとしていた。
「あぁ、妙に絡むと思ったらそういうこと。ディオラがまたここに来るんだね。へぇ、あの研究成果が出たんだ」
ディオラが来る理由はルキウサリア国王の公務に付き添うためだ。
公務内容は、ルキウサリアの学園で長く栽培に取り組んでいた魔力回復効果のある薬草の安定栽培の目途がついたため。
その成果を報告し、皇帝からも褒賞を贈るということで帝都まで来てもらうらしい。
それほど人々が注目し、待ち望んだ成果だからだそうだ。
「それだけ注目が集まってるなら、僕は出席できないだろうね」
「そこは陛下にお願いしてねじ込めばいいんじゃないですかねぇ?」
「そんなことして今以上に睨まれてもいいことないよ」
「それはそれは。殿下のやる気削ぐのに貢献できたならお歴々も嫌がらせのかいがあったも、ぼぅ…………!?」
レーヴァンが饒舌に喋ってたのに盛大に空気を吐き出して沈黙する。
手紙から顔を上げれば、猛獣顔のヘルコフがレーヴァンの襟首を後ろから掴んでた。
けど原因はレーヴァンのみぞおちに拳を入れたイクトらしい。
「このごみ捨ててきますね、殿下」
「ちゃんとストラテーグ侯爵には返してあげないといけないから、歩けるようになるまで待ってね」
僕が咎めないせいで三回に一度くらいは口を滑らせ、言いすぎだと鉄拳制裁を食らう。
倒れるに倒れられないレーヴァンはヘルコフに吊るされたままだ。
「けど薬草は気になるな。魔力回復薬って錬金術でも作れるし、量産が安定したらディオラに頼んで回してもらえないかな?」
僕はちょっとウキウキしながら手紙を一度直す。
そしてレーヴァンが来たことで話を止めていた壁際の相手を見た。
「さて、待たせてごめんね。続きを聞こうか、ウォルド」
話しかけるのは褐色の肌をしたエルフ。
ダークエルフとかはこの世界にはいないけど、ウォルドはエルフと人間の混血で、人間側の血が濃く色黒で魔法が使えない。
人間は全属性を使えるんだけど、前提条件の魔法が使えるかどうかは個人の素養次第だ。
ウォルドは素養がなかった。
「ウォルド?」
「は、はい」
黒髪が揺れ、橙色の瞳がようやく動いた。
けど視線は僕じゃなく呻くレーヴァンに向けられる。
今年になって派遣された僕の財務担当の執政官のウォルドは、今まで淡々と無表情無感動に仕事してたんだけど、今はありありと動揺が見えた。
「あれ? 殿下馬鹿のフリしないんですか?」
復活早いね、レーヴァン。
「頻繁に顔合わせる相手にそれは面倒だもの。僕の所に回されただけで左遷扱いで宮殿での周囲との交流も途切れてしまったようだし、いいかと思って」
今度は僕を見て目を見開くウォルド。
「あ、一年は辞職しないで。そうじゃないと退職金出せないし。あと財務のやり方教えてくれるなら別で家庭教師代出すから、いっそ純粋にお金を稼ぐ場所だと思って割り切って」
「そんなの覚えてどうするんです? 帝室追い出される前提で官吏目指すんで?」
何げない風を装ってるけど、レーヴァンは警戒してるようだ。
「しないよ。出て行くときは出て行く。けど、それまではまだいるんだから、今後また財務関係で問題抱え込むことしたくないんだ」
実は四歳から僕には歳費が出ていたらしい。
父が直接命じて確かに支出されていた。
けれど担当となった財務官はここに来ることはなく、誰一人として歳費があることを報せないという嫌がらせをしていたんだ。
前世でもそうだったけど使われない予算は見直されて減額される。
僕は存在を知らないから一度も使わず減額され続けていた。
去年の九歳時点では削減に次ぐ削減でほぼ消失していたそうだ。
完全に消えなかったのは、財務官が担当の資金から必要経費としていくらか引っ張れるから。
僕の担当とは名ばかりの財務官は、経費が必要な仕事を何一つせずに懐に収めていたんだ。
「問題ねぇ。働くにも経費はいるでしょ。人によっちゃ、宮殿に通うのに馬車使うんですし」
「それ、僕に挨拶一つせず、名前も顔も知らないままの人間が言っていい言葉じゃないよ。仕事をした分必要なら僕に相談の上了承を取る。普通のことじゃないの?」
