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40話:皇子暗殺未遂5

 もちろん庭園で双子に会った日からすごい騒ぎになりました。

 フェルが倒れてから一日経ったけど、騒ぎは収まるどころか過熱してる。


「もう暗殺未遂だと俺らにも聞こえてますよ」


 ヘルコフは赤毛の熊顔が険しいというか、もはや猛獣顔になってた。


 うん、年齢はわからないけどヘルコフって表情は豊かだよね。


「私たちには情報規制でアーシャさまが知りたいようなことは回って来ませんが」


 頭の上の獣耳が消沈してるらしく下がるウェアレルは、尻尾も元気がない。


 あれから僕は弟たちの容体を知ることもできずにいる。


「アーシャ殿下、ストラテーグ侯爵をお連れいたしました」


 ノックして入って来たイクトが来客を告げる。

 実は今日、ストラテーグ侯爵からイクト伝いに面会要求があり、その名目は聞き取りだった。


 宮中での事件なので警護を管轄するストラテーグ侯爵が調べを取り仕切るそうだ。

 そしてことを重く見て侯爵自身がこうしてやって来た。

 連れて来たのはおなじみレーヴァン。


「久しぶりです、ストラテーグ侯爵」


 ルキウサリアの王女さまとは文通友達で、レーヴァンもうろうろしてるので、ストラテーグ侯爵の陰は常に感じてた。

 けどこうして顔を合わせるのは婚約話で乗り込んできて以来だ。


「今回は簡単な聞き取りですが、嘘偽りなきように」


 前回の取り乱しようから一転厳格そうに告げて来る紫色の髪の侯爵。

 いや、これが通常なんだろうな。


「もちろん、偽りようもないですから」

「ずいぶん落ち着いておられる。ご自身が暗殺未遂の疑いをかけられていることは?」

「えぇ、でも未遂と言われているならフェルは無事なんでしょう? だったらいいです。何も恥じる行いはしていない」


 僕の返答にストラテーグ侯爵は難しい顔をする。

 それでも聞き取りに移って淡々と事実確認を始めた。


 場所は青の間。

 家具が少ないから椅子と机が揃ってる部屋自体が限られるため、いつもヘルコフなんかが控えてるこの部屋で行う。

 レーヴァンはどうやら書記係をするようだ。


「つまり、第三皇子殿下に触れられたのは大まかに二回。案内のため手を繋いだ時、そして毒物を吐かせるために乱暴を働いた時」


 うーん、悪意的な表現。


「やり方は乱暴に見えたでしょうが、危害を加えるために行ったつもりはありません」


 僕の返答にレーヴァンが眉を上げた。

 さすがに年単位でつき合ってちょっとわかる。


 こういう表情する時は何かを試してる時だ。

 つまり、今の訂正ってこっち試したわけ?

