43話:病名蟹の呪い3
結局広間での追及はお流れになったし、父はどうも僕たち息子の呼び方を公式の場で繕えないことも判明。
そこは子煩悩ってことで流すとして、アレルギーについての手応えとしては五分に行かない感じだ。
「あんまり信じてもらえなかったね」
実はあの広間に僕の側近たちはいた。
僕よりも遠い壁際で資料も配られない場所だったから、話せたのはこう部屋に戻ってからだ。
「肌感として殿下の主張は三分の一が受け入れたらいいほうって感じか」
「ルカイオス公爵があれほど頑迷だとは驚きました。公平な方と聞いていたのに」
現実的に広間の様子を語るヘルコフに、ウェアレルはなんだかがっかりしてる。
「犯人と言える人間がいたらそこしか見なくなる。狙いを絞りすぎて他が見えなくなっていたのでは? もしくは、犯人云々はどうでもよく、アーシャ殿下の排除が主眼だったか」
イクトが不穏なことを言いだすし。
「ルカイオス公爵ってどんな人?」
側近たち顔見合わせるけど、三人が答える前に別の声が上がった。
「現皇帝の集権と強化に積極的に尽力。行政組織の改革にも前向きで旧態依然とした無駄や浪費を嫌う。若き日には軍を率いて反乱勢力が城砦に立てこもった事件を包囲、開城させる軍事的才覚あり。対外的にバランスを重視した外交関係を築いており公平との評価。教育にも情熱を持ち私財を使い寄宿学校を」
「待って待って。詳しい上に褒めることしかないの、セフィラ?」
光を明滅させて羅列するのをいったん止める。
「ともかく今日は大人しくしてて。この後ストラテーグ侯爵が来るから」
(批判としては時勢によって敵を味方にすることで一貫しないと謗りを)
まだ言うって、言い足りないの?
そして陰謀だとか政変を乗り越えたとか、一度要職を降ろされてもまた返り咲いたとか色々出て来る。
思ったよりルカイオス公爵って波乱万丈だ。
そうして生き残って成果もしっかりあるから、総評は優秀な賢臣だというもの。
ただ身内以外に合理的過ぎて冷徹だという評価もセフィラからは上げられた。
それで言えば僕は身内の枠に入らない邪魔者で、今回これ幸いと追い出しを計ったか。
解決方法がわかってテリーも安泰となれば、いるだけ皇子待遇で金と人手を使う僕は邪魔でしかないから追い出し一択、なるほど合理的だ。
腹立つね!
「何故そう落ち着いていられるのか」
やって来たストラテーグ侯爵が、あまり真面目に受け取られなかったというこちらの感想を伝えたところ、なんでか溜め息を吐く。
名目は改めて聞き取りということで来ており、お供はいつものレーヴァンだ。
「ルカイオス公爵が僕の印象を悪くする方向に上手くいったの腹立たしいよ」
「そういうのを見透かすのが可愛げないんですって」
変わらず無礼なレーヴァンに、イクトが静かに肘鉄を入れてる。
ストラテーグ侯爵が見ないふりするなら僕も倣おう。
レーヴァン、これくらいじゃへこたれないしね。
「念のため伺いますが、広間で腑抜けたようにしていたのはわざとですね?」
「あ、そう見えた? 良かった。ユーラシオン公爵のほうには鈍いって思われたままで接触ないし、そこは崩したくなかったから」
「逆にそれであの資料の信憑性薄くなってますよ」
ストラテーグ侯爵の確認に答えたら、レーヴァンが復活してせせら笑う。
「側近が考えたかひねり出したことだろうと、聞こえています」
「…………つまりストラテーグ侯爵はあれが僕の考えっていうのは信じるんだね。その上でそんなにありえないことだと感じた?」
「俄かには信じがたい、といったところでしょう。ただ、あなたの非凡な発想と理解力は存じていますので、なくはないかと」
つまり僕という人物への信頼度で印象が変わるらしい。
「うーん、妃殿下が必死になって読んでたから信じてくれたと思うんだけど」
「ぼうっとしてるように見せかけてそんなところ見てたんですか? ぃで!?」
レーヴァンが奇声を上げた後、何故か背後をさすってる。
イクトに今度はおしりでも捻られたの?
