42話:病名蟹の呪い2
アレルギーで倒れた弟を助けたら暗殺未遂の嫌疑をかけられました。
しかもその容疑で僕を罰しようとする人がいるそうです。
こんちきしょー。
やってないから証拠はないけど僕がフェルを吐かせたという状況証拠だけでごり押しするんだとか。
あと僕が帝位を狙ってるっていう言いがかりが動機として既成事実化しているようだ。
弟を殺そうとしたなんて不名誉は断固拒否なのでこれは無罪を勝ち取らなきゃいけない。
そんな思いでやってきました宮殿の本館の広間。
初めて足を踏み入れたよ。
そしてここは広くて天井高くて無駄に壁や柱の彫り物に金箔がつけられてる。
「毒物の由来は?」
「不明です」
「いつ誰があそこで茶会を行うことを漏らしたかは?」
「不明です」
「呪いの真偽は?」
「不明です」
「第一皇子が帝位に野心ありと漏らした証言は」
「ございません」
皇帝の父は広間の一番立派な天蓋のついたところに座って、部下が行う質疑応答を見ている。
ルカイオス公爵が僕を糾弾する話を持ち出したことで、この茶番は始まった。
元からそこをはっきりさせるって言う集まりで、僕は父の前に跪いたまま聞くだけ。
だって発言権がない子供だから。
こんなことやっても反論もできない僕を一方的に断罪するだけの茶番なんだけど、相手は現政権の重鎮で無視もできない。
だから父は文書にするようにいって、今僕の代わりに反証をしてくれている。
そしてルカイオス公爵側から出た状況証拠だけの断罪を否定した。
「しかし陛下、第一皇子はその場から逃げ去っております。後ろ暗いところがなければ残ればよろしい」
そこにルカイオス公爵が割って入る。
父は不快を隠そうともせず、誰にともなく呟いた。
「三年前だったな。テリー、第二皇子の警護が複数で剣の柄に手をかけたのは」
僕は一度テリーの警護に襲われかけた前例があるから、逃げるのも当たり前と。
そして今回知ったことだけど、その警護を指名したのはルカイオス公爵だったそうだ。
「また、宮中警護の危急を報せる笛を鳴らしたのは第一皇子の警護だ。暗殺を画策したならする必要がないとは思わないいのか?」
「何をおっしゃる。吹いたのは第二皇子の警護でしょう」
おっと、ここでルカイオス公爵やその周囲が事実誤認してることが判明。
そこで事実確認されるのは宮中警護の上司であるストラテーグ侯爵だ。
なんか陛下とアイコンタクトしてるから、たぶんルカイオス公爵の誤認を知ってて今日まで指摘しなかったんだろう。
「両官から聞き取りましたところ、どちらも吹いたのはイクト・トトスであり、人を呼ぶよう命じたのは第一皇子殿下であったと申しております」
広間にざわめきが広がった。
どうやらルカイオス公爵は、笛が鳴って人が集まったことは知っていても、誰が吹いたまでは調べてなかったようだ。
僕を疑って凝り固まってたから見落としたのかな。
「それとな、ルカイオス公爵。その場にいた第二皇子と第四皇子にも聞き取りをしたが、第一皇子は吐かせはしたが、何かを食べるよう強要してはいなかったそうだ」
「それは子供ゆえ見落としたのでしょう」
「貴殿には、そこにいる我が子が子供には見えないか? おかしなことだな。暗殺というにはお粗末な顛末を子供である故と言っておきながら、子供では見落とすような手管を弄したと?」
父がダブスタを指摘する。
「作戦は周到に練った者も、いざとなって臆病風吹かれる。よくあることでしょう」
ルカイオス公爵も退かないというか、退いても意味がないし僕以外に容疑者いないから僕を排除する以外に目的がない。
権勢欲もあるだろう。
同時にフェルを心配して、よく身なりも整えず宮殿に参上したとも聞いてる。
病弱な息子を嘆く妃に見舞いの品を手ずから届けるなど話だけ聞くと、情の深い人のようにも思えた。
(僕のことは放っておくのが一番心安らかだと思うんだけどな)
(主人の才覚があれば弟からの帝位譲渡も可能であると懸案します)
(しなくていいから。僕は目立たずいくの)
(その目標はすでに破綻しています)
セフィラが容赦ない。
ただ僕が帝位とかはない。
僕が今優れて見えるのは精神が本当に子供のテリーよりもスレてるからだ。
きっと年相応になれば僕は凡人になり下がる。
幼い頃から良い教育と良い環境、そして人脈を育てる素地のあるテリーのほうが絶対皇帝としては大成する。