 主従揃って性格悪いな。


「毒と見た理由は? まるで知っていたかのように対処したとか」

「それ、イクトに押さえられてた警護からですか?」

「聞き取りの結果ですな」


 とぼけるけど、あそこで見てそう言う評価できる程度の冷静さはあの警護にもあったようだ。


「言ったとおりお菓子を食べて、それから倒れたので他に当てがなかっただけですね。あと唇が腫れてました。だから口から入れた物に悪いものがあったと推測したんです」


 それを僕はアレルギーだと前世の記憶で知っている。

 けどこの世界にはない、いや、知られていない。

 僕が何を言わなくても覗き見や書籍の盗み読みが趣味になってしまったセフィラからも、そんな名称があるとは聞いてない。


 だから説明のために、毒ではないけどアレルゲンを毒として話すことにした。

 フェルの体が毒と見なして過剰反応した結果なんだけど、そこから話してても信憑性はないから。


「第三皇子殿下に魔法の使用は?」

「吐かせた後にゆすぐためと、毒が残った場合を懸念して、水を生成しただけです」


 意地の悪い問いは続く。

 しかも僕が悪いかのような圧を交えて聞いてくるんだから嫌な感じだ。


 その度に室内の温度が下がるような冷ややかさが漂う。

 たぶん僕の後ろに控えてる側近たちが静かにやる気をみなぎらせてるんだろう。

 けど確か前世でも刑事とかはこういう威圧的な聞き取りをするらしいことは知ってる。


「…………優しい人もいればいいのに」

「はい?」


 おっと口に出ていた。


「なんでもないです」

「いえ、言いたいことがあるのならば聞きましょう」

「本当、聞き取りとは関係のないことですから」


 言いつくろったけどストラテーグ侯爵がしつこくて、レーヴァンまで言ってくるからしょうがなく思ったことを告げる。


「威圧をかけるなら、その分懐柔するための人員もいたほうが効果的だろうと思っただけです。北風と太陽って、知らないですよね」


 答えたのにまたしつこく今度は北風と太陽について聞かれた。

 なのでちょっと目にした童話だと言ってかの有名な寓意に富むイソップ童話を話す。


「…………なるほど、そこまで見透かされるほど私も鈍ったか」

「恐れながら侯爵、こちらの殿下が特殊です」


 なんか落ち込むらしいストラテーグ侯爵にレーヴァンが僕を悪者にする。


「では単刀直入に聞かせていただきましょう。あなたが言ったという…………なんだ?」


 階段のほうから何やら騒がしい声がした。

 ストラテーグ侯爵もドアを見る。


 そこは父と面会する上階へ繋がる唯一の階段があるドアだ。

 青の間と金の間に一つずつ扉は通じてる。


「見張りも声を上げているようですね、見てまいります」


 イクトが一言断って動く。

 どうやらドアの外にはストラテーグ侯爵が連れて来た見張りとやらがいたらしい。


「わたくしに触るおつもり? 無礼者!」

「しかし妃殿下!」

「わたくしは自ら息子を害した毒の正体を問い質すだけです!」

「そ、それはすでにストラテーグ侯爵がなさっておりますので!」

「呪いという話も聞いています! ならばやはりわたくしが自ら聞きだして!」

「お待ちください! それはお待ちください!」


 イクトはドアを細く開けて、そっと閉めた。

 うん、妃殿下って聞こえたね。

 絶対そこのドア開くと面倒があるよね。

 けどフェルがどうやら目を放しても平気な状態になったのはわかる。


 その上で僕は無言で鍵を取り出しウェアレルに渡した。

 するとウェアレルも心得たもので、騒ぐ声が大きくなった瞬間を見計らって鍵をかけた。


「手慣れ過ぎてない?」


 無礼者のレーヴァンは無視だ。


「ストラテーグ侯爵、どういうことでしょう? 妃殿下に僕が毒を盛ったと誰が吹聴したのですか?」

「いや、そういうわけでは…………」

「おいおい、陛下がお知りになったらえらいことだろう。毒だ呪いだと、陛下のご子息に向かっていう言葉には聞こえないなぁ」


 ヘルコフが怒りをにじませた攻撃的な声で嫌みを言う。

 その間にウェアレルはもう一つある金の間のほうのドアを施錠に向かった。


「もちろん、妃殿下がご心痛からこのような行動に出られるほど狼狽なさるのは理解します。しかし今はあなたの名前での聞き取りの最中ですよね?」

「殿下はもちろん、妃殿下に何かあった場合に責任とらされる一番偉いお人ってのは誰になるんだろうな?」


 ヘルコフが脅すように言えば、ストラテーグ侯爵は眉間を摘まむように押さえて天を仰ぐ。


「なんでさっきの北風と太陽を侯爵さまに実践し始めるんですか!」

「邪推をしないでほしいな、レーヴァン。僕は純粋に驚いているし、心配してもいるんだよ? 大切な友人と繋いでくれる方なのだから」


 それらしいことを言うと、ストラテーグ侯爵は呻いて顔がすごい怖いことになってる。

 けど心配しないで。

 ちゃんと文通友達の一線守ってるし、そこのレーヴァンも知ってるから。


「…………今回は、出直させていただこう。ついては、ここ以外の出入り口に案内を頼めるだろうか?」


 僕は笑顔で青の間にある下階への階段を教えた。

 ただここ、本館に通じる上階に抜けられる階段、一つしかないんだ。

 そのせいでストラテーグ侯爵は一度外に出て遠回りで職場に戻ることになった。


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