「視野を広く取って一つに集中しないようにすることで、反応を窺うことと無害さアピールを両立してみました」
「…………あなたが才能を使うべきはそこではないのでは? お前たちは普段何を教えているんだ?」
ストラテーグ侯爵が僕の側近たちにあらぬ疑いをかける。
僕が反論する前に、侯爵相手でも気にせずヘルコフは猛獣顔で笑って肩を竦めた。
「教えたことをどう活用するかは殿下のお決めになることなんで。馬を水辺に連れて行けても飲むことを強制はできないってやつですよ」
ストラテーグ侯爵は納得したのかしかねるのかわからない渋面で僕に向き直る。
「妃殿下に注目された理由をお聞きしても?」
僕が名指ししたのが気になったようだ。
「だって、初対面の僕でも異常はわかったんだよ。理由と原因を示せば、母親なら思い当たる節あるかと思って」
実際妃はじっと資料を読みふけっていた。
終わった時もすぐに広間を出て行ったのを見ている。
「今まで倒れた状況を照らし合わせれば、きっときっかけになった食物は絞り込める。それをしてくれるのは父か、妃殿下だと思うから。そちらに伝わったなら十分です」
「つまり、あの場に出てきたのは妃殿下へ警告なさるためと?」
「え、うーん。妃殿下のためって言うより、フェルやワーネル、テリーのためだね。せっかく張り切って用意したお茶会、台無しになってたし」
最終的に僕が三人揃って号泣させちゃったし。
あ、思い出したら落ち込むなぁ。
フェルもワーネルもニコニコだったのに、顔真っ赤にして泣いてた。
あと、テリーに怖がられてたってわかったのもショックだし、それが周囲の勝手な決めつけって言うのにもムカムカする。
「次は安心してお茶会できればいいなって思ったから、また倒れないよう対策してくれればいいよ」
テリーとは仲良くなれると思ってた。
三歳の時にはなつっこくて大人の事情なんて知らない感じだったから。
けど三年ぶりに会ったらもう駄目だった。
隔たりがすでにできていて、きっとそう簡単には埋められないしきっとルカイオス公爵が埋めさせないだろう。
もしかしたら次に会う時にはフェルとワーネルにも嫌われてるかも知れない。
テリーの時と違って今回は僕が泣かせたのは事実だ。
「本当にそれだけですか? ずいぶん第二皇子殿下からは悪態を吐かれたらしいって聞いてますけど? もっと厄介なこと考えてません?」
レーヴァンがすごく疑わしそうに聞いてくる。
「とくには。なんでかすごく怖がられてたか理由が知りたいくらいだよ」
「嫌われてるの間違いじゃないんですか?」
レーヴァンは無礼者らしく肩を竦める。
ただ強がってるとこ悪いけど、さすがにイクトとヘルコフに両脇押さえられて顔引き攣ってるよ。
「レーヴァンさ、ストラテーグ侯爵に迷惑かかるとわかってて自分の感情優先する?」
聞いた途端、身に置き換えたレーヴァンは黙る。
「弟たちとは仲良くしたいけど、僕が無理に距離詰めてもそこで困るのは陛下だ。何を思っても、やるかやらないかで言えば陛下の足を引っ張るなんてことはしないよ」
「なるほど。確かにあなたが本当に帝位を望むのならば、もっとうまくするでしょうね」
「しないから」
ストラテーグ侯爵が頷くけど、邪推されないようはっきり否定しとく。
正直これでルカイオス公爵の狙いどおり僕が皇子でなくなっても、困るけど嫌ではない。
あとはちょっとルカイオス公爵の思惑どおりなのが業腹なくらいだ。
それで言えば僕は皇帝の椅子なんてどうでもいいし、皇室の名前もどうでも…………。
「あ」
「今度はなんです?」
居心地悪そうにして一度は口閉じたのに、結局聞くレーヴァン。
「大したことじゃないよ。今回のことを利用してやりたいことを思いついただけ」
笑顔を浮かべた途端にレーヴァンとストラテーグ侯爵が不安顔になった。
するとウェアレルは半眼になってレーヴァンを見る。
「あなたがアーシャさまの想像力を刺激するからですよ」
「殿下、普段耐える人なのになぁ。やるとなると迷いないんだよなぁ」
「思いついたら実行しますし、実行できる手段を考えついてしまわれる」
側近たちがいうと、ストラテーグ侯爵もレーヴァンを見た。
途端に、レーヴァンは僕に頭を下げた後、首だけ上げてこっちを窺う。
「申し訳ありません、謝りますからやめたりは?」
「しないよ」
笑顔で返すと、レーヴァンと一緒にストラテーグ侯爵までがっくりと首を落としたのだった。
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