「さて、ここで一つ資料を用意した」
父が声をかけるとおかっぱを始めとした側近が書類を持って配り歩く。
あれは僕が書いた報告書の写し。
聞けば父の事務官総出で書き写したそうだ。
「これはアーシャ、第一皇子から上げられた第三皇子の病状に関する報告だ」
論文なんて書いたことないけど、ディオラのお蔭でルキウサリアから送られてくる論文があったし、ウェアレルの手ほどきでそれらしい物に仕上がっている。
なんというか小論文と大学での成果の発表会資料を足して二で割ったようなものだけど。
前世では会社でキーボードを打つの面倒がってたけど、手書きよりずっと文明の利器だったことを実感した。
「私からの補足としては、菓子は第二皇子が手ずから用意した。そしてそれは妃も監督している中でのことだ。また、第三皇子と第四皇子両者の証言で、確かに第一皇子は四阿に立ち入っておらず、菓子も自らが選んだものだったと言っている」
資料を配られた人たちが読んでる間に父が語る。
あとはアレルギーのことを蟹の呪いという東の昔話を取り上げて、呪いを否定した。
どうも僕が呪ったって言う出どころが、テリーの警護とレーヴァンと一緒に立ってた警護からだったんだ。
だから僕が言ったのは蟹の呪いっていう昔話だよという説明をしてくれる。
「こんな取って付けたような話を陛下は信じられると? 欲目が過ぎますぞ」
ルカイオス公爵は信じない方針。
それでざわついていた貴族の一部が追従する。
内容にただ驚いていた僕の敵ではないけど味方でもない貴族たちも疑いの目が向けられた。
「検証もされてないような話など論外です」
「つまり、ルカイオス公爵はワーネルにも毒となる食物を食わせろと?」
「そのようなことは言っておりません」
「書いてあるだろう。双子は全く同じ体質で、発言から既往はすでにある。今回の件を実証するならばワーネルで様子を見なければ、フェルではすでに命の危険が大きすぎる。だがそれは倫理と良心にかけて行えないとな」
もちろん幼い弟にアレルギー物質摂取なんてさせられない。
病院の検査で害がない範囲がわかってるならまだしも僕は素人だ、怖くてできない。
あとルカイオス公爵は読むの早いのはいいけど大事なところ読み飛ばさないでほしい。
実証してないしする気もないけど、ちゃんと理由書いたからね。
「念のために言っておくが、今後のフェルの体調改善のための提案もある」
父が言うとルカイオス公爵は資料にちらりと目を落とす。
まるで一考の余地もないようにすぐ顔を上げる。
それで僕を責めるための点だけを拾い上げるってどういう芸当?
「ワーネルは拒否感を示した。体質は同じでも味覚は感情に紐づく好悪の別で決まる。フェルが好んで食べ続けながら、ワーネルが食べることを拒否した物品を避ければフェルが倒れることはなくなる。まずは当日に食べた菓子に使われた材料はできる限り避けつつ、ワーネルが食べた菓子に使われたものは安全であると仮定できる」
僕が書いた内容を父も拾い読みして話す。
もしかして偉くなると必須の能力ですか?
書いておいてなんだけど、そんな必要部分だけ拾い読めるような簡素なものじゃないんだけど。
そんなことを思いながら僕は一言も発さずじっとしてるだけ。
だって発言権がないからね!
ここで勝手に喋るとつまみ出されるらしいよ。
なんで呼ばれたんだろう?
あれ? 陛下に資料渡した時点で僕の仕事終わってない?
「救命のための措置を罰されては、こちらとしても困りますな」
ストラテーグ侯爵がここでルカイオス公爵に追従できないと旗幟を鮮明にする。
僕がやったことに罪名をつけられると、宮中警護が活動できないしね。
転ばないように腕引いたら幼い皇子は脱臼しました、はい、ギルティ!
なんてやってられないだろう。
「慎重が過ぎるのでは? こんな病気、聞いたこともない。こじつけでしかないでしょう」
「フェルの病状は誰も診断できなかった。聞いたことがなくとも当たり前だ。ルカイオス公爵、どうだろう? 今回はこのアーシャの発見の信憑性を良く検証してからでも遅くはないはずだ」
侯爵の消極意見に父が懐柔するように畳みにかけると、浮動票が動いたらしい。
この場で僕を黒塗りする流れが弱まったのだった。
定期更新
次回:病名蟹の呪い3