返すとレーヴァンは名前も顔も知らないと言うところに呆れる。
するとウェアレルが大きく頷いた。
「もちろんアーシャさまがおっしゃることが普通です。ですから陛下も実態を知って、財務部の刷新に着手されました」
そう、僕のことをきっかけに父である皇帝は財務という大きな組織が動くには重要な部署に切り込む口実を手に入れた。
なんとそこの偉い人の中にニフタス伯爵の次男なんかもいて相当厳しくやったらしい。
その際にニフタス伯爵から馬鹿なことをするなとか、いらない長男を切り捨ててこそ皇帝としての務めがとか色々言われたそうだ。
父はいらない三男を切り捨てた結果だろうとニフタス伯爵を追い返した。
なんか今さら僕に手紙来たけど、読まずに父に回したら余計に怒ったからたぶんろくでもないこと書いて来たんだろう。
母方の祖父である子爵家からも泣き言の手紙が来たけど、そっちにはニフタス伯爵の不義理と財務の不手際を手紙で説明したら、すごい低姿勢の謝罪文がさらに来てる。
「そろそろ現実に戻って来て欲しいんだけど、ウォルド」
「は!?」
思考が追いつかないウォルドがフリーズしてしまっていた。
声をかけたら再起動して、ようやく僕を見る。
「第一皇子殿下、あなたはいったい」
「伯爵家生まれの皇子ということだけ覚えていればいいよ。その伯爵家の後ろ盾もなくなったしね。君が宮殿で働き続けたいっていうなら、陛下にお願いすることも考えるから頑張って」
「陛下に、お願い?」
変なところで引っかかるね?
僕はもちろん側近もわからない顔だけど、レーヴァンだけはわかったようだ。
「あ、殿下。陛下は愛妻家の上子煩悩で通ってるんですよ」
「うん、知ってる。身をもって」
「いや、まぁ。で、ほとんど会いもしない殿下はその範疇外の扱いなんです」
「え、僕以上に濃いスキンシップしてるの? それ、大きくなったらテリーたちに嫌われるかもしれないよ」
会う機会は少ないけど親としての愛を伝えてくれる父を心配することになるとは。
「いやいやいや、愛息子の皇子さま方を暗殺未遂して、分不相応な帝位簒奪狙ってて、錬金術なんて下世話な趣味にだけ熱心で、なんの才能もないどころか鈍くてのろまな皇子なんて」
「それが一般的な評価だっていうのはわかったから、そろそろ口閉じないと危ないよ」
「うっす…………」
僕の警告にレーヴァンはすぐさま口を閉じて背筋を伸ばす。
イクトが掌底を決めようとしていた手を止めたのが同時だった。
「陛下は、アーシャ殿下との交流が短いからこそ最も愛情深く接していらっしゃいます」
「うん、ありがとイクト。まぁ、今さら大人が疑心暗鬼で暴走してるのは置いといて」
「な、何故、是正しないのです」
ウォルドが前のめりで聞いて来た。
「帝位に興味がないからだよ。何より、僕が無理に立つよりテリーが立ったほうがスムーズに事は運ぶ。それは帝国や国民にとっては良いことだ。自己満足のために他人を不幸にしようとは思わない」
僕の答えを聞いて、ウォルドがまた困惑してしまう。
「だから、君も僕のことは仕事相手とだけ思って今までどおりでいいから。定時に来て、定時に帰って、歳費の運用と記録をきちんとしてくれれば悪いようにはしない」
「可愛くなぁ」
また余計な一言を差し挟むレーヴァン。
そろそろ帰らないのかな?
手紙は受け取ったし、すぐには返事書かないよ?
そう思って見返したら、レーヴァンは一瞬だけ真面目な顔をした。
「…………逆に殿下、ストラテーグ侯爵の下につきません?」
「また妙なこと言い出すね。僕だって皇子だ。地位を与えられたからには相応のことはするよ。臣下の下にはつかない。まぁ、皇子を名乗ってる間はね」
僕は皇子として答え、笑って見せる。
「本当に鈍いほうがいくらかましだったでしょうね」
そんなことを言ってレーヴァンは溜め息を吐いて見せたのだった